第16話「胎動」

「貴方に調査をお願いしておいてよかったですわ」

「どうするの?」

「学校には行きますわ。そして、そこで調査をします。予定は変更しません」

「ヴェーセル様」



 ルーナが心配そうな顔をするが、構わず続ける。



「確かに面倒な輩が多いのも事実ではありますが、それはそれとして調べなくてはいけません。ゴレイム騒動を終わらせ、ヒーローとして認められるために」



 確かにアルは諜報に適しているが、彼女にできるのは隠れて漏れ出た情報を盗み聞きすることだけだ。

 貴族でない、一介の使用人に過ぎない彼女には、自分から貴族に話しかける権限はない。

 会話するとすれば、貴族の方から話しかけてきたときだけだ。

 能動的に欲しい情報を掴み取りたいのであれば、ヴェーセル自身が出向くしかない。



「確かにそれはそうだ。情報を得なくては解決できるものも解決しない」

「ですが」

「もし不安なのであれば、ルーナとアル、貴方達がワタクシを守ってくださいまし」



 ヴェーセルはボディガード担当と諜報担当に告げる。


「信じていますわ」



 彼女達がいるから戦えているのだと。

 その意を理解した彼女達の頭の中には、選択肢は一つしか残っていなかった。


「承知しました」

「ん、索敵は任せて」



 因みにだが、ヴェーセルは仮面騎兵になってからも含めて一度も欠席したことはない。

 厳密には欠席扱いになっていない。

 王立学園にいるのは大半が貴族だ。

 当然家の用事などで学園に出席できないものも多い。

 ゆえに、家に仕える者達などが代理出席できるという制度が与えられている。

 しかして、代理出席の場合ペナルティこそないが、記録自体は残る。

 調べたいのは、全生徒のフィリップとアメリアが襲われた日のアリバイ。

 代理出席の記録と聞き込みを元にして調べ尽くす算段だった。



「どうかされましたか、ヴェーセル様」

「いえ、大丈夫ですわ。周囲には何もないようですね」



 時折、ベルトを顕現させて、『仮面』をバックルに装着している。

 何をしようとしているのか、二人にはわからないが、何か意図があるのだろうと考えることにした。

 この学園は幼棟部、小等部、中等部、高等部、大等部の四つに学年で区切られており、それぞれに対応した棟がある。

 今調べているのはヴェーセルが普段から通っている高等部である。



「変身」

『Change――bind weed』



 紫色に発光し、ヴェーセルは仮面の戦士へと変身する。

 それが示すのはただ一つの事実。



「周辺に、ゴレイムがいますわ」

「っ!」



 周辺にゴレイムがいなくては、仮面騎兵に変身することはできない。

 逆に言えば、もし仮面騎兵に変身できるのであればその周囲には必ずゴレイムがいるということだ。

 このもっとも原始的な、それでいて仮面騎兵以外には不可能な索敵方法でヴェーセルはロックゴレイムを見つけようとしていた。



「そうか」

「どうしたのです?」

「このためだったんだね、ヴェーセルが来たのは。私達を守るために私達だけでは行かせなかったんだ」



 アルはしらないが、先日ジニーと図書館に行ったのも同じ理由だ。

 王都の貴族街はすでに安全な街ではなくなっており、いつどこから怪物が現れるかわからない状態だ。

 どうしようもない状況を除いて、基本的にメイドにはヴェーセルが同行するという意図があった。

 学園だけは、警備もあったし安全だろうと踏んでアルを行かせていたが。



「ええ、このあたりにゴレイムがいたということは、学園もまた安全ではないということですわね。アル、ごめんなさい」

「気にすることはない。私は貴方の耳だから」

「……アナタに対しては、ごめんなさいではなくありがとうというべきなのでしょうね」

「……それで、ゴレイムはどこに?」

「わかりませんわ。でも、二人とも私の傍から離れることのないように。一部屋一部屋見ていきますわ」

「わかった」

「承知しました」



 学園から預かったマスターキーを使い、一部屋一部屋開けていく。

 今日探索して初めて気づいたのだが、意外とこの王立学園は空き部屋が多い。

 資料室というべきか、あるいは単に物置というのが正しいのか。

 本や魔道具らしきものが埃をかぶって積み上げられている。

 ストーンゴレイムを探すためだから、そこまで丁寧に探す必要はないかもしれない。

 だが、能力で姿を隠している可能性もあるし、大きさが今まで見てきたストーンゴレイムよりもはるかに小さい可能性もある。

 ゆえに、手は抜けない。

 覆面とパワードスーツをつけた変身状態で、一つ一つ物をどかして探し物をしていく。

 ……部屋ごと壊してもいいのだが、流石に無関係な部屋まで壊すことはできない。



「そういえば、片づけなんてもう長らくやっていませんわね」



 貴族として生まれたのだ。

 当然のことではある。

 

 やがて、候補となる部屋は半分近くにまで減って。

 一つの部屋についたところで、アルが無表情のまま小首を傾げた。



「この部屋、妙だ」

「と、おっしゃいますと?」



 ルーナが、アルと同じ目線まで身をかがめて尋ねる。



「何か音がする。生物の鼓動のような、規則的で重厚な音」

「これが当たりかもしれませんわね。二人とも、下がっていてくださいまし」



 鍵を開けて、部屋の中にヴェーセルは突入した。



「なるほど」



 先日ローグから聞かされた話でひとつ気づいたことがある。

 それはゴレイムというものの性質だ。

 ゴレイムは動物に擬態する。

 ロックゴレイムは見分けがつかないレベルの精度で人に擬態し、ストーンゴレイムもまた実在する動物に化ける。

 それは姿形のみならず鶏が鳴き、ペンギンが油で身を守るという、生物としての性質も含めた上でのことである。

 もしその性質の模倣が、それだけではないとしたらどうか。

 サンドゴレイムが出てくる際、奴らはすべて卵から生まれていた。

 それがサンドゴレイムではなくて、ストーンゴレイムでも同じだとしたら。



「大きいですわね」



 彼女の目の前には、一つの卵があった。殻の色はどこの家庭でもよく見る白色で、形も鶏卵となんら変わりない。

 ただ、ドクンドクンと蠢いており、なおかつ天井にぶつかるほどの大きさであるという点を除けば。

 ゴレイムは土からできているいわば、人形に近い存在だ。だというのに、どくどくと蠢いている。

 土より生まれしまがい物の命。



「間違いなく、これがゴレイムですわ」

「ど、どうしましょう」

「ルーナは学校職員に伝えて、学生達を避難させてくださる?アルはローグに連絡してちょうだい」

「了解」

「承知しました!」



 二人は、指示通り散っていった。

 卵を見ながら、ヴェーセルは考えをまとめる。



「これはまずいですわねえ」

 もしも、今までのゴレイムも同じ仕組みだったとするなら、時限式であったのではないかという過程が成立する。

 発生当日のアリバイを調べても意味がない。

 人海戦術を使っても特定に至らない可能性が出てきてしまった。



「なんだか、鼓動のペースが速くなっていませんこと?」



 脈打つ速度がどんどん上がっている。

 これはもう、生まれる直前なのではないのだろうか。


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