第25話「絶えぬゴレイム」

「二人とも、立てまして?」

「ひ、ひいっ」

「あ、ああああああ」



 二人とも、答えないし、立ち上がって逃げる様子もない。

 どうやら恐怖で腰が抜けて立ち上がれずにいるようだった。



『Form change――Rabbit rapid』



 兎の覆面とニーパッドを装着し、ヴェーセルは二人を抱えて跳躍する。

 目指すは、ゴレイムから五十メートルほど離れていたところに、ゴレイムを見つけたことでできていた人だかり。

 脚力に特化した『兎』は二人を抱えても優に野次馬の元まで運ぶことが出来る。

 ここまで運べば、流石に安全なはずだ。



「さっさと退避なさいな、皆様」

「は、はい!」



 すぐさま、ヴェーセルは再度跳躍、鴨ゴレイムの前に降り立つ。



「お待たせして申し訳ありません。さあ、悪役劇場、開幕ですわーっ!」



 改めて、ヴェーセルはゴレイムに躍りかかった。

 『馬』や『鼠』など複数の形態を解放しているが、ヴェーセルにとっては『兎』が、一番使いやすい。

 鴨ゴレイムに対して、跳び膝蹴りを見舞う。


「たああああああああああ!」

「くえええええええええええええええええっ」



 蹴りによって体勢を崩し、鴨ゴレイムはゴミの山に倒れ伏す。



「今までのゴレイムより、弱い?」



 あるいはヴェーセルが慣れている分、弱いと感じてしまうのか。

 王城での鶏ゴレイム戦をはじめとして、もう何度もゴレイムと戦っている。

 いずれにせよ、あっさりと勝てるのではないかと思った直後。



「くええええええええええええええええええっ」



 鴨ゴレイムが、再び叫び声をあげた。



「この声、何かしら」



 体に目をやるも、異常はない。離れたところで見ている野次馬たちも、騒いでいるだけで、特に異変はなさそうだった。

 安全な場所まで離れて欲しいと思う一方で、ヒーローでありたいと思うヴェーセルとしては複雑な心境だった。

 あの叫び声が何らかの攻撃ではないようだ、とヴェーセルは判断しかけて。

 ぼこり、という音を聞いた。

 地面から次々と卵が出現する。

 卵が割れて、中から人間大の何かが這い出てくる。

 人の体と、鴨の頭をした、土由来の異形。



「こいつ、サンドゴレイムを」



 鶏ゴレイムに似ているが、あれとは数が比べ物にならない。

 あの時はせいぜいで二十体程度だったのだが、どう見ても今ここにいるサンドゴレイムの数は百を超えている。

 放置して、本体ともいえる鴨ゴレイムを狙うことは、できない。

 まだ、周囲には逃げ遅れた生徒が、先程ヴェーセルが抱えた二人がいる。

 先程と同じ、へたり込んだままで、逃げろと言われても、足が動かないらしい。

 であれば、どうするべきか。



「全員倒せば解決ですわ!」

『Form change――horse chainsaw』



 追加装甲を、一対一向きの『兎』から一対多に適した『馬』へと切り替える。

 チェーンソーを起動させ、サンドゴレイムの群れに向けて振り回す。



「せい、せい、せいやあっ!おーほっほっほっ、『刃ごたえ』がまるでありませんわーっ!」

『条件を達成しました』



 チェーンソーを振り回しながら、音声を聞き流しながら、サンドゴレイムを斬り捨てていく。

 サンドゴレイムは脆いので、一振りするごとに、まとめて二、三体倒すことができる。

 サンドゴレイムの数は、徐々に減っていった。

 このままならば、削り切れるだろう。

 このままであれば。



「くえええ」

「また!」



 やむことなく、鴨ゴレイムは鴨の雛鳥のようなサンドゴレイムを次々と生み出す。

 人の大きさほどの鴨たちが、階段を下り、窓ガラスを破り、あちらこちらに散開していく。

 後者に入ろうとしたり、野次馬に襲い掛かったりと様々だ。



「まずいですわ!」



 チェーンソーで、密集さえしていれば対処できるはずだった。

 だがあちらこちらに散らばってしまった以上はどうしようもない。

 何より、殺しきるより前に被害が出てしまう。



 『Exseed charge――Blade runner』でも無理だろう。

 人命救助を、誰かを守ることを最優先だとヴェーセルは判断し、最適な形態を選択した。

 『ゴレイム百体以上討伐』を条件に解禁される、新たな力を。



「仕方がない、使うと致しましょう」



 ヴェーセルは仮面に手を触れて、新たに獲得した形態を使う。



『Mass mouse』



 空からネズミ型の覆面が落下する。

 それ以外には、何もない。チェーンソーも、ニーパッドも、手甲も取得できない。

 『鼠』はヒールが持つ形態の中で、最も弱い。

 彼女には、わかっていた。

 それでも、この状況を打破できるのはこれしかないのだと。


 ◇◇◇

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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