第15話「第三のメイド」

 お茶会が終わって、ローグがグラスホッパー邸を出た後のこと。

 庭園には、ヴェーセルとルーナだけが残されていた。



「この後、どうされますか?」

「まあ、とりあえずは学校に顔を出しませんとね」

「そうですね」



 ヴェーセルが通っている学校での聞き込みをローグに任された以上、達成しなくてはならない。

 そのために、まず何をするべきか。


「ルーナ、アルを呼んでくれませんこと?」

「承知しました」



 ヴェーセルは、彼女個人に現在仕えているメイド、最後の一人を呼び出そうとして。



「もういる」

「えっ」

「あら?」



 予想だにしない、なれど知った声をかけられた。

 ヴェーセルとルーナが声のした方向を向くとそこには、一人のメイド服を着た少女がいた。

 奇妙なことに、ルーナもヴェーセルも声をかけられるまで彼女に気づけなかった。

 一つには、小さいからだ。

 ヴェーセルよりも頭一つ小さい。

 年齢はヴェーセルと一つしか違わない十四歳なのだが、見た目には十歳未満にしか見えない。

 そしてもう一つは、彼女が気配を消すのがうますぎる・・・・・・・・・・・・から。



「久しぶり、ヴェーセル」

「ええ、お久しぶりですわね。アルもお変わりなくて?」

「特にない。大丈夫だ」



 振り向いた方向に、ヴェーセル達の背後にいたのは、一人の少女だった。

 白い髪に、虹色の瞳をした左目、表情の変わらない鉄面皮。

 人形のような、という説明が的確なメイドだった。

 しかし、特に目を引くのは顔の右側を覆う無骨な黒い眼帯だろう。

 左目が鮮やかなこともあって、悲惨な右半分がよく目立つ。

 まして、眼帯の内側は外側とは比べ物にならないほど凄惨なのだ。

 彼女の名前は、アル・セーラー。

 ヴェーセル直属の三人のメイドの、最後の一人である。



「あら、アル。今日も今日とてかわいいですわね」

「この私に対して、そんなことを言うのは、ヴェーセルくらいだよ」


 

 

 ぶっきらぼうな口調と、ぶぜんとした態度で接しているにもかかわらず、当のヴェーセルは気にしている様子もなかった。

 むじろ、椅子から立ち上がり、ハアハアと息を荒げてアルの体にしがみついた。



「かわいいですわあ。本当に可愛い」

「ありがとう」



 綺麗な銀髪に顔をうずめて匂いを嗅ぎ、両手は薄い胸板を這いずり回る。

 どう考えてもセクハラなのだが、アルの表情は変わらない。



「いつも思うのだけれど、本当にそんなにかわいいと思っているの?」



 変わらないまま、頬が少しずつ紅潮していき、汗ばんでいく。

 アルは表情に出ないだけで、感情がないわけではないのだ。

 顔の右半分が崩壊している彼女は、己の容姿を褒められることに慣れていない。


「当然ですわよ。美しいもの、かわいいもの、そして輝くものが正当に評価されるべきであり、ワタクシはただその様にしているだけですもの」

「そう、ヴェーセルがそういうなら、そうなんだろうな」



 表情は変わらないまま、しかして声音には喜びが滲んでいた。

 美しさを、いい意味で評価されることがあまりないからであり、それをしてくれるヴェーセルがアルにとっては特別だからだ。

 ヴェーセルがアルの体を十五分ほどかけて堪能したのち、ヴェーセル達三人は椅子に座り、アルからの報告を聴くことにした。



「それで、最近どうかしら」

「学校では、嫌なうわさが広まりつつある」

「ほう?」



 それは知らなかった。

 虹色の左目が輝く。アルは隻眼だが、見る目は確かだ。

 そして耳がいいうえに、気配を消す術にも長けている。

 ゆえにヴェーセル直属の諜報員兼メイドとしての役割を担っていた。



「何でも、貴方のせいでゴレイムが出ているんだとか」

「ワタクシのせいで?ええっと、どうしてそうなるのでしょうか?」



 本当に理解が追いつかなかった。

 人の手でゴレイムを創造、あるいは制御できるの ならばむしろそのやり方を教えて欲しいくらいだったのだが。

 きっと良き労働力になってくれるだろう。

 実際は、制御できない人食いの怪物ゆえに、叶わないことであったが。



「今、学園内での派閥がどうなっているか知っている?」

「全然知りませんわ」



 確かにヴェーセルが通う王立学園には生徒間での派閥がある。

 何せ生徒のほぼ全てが貴族だから。

 権力と幼少期から無縁ではいられないのが宿命と言える。



「元々数ある勢力のうち、トップだったのはヴェーセルと、フィリップ王太子殿下だった」

「トップだったのではなくて神輿として担がれただけですわ」



 まあ、王太子とその婚約者なのだ。周りが持ち上げるのもわからないでもなかった。

 ヴェーセル自身、持ち上げられているのは満更でもなかったし拒否することもなかった。

 フィリップは、自分と同じ扱いを受けるのを嫌がっていたような気もするが。

 それも、特にヴェーセルにとっては重要なことではなかった。

 ともあれ、学内の最大派閥は先日までヴェーセルとフィリップを中心とした派閥だった。

 他にも派閥はいくつかあったが、それらがすべて二人の下につくことでまとまっていたわけだ。



「でも、そんなまとまりが崩れた」

「ワタクシが仮面騎兵になったから、ですわね」

「うん」



 『仮面』に選ばれたことで、生殖能力を失い、貴族令嬢としての価値がなくなった。

 追い打ちをかけるように婚約破棄がなされ、よりによって多くの貴族が集まるようなパーティでそれをフィリップ王太子が宣言した。

 ほとんど一夜にして、ヴェーセル・グラスホッパーの名前は天から地へと落ちたのである。



「それ以降、ヴェーセルの下についていた貴族は様々な派閥を作ったり属したりしてる」

「つまり、混沌としているということでよくて?」

「ある意味そうだし、ある意味違う」

「なんだかなぞかけみたいですわね」


 最大派閥が瓦解すれば、



「あの」

「どうかいたしまして?ルーナ」

「もしかして皆さんがヴェーセル様への敵意でまとまっているのではないですか?派閥は沢山あれど、みんな向いている方向は同じなのでは?」

「正解」

「正解なんですのね……。ワタクシ頭痛がしてきましたわ」



言われてみれば納得の答えに、ヴェーセルは頭を抱えながら不快感と深い諦観を覚えてため息をついた。



「今のバラバラになった派閥には色々と違う点があって、でも一つだけ共通している部分がある。それはヴェーセルの派閥にいた過去を『無かったこと』にしたいというもの」



 だから、一斉に手を組んでネガティヴキャンペーンを始めたのだとアルは語る。

 王太子であるフィリップがヴェーセルに敵意むき出しなのもそれに拍車をかけていた。

 

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