第24話「揺れ動く心」

「さて、どうしてくれましょうか」



 二人が離れた後で、改めてヴェーセルはため息を吐く。

 今にも出てきそうなこのゴレイムを、どうしたものか。

 孵化する前に叩くべきか、妙なリスクは犯さずに今まで通り出てきてから倒すか。

 前者の方がいいように思えるが、卵型のゴレイムなど見たことがない。

 下手につつけば何が起こるかわからないという懸念がある。

 しかし、完全に孵化するのを待つのもそれはそれでリスクがある。

 仮面騎兵ヒールの力を使えば、確実に勝てるが、第三者が巻き込まれる可能性がある。

 彼女の勝利条件は、あくまで犠牲者ゼロでの撃破であり、そうでなければ負けなのだ。



「もう少し、待ちますか」



 少し悩んだ末、出てくるのを待ってから倒すことにした。

 爆発するなどといった、何かしらの計算外の事態が発生するのが一番困る。

 今日はまだイクシードスキルも使っていないし、どうとでもなるだろうと踏んでいた。



「ちょっと!」

「見つけたわ!ヴェーセル・グラスホッパー!」

「あら?お二人とも、ここから離れたほうが……」



 先ほど、最初に声をかけた二人、ヴェーセルに嫌味を言ってきた二人だ。

 ヴェーセルは先刻と今でかなり見た目が違うはずだが、彼女達にはヴェーセルであるとわかっているらしい。

 仮面騎兵ヒールは数百年にわたって使われてきた兵器らしいので、その外見的特徴は共有されているのだ。

 そういえば、適合者が男性だった場合もこういったドレスアーマーになるのだろうか、とヴェーセルは考えた。



「無視するんじゃないわよ?」

「そうよそうよ!」

「え、ええと、何をそんなに怒っているんですの?というかここは危ないですわよ?」



 やんわりと追い返そうとしたが、つかみかかってきたので、そうもいかなくなった。

 ゴレイムを破壊できる今の彼女では、軽く手をはたくだけでも大惨事になりかねない。

 二人の令嬢を傷物に、というか肉塊にしてしまうことを恐れてヴェーセルは口以外の一切が動かせなくなってしまった。

 


「殿下から訊いたわ、ゴレイム騒動の黒幕があんただって」

「マッチポンプだって!」

「は?」



 殿下というのは、間違いなく王太子フィリップ殿下のことだ。

だが、フィリップがなぜそんなことを言うのか、理解が追いつかない。

 そしてそれを信じるものの気持ちも、だ。

 こちらはゴレイムを倒している立場だというのに、普通に考えれば戦っている人と襲われた人は容疑者から除外すべきなのに。



「…………」



 何か、見落としているような違和感をヴェーセルは覚えた。

 それも、叫びにかき消されて霧散する。



「こんなゴミ捨て場で何をしているの!」

「最低!」

「この人殺し!」

「ええ……」



 ヴェーセルは、素で困惑していた。

 何をどう解釈すれば、ヴェーセルが犯人であるという結論が出てくるのか心底不思議だったのだ。

 人殺し、というのが正しいか間違っているかは議論の余地があろうが。



「解釈次第では、これからやることも人殺しですものねえ」



 ヴェーセルにとってはどうでもよいことだったが、ゴレイムの中身が元人間であれば殺すことに忌避感を覚えるものだっているだろう。

 もしかすると、目の前の二人もそう感じるのだろうか。

 ゴレイムの正体が機密事項である以上は、確認しようがないことだが。



「あのう、お二人にはとりあえずここから離れて欲しいのですけれど」

「はあ?」

「うるさいわね、何様のつもりよ?」

「いや、この『卵』が」

「はあ?ただのガラクタでしょ?」

「そもそも何もないのに変身だなんて何を考えているの!」

「ああ、そういえばそうでしたわね」



 ようやっとヴェーセルは理解する。

 彼女たちは、『卵』がゴレイムであるということを知らないのだ。

 一般的に、ゴレイムと言えば動物に擬態した巨大な怪物である。

 事情を知らないものからすれば、『卵』はゴレイムではなくただ大きいだけのオブジェと見えるのかもしれない。



「ええと、それはゴレイムなので、離れたほうがいいですわよ」



 相手を刺激したくなかったので、温和な口調で声をかけたのだが。



「うるさい!」

「近寄らないで、化け物!」

「こまりましたわね」



 説得はもはや不可能。

 であれば力づくで運び出す、というわけにもいかない。

 仮面騎兵に変身した今の彼女は、常人とは比べ物にならないパワーを持つ。

 下手に人に触ると、大怪我を負わせてしまいかねない。

 加減すればいいのだろうが、力をセーブする練習は、まだできていなかった。

 となると、一番いいのは待つことだろうか。



 結局、彼女らが説得に応じてくれないのは相手がヴェーセルだからだ。

 ローグあたりが来てくれれば、あるいは学院の教師や、王都の騎士でもいい。

 しかるべき立場でかつ、『悪役令嬢』ではないものの言葉であれば聞き届けてくれるだろう。

 今頃、ルーナたちが呼びに行ってくれているし、それまで待てばいいと判断した。



 結果的に、それは間違いだった。

 ばきばきという、何かが砕け散る音がした。

 卵の殻が割れて、雛鳥が孵化した音。

それを、そのまま何倍にもしたような音。

 そこから、翼が、嘴が飛び出す。

 殻が崩れて、その全貌が露になる。



「な、なに!何!」

「いやあああああああああああああああ!」



 先程までヴェーセルを問い詰めていた二人は、ゴレイムを見て恐慌状態になっていた。

 無理もない、彼女らの目と鼻の先に、ゴレイムが、人を容易く踏みつぶし捕食する怪物が出現したのだから。

 トラッシュボックスを粉砕して、集積されたゴミを踏みつけて。

 スプーンを連想させるような平たい嘴。

 水鳥特有の水かきのついた足。



「今度は、鴨ゴレイムですわね」



 鴨という鳥を前世で見ることはあまりなかった。

 カラスやスズメといった、街中で見るような鳥ではないし、かといって動物園などで見るような珍しい鳥でもない。

 図鑑で見たことがあったような気もするが、よく覚えていない。



「むっ」



 ゴレイムが、足を持ち上げて二人を踏みつぶそうとしていた。



「危ない!」



 とっさに、二人を小脇に抱えて踏みつけを回避する。

 力加減をあやまつこともなく、ゴレイムから少し離れたタイルに、抱えた二人をそっと置く。



「杞憂だった、ようですわね」



 壊されなかったことと、壊さなかったことをヴェーセルは心底安堵した。

 

◇◇◇

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