第26話「無尽増殖」
「ヒールの、各形態ごとのステータスが見つかりました」
それは、ヴェーセルが鴨ゴレイムと戦い始める一週間前のこと。
ジニーに、仮面騎兵ヒールの特性についてわかったことがあると言われて、呼び出されていたのだ。
仮面騎兵ヒールは、この王国においてずっと受け継がれてきたゴレイムに対する対抗手段。
ヴェーセルがヴェーセル・グラスホッパーとして生まれる前から、ヒールの資格者たちはゴレイムとの戦いを続けており、結果としてヒールに関するデータは古文書に書き残されていた。
そしてそれを、古文書に詳しいジニーが発見し、そこから得た情報をまとめてヴェーセルに伝えてくれているのだ。
「ステータス?」
「え、ええ、実のところ仮面騎兵の各形態にはステータス、能力値のパラメーターというものが存在しております」
「ほうほう」
それは知らなかった。
「そんなの、どこかにマニュアルでもあるのでして?」
「い、いえそうではありません。歴代のヒールの資格者が残した過去の資料の調査や文献をもとにしたデータ分析の結果です」
「それ、かなりとんでもないことをしているのではなくて?」
どこかにカタログスペックのデータがあったのではなく、過去の記録からおおよそで算出するなど何をどうすればそんなことができるのだろう。
いったい、何人分のデータを解析したのか。
その過程で、何百冊の文献に目を通したのか。
改めて、自分がどれだけ部下に恵まれているのかをヴェーセルは実感した。
「といっても、完璧なものではありません。概算程度にお考え下さい。私が分析したパラメーターは筋力、防御力、速度、スタミナの四つです」
「まあ、妥当ですわね」
人の肉体をパラメーターで分けたらそうなるだろうな、とヴェーセルは思った。
しいて言うなら器用さとかがあるかもしれないが、『仮面』のアシストを考えるとあまり考える意味がないのかと気づく。
「追加装甲を使用していない、通常形態の能力値を全て五とした場合、『猿』であれば耐久力と攻撃力が十で、速度は二となります」
「結構速度落ちてるんですのね」
しかし、この理屈で言えば合計値は引き上げられている。
つまるところ、流石強化形態というべきか。
「『兎』はどうなんですの?」
「『兎』は速度が十、攻撃力が七、耐久力とスタミナはそのままですね」
「攻撃力も上がるんですのね」
「ええ、脚部ほどではないですが、わずかにパンチ力もあがるようです。誤差の範囲ですが」
「じゃあ、ここに書いてある『鼠』はどうなのかしら?」
『鼠』といういまだ解禁されぬ形態は、資料によればどういうわけかスキルが一つしかない。
すべての形態が例外なく持つ、イクシードスキル。
それ以外のスキルがないのだ。
『兎』ならば、足場を形成するスキルがあるし、『馬』にはチェーンソーを出現させたり、バイクに変形させるスキルがある。
『猿』にも、ガントレットを活かした防御のスキルがある。
だが、『鼠』にはそれがない。
一日一度だけ使えるスキルがあるばかりだ。
殴ることしかできない『猿』が速度、跳躍、蹴りなど様々なことができる『兎』にステータスの合計値では勝っているように、スキルが少ない程ステータスは高い傾向にある。
ならばさぞかしステータスが高いのではないかと期待したのだが。
「ええと」
ジニーは、何か言いたげに、あるいは何も言いたくないと言わんばかりに目を逸らした。
「どうかなさいまして?」
「三です」
「はい?」
「ですから、全部のステータスは三です。『鼠』になるとむしろ純粋なステータスは弱体化します」
「はい?」
あまりにも衝撃的すぎる事実に、ヴェーセルは固まってしまった。
◇
最弱の形態に変身したヴェーセル。
しかして、目の前の相手をどうにかできるのはこれしかないと判断する。
『Exseed charge』
仮面に触れることで、日に一度しか使えない切り札が、『鼠』が持つただ一つのスキルが発動する。
『Infinite increase』
――無限増殖が、始まった。
「グア?」
鴨ゴレイムは、何か見間違えたのではないかと思った。
先ほどまで自分の目の前にいたはずの仮面をつけた戦士。
自分にはまるで及ばない、ゴレイムの軍勢にも対処できない弱い存在。
それがいつの間にか分かれて二体になっている。
それぞれが、こちらに対して攻撃を続けている。
とはいえ、そこまで強い攻撃ではない。
ゴレイムの土で構成された体をじわじわと削りこそすれ、致命的なダメージが与えられない。
サンドゴレイムは倒されるが、替えがきくものでしかない。
問題ないのか、と判断しかけて。
そして、それが四体に増えた。
「グア!」
攻撃の手数が、与えられるダメージがさらに倍加する。
そこから八体、十六体、三十二体と鼠算式に増えていく。
その中には鴨ゴレイムの前から離脱するものも多く、それらは避難誘導とサンドゴレイムに対処へと向かっている。
『鼠』の特性は、増殖である。
イクシードスキル『Infinite increase』によって、その身を、二倍、四倍、と増やしていくことができる。
さらに恐ろしいのは、増殖した分身全てが本体であること。
何百体の分身全てのうち、一体でも残っていれば、『鼠』は不滅であり、無尽蔵に増殖ができる。分身数に上限こそあるものの、増殖回数に上限はない。
その代償として、一体一体の性能は低い。
増殖というただ一芸のみに特化しているのが『鼠』である。
しかし、この状況では『鼠』が最善手だった。
「皆さん!外に避難してくださいまし!」
「ここは、私達が食い止めます!」
「ルーナ!アル!聞こえておりまして、騎士団とローグを呼んできてくださいな!」
分身が、それぞれの役割に応じて人を誘導したり、メイドに指示を出している。
サンドゴレイム達を撃破しつつ、学生を避難誘導しつつ、本体であるストーンゴレイムを足止めする。
それを同時に出来るのは、『鼠』だけだ。
数の暴力と対応力こそが、この形態の真骨頂である。
「グ、ア」
鴨ゴレイムは、じわりじわりとその身を削られている。
生み出したサンドゴレイムも次々と撃破されている。
『鼠』は一体一体のスペックは低いが、それでもサンドゴレイムに負けるほどではない。
『鼠』の分身もダメージを受けて消えることもあるが、消える数より増殖する数の方が多い。
一方、サンドゴレイムは徐々に数を減らしている。
だが、それでも不利なのはヴェーセルだった。
「殺しきれませんわね」
大勢のサンドゴレイムに対応するために『鼠』は解除できない。
しかして、このままではゴレイムを潰しきれない。
ステータスが、他のゴレイムに劣るだけではなく、ブーツやチェーンソーのような攻撃手段を持たない『鼠』は攻撃力を著しく欠く。
サンドゴレイム程度なら倒せるが、逆に言えば鴨ゴレイムを殺すには至らず、外殻を削るので精いっぱいだ。
そして。
「くえええええええええええええっ」
鳴き声と同時に、再び卵がまかれ、サンドゴレイムが出現する。すぐさま殲滅されるが、それによって鴨ゴレイムへの攻撃の手数が減る。
ヴェーセルは、この状況における最善手をとっていた。
しかしそれでも、現状は劣勢だった。
◇◇◇
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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