第30話「王・子・乱・心」
「あの、よろしければ場所を変えませんこと?こんなところで立ち話もなんですし、今からワタクシの家に来ませんか?」
「え、よろしいんですか?」
「ええ、あまり人に聴かせたくはない話なのでしょうし」
「「あ、ありがとうございます!」」
まだ確定ではないにせよ、ゴレイムの傍にいたラベンダーとパンジーが何かしら有力な情報を有している可能性は高いと思っていい。
もしかしたら、不審な人物を目撃した可能性もある。
笑みを深くしたまま、ヴェーセルは歩き出そうとして。
「随分と、上機嫌だな、ヴェーセル」
「あら?」
不機嫌そうな声によって、その歩みは止められる。
見ると、廊下をフィリップが闊歩しながら、こちらへと近づいてきた。
彼の後ろには、この前と同様にアメリアもいる。
違うのは、先日よりもはるかに彼の表情が不機嫌そうなことだ。
そして、アメリアの方はフィリップの方を心配そうに見ている。
彼女はヴェーセルの方に会釈してきたので、ヴェーセルも会釈を返しておいた。
「ごきげんよう、殿下」
「ふんっ、あいにくだが、挨拶をできるほど私は機嫌がよくないんだ。まして相手が君となればね」
「あら、何か恨みでも買いましたか?」
「恨んでいるわけではない。単純に君をよく思っていないだけさ。悪人、悪役令嬢め!」
「褒め言葉と受け取っておきますわ」
「もうしゃべるな、クズめ……」
フィリップは、親の仇でも見るような目で、ヴェーセルを見てくる。
ヴェーセルは、強い感情を向けられても不快には思わない。
無関心こそが最も恐ろしいと、彼女は思っているからだ。
「…………」
ただし、疑問には思う。
ここまで、嫌われるようなことをしただろうか、と。
確かに、ヴェーセルは仮面騎兵であり、婚約者としては失格である。
だがしかし、軽蔑や無関心ならまだしもここまで嫌悪感むき出しにするほどのことだろうかと思う。
いくら他にアメリアという愛する女性がいるにしても、そこまでヴェーセルを増悪するだろうか。
そもそもが、家のための政略結婚。
ヴェーセルが特段フィリップのことを何とも思っていなかったように、彼もまた何とも思っていなかったのではないか。
見かねたのか、貴族令嬢の一人が、フィリップに話しかける。
「あ、あの、フィリップ殿下、ヴェーセル様は」
「少し、黙っていてくれないかな?人の話を遮るなよ無礼者、ましてや王族の話をね」
「は、はい」
びくり、と震えて固まってしまった。
「フィリップ殿下、それが王族のすべき態度ですか?」
確かに、ラベンダーの態度は、王族への貴族の態度としてはいささか問題があったかもしれない。
だがそもそも、いきなりヴェーセルに失礼な態度を取ってきたのはフィリップである。
再三に渡り暴言を吐き、それを諫めようとするものにさえも、辛辣な態度を取り、無礼者呼ばわりするのは行き過ぎである。
王族なのでそこまでやっても法的には問題ないのだが、人間関係的な意味でしこりを残してしまうのは、正しいとは言えないはずだ。
「お前が、婚約破棄をされたなりそこないが、王族を語るな。お前のような悪役令嬢が、化け物がいるだけで虫唾が走る」
「…………」
まずい、とヴェーセルは思った。
彼女自身は今のような暴言を吐かれたところで何とも思わない。
いつ頃からかは全く覚えていないが、フィリップとの関係性は険悪だったのだから今更である。
だが、ルーナはそんな理屈では割り切れない。
元々、一方的な婚約破棄をパーティで行い、恥をかかせたことに対しては大いに憤慨していたルーナである。
ましてや、目の前で暴言を吐かれて何もせずにいられるほど彼女のヴェーセルへの忠誠心と愛情は軽くない。
「お、落ち着いてくださいな」
「はあ、このフィリップ王太子、王位継承権第一位に落ち着けというのか?」
「いえ、貴方ではなくて」
ちらと、右にいるルーナを見た。
アルカイックスマイルのまま細められた目に怒りを通り越して、殺意が滲んでいる。
ここで刃傷沙汰になってしまうと、フィリップの首がこの場で飛びかねないし、後々ルーナの首も飛んでしまう。
どうにかして止めなくては、いやでも変身しないと彼女のスピードい対応できない、などとヴェーセルが思っていると。
「フッ、失礼」
ずい、とヴェーセルとフィリップの間に一つの影が割り込んできた。
銀色の髪、青い瞳、鼻筋の通った涼し気な顔立ち、そしてバラを連想させるような深紅の『仮面』が頭部についている。
仮面騎兵ローゼイドの資格者、ローグ・ウッドペッカーがそこにいた。
「お初にお目にかかります、フィリップ殿下」
「ウッドペッカーか……。噂は聞いている。大学も卒業している貴殿が何の用だ」
「先日、ゴレイムが出たでしょう?その事後処理と、学長など関係者への報告を任されましてね。それより殿下、先程の発言はどういうことですか?」
「い、いやそれは」
フィリップが、端正な顔立ちを歪ませて、言葉を濁す。
その様子さえも絵になっているが、状況は彼にとってはあまりよくない。
「人々を厄災から守り、王国を救う英雄たる仮面騎兵の立場を意図的に危うくする。いかに王太子殿下と言えども、お戯れが過ぎるのではないか?」
「ぐっ」
苦しそうな顔をしながら、フィリップがうなる。
長きにわたって実績を積んできたローグに対しては、強く出られないのだろうか。
そのまま十秒か、二十秒か睨み続けていたが。
「覚えていろ!」
三下のような捨て台詞を残して、足早に去っていった。
◇◇◇
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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