第23話「学園卵探し」

 学園につくと、ヴェーセルは生徒に聞き込みを始めた。

 しかし、成果はあまり上がらなかった。



「お久しぶりですわね」

「あら、誰かと思えば悪役令嬢じゃないの?」

「話しかけないでもらえるかしら?アクが移るわ」

「…………」

「は?」



 ぴしり、と罅が入るような音が聞こえたようにヴェーセルは感じていた。

 音の発生源は、ヴェーセルではなく、彼女の傍に控える従者二人の心である。

 ルーナもアルも、今まで観たことがない程に険しい顔をしている。



「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど、構わないかしら」



 ルーナにとあるものを出してもらい、それを見せつける。



「うっ」

「仮面騎兵ヒールの紋章」



 仮面騎兵は、ゴレイムを殺せる唯一の存在である。

 ゆえに、それを持つものはさまざまな面で特権を有することになる。

 貴族に対して質問権を有しており、ゴレイムに関することであれば、何であろうと聞くことができる。正直に答えなければ罰される。

 王族に対してすらも例外ではなく、実際に先日、国王であるレグルスに対して行使している。

 特権を乱用したくはないが、事情が事情だけにやむをえまい。

 改めて、ヴェーセルとしてではなく仮面騎兵ヒールとして聞かれているとわかった彼女たちは何も言えなくなったようだ。



「数日前に、王太子殿下とアメリア子爵令嬢がゴレイムに襲撃された事件。その件について調査をしていましてよ。その時、何か変わったことはなくって?」

「さあ、しいて言うならばヒールとかいう化け物が近くにいたと聞きましたが」

「いちいち嫌味を……っ」

「落ち着きなさいな、アル。二人ともまた何か思い出したら、連絡してくださいまし」



 二人の学生に背を向けると、ヴェーセルは歩き出した。

 アルとルーナも、あわててその背を追う。

 学生二人は、面白くないような表情で見ていた。



 ◇



「おや、どうかしたのかい?二人とも」



 そんな二人に、一人の男が声をかける。

 二人は、その男に気が付くと頬を染めながら話しかける。

 内容は、先程話しかけてきたヴェーセルに関する愚痴である。

 男は、彼女たちの話を、相槌を打ちながら、聞いていた。

 彼は、ヴェーセルが悪口を言われるのは当然とでもいうような態度を取っていた。

 話が終わると、彼は口を開いた。



「それは辛かったね、私の方から、彼女には言っておこう」

「あ、ありがとうございます」

「アナタ様から言ってくださると助かります」



 二人は、彼に対して深々と頭を下げた。



 ◇



「それにしたって、まさかここまで反抗的な態度を取ってくるなんてね」

「そうですねえ」

「結局、情報はさほど集まっていない」

「アル、あなたからして、嘘をついているような人はいた?」

「いや、いない。不自然な態度を取っているような人間はいなかった。あるのはヴェーセルへの侮蔑だけ」

「それは結構」

「本当にいいの?正直、私はずっと不快だったけど」



 あれから多くの人に尋ねて回ったが、最初の二人組と大差ない対応だった。

 確かに、彼女たちはヴェーセルへの悪意を隠しもしなかった。

 それは王太子の婚約者として生まれてきたことへの腺房や嫉妬が変質した結果のものだ。

 だが、ヴェーセルはそれが問題だとはとらえていなかった。



「悪役として見られるのも、ワタクシは嫌いじゃないですわ。それで何者かになれるのなら」

「ヴェーセル様は」

「?」

「ヴェーセル様は、今のご自分に不満がおありなのでしょうか?その、差し出がましいことを言って申し訳ありません」

「ありますわ」

「なにが、不満なの?」

「それを、知ってどうするつもりですの?」



 責めるつもりはないが、つい語気が荒くなってしまった。

 奥底にあるヴェーセルの内面に、触れられたからだろうか。



「私たちは、ヴェーセル様の力になりたいのです」

「ルーナも、私も、ジニーも同じだ。今のヴェーセルは少し焦っているように思える」

「すでに、死者や行方不明者が出ています。焦らない理由がありませんわ。いえ、それだけが理由ではありませんわね」



 ヴェーセルは、くるりと彼女達の方に向き直った。

 その表情は、これまでにルーナたちが見たことがない、真剣なものだった。



「ワタクシは、ヒーローになりたいと思っていますし、そのために行動しています。この仮面騎兵ヒールの力を使い、王都での問題を解決できれば自他ともに認めるヒーローになれますわ」

「でも、解決できないとヒーローになれないから焦っているということ?」

「そういうことですわ」

「理解した。なら、なおさら慎重になろう。見落としてしまうのが、一番よくない」



 彼女の言葉に、ヴェーセルはうなずき、歩幅を測りながら仮面に触れる。



「さてと、変身」

『Change――bind weed』

「「「!」」」



 ヴェーセルが紫色に発光し、仮面の戦士へと変身した。

 どこにゴレイムがいてもおかしくないから、最近は移動中何度も何度もこうして変身して周囲にいるかどうかを確認していた。

 そして今、彼女たちの周辺にゴレイムがいると発覚した。



「またしても、出てきましたね。アル、どこにいるかはわかりますの?」

「ごめん、わからないかも」



 今は休憩時間だ。

 ゆえに、生徒のざわめきでアルの聴力も完全には機能していないらしい。



「仕方がありませんわね、一部屋一部屋探していくとしましょう。アル、ルーナ、いざとなればすぐに逃げる準備をしておいてくださいな」



 できれば今すぐにでも逃がしたいが、詳細な位置がわからないとなれば今逃がすのはかえってリスクがある。



「これは、また」

「今すぐにでも生まれそうですね」



 学園全体のゴミを集めるための、トラッシュボックスにそれはあった。

 ヴェーセルは覆面をつけているのでにおいは気にならないが、二人は鼻をつまんでいる。

 無理もないなと、ヴェーセルは思いながら『卵』を見た。



「すでに、罅が入っておりますわね。二人とも、学園関係者やローグに知らせてくださいな」

「わかった」

「承知しました」



 怪物が、今にも動き出そうとしていた。


◇◇◇

ここまで読んでくださりありがとうございます。「面白い」「続きが気になる」と思ったら評価☆☆☆よろしくお願いします。

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