第10話「魔術師とペンギンと油」

「ヴェ、ヴェーセル様、ご無事ですか?」

「ええ、大丈夫。貴方のおかげですわ」



 図書館の壁を突き破ってきたゴレイムの襲撃。

 本が舞い、棚が倒れ、壁が瓦礫となって周囲へと散らばる。

 しかし、



「相変わらず、素晴らしいですわね、ジニーの魔法は」

「まあ、防御しかできませんけどね」


 二人の周囲には、水の膜が貼られている。

 【ウォーターウォール】という、水の膜で外からの攻撃を防ぐという防御魔法。

 普通ならば、瓦礫を十全に防ぐ魔法を即時展開などできない。

 だが、彼女にはそれができる。

 ジニーがヴェーセルのメイド兼家庭教師をしているのは、見た目でも、広範な知識でも、ましてや体臭が理由でもない。

 その魔法の才能ゆえである。

 ジニーは魔法の実技を極端に苦手とするヴェーセルにつきっきりで魔法を教えてくれていた。

 その甲斐あって、彼女は毎度落第せずに済んでいる。

 座学などは前世の知識と努力で何とかなるのだが、魔法だけは絶望的に苦手だった。

 何しろ、魔法を使ったことがないうえに、魔法が使わずに生活した数十年分の経験が頭の中にあるのだ。

 魔法に関してはその記憶が、前世で積み重ねてきた常識が足を引っ張っているらしく、からっきしだった。



「うう……」

「あれ、何で生きて」

「うわっ、この膜何?」



 ちらりと、周りを見れば他の生徒にも【ウォーターウォール】がかけられている。



「あの状況で自分達だけではなく、周囲の子たちまで。流石ですわ、ジニー」

「わ、私はヴェ、ヴェーセル様の家庭教師ですから」



 少し顔を赤らめて、はにかむジニーはヴェーセルとしては熟しきった果実より食べごろだったが、あいにく今はそんな余裕はない。

 ちらりと



「ジニー、貴方は【ウォール】を維持した状態でここで隠れていなさい」



 ヴェーセルは、本の入った鞄をジニーに手渡すと、立ち上がって【ウォール】から出た。

【ウォール】などの防御魔法は外からはともかく、内から破るのはたやすい。



「ヴェーセル様は?」



 ジニーが、心配そうな顔をしながら、水の壁越しに言葉をかけてくる。



「ちょっと、悪役らしく、輝いてきますわ」



 ヴェーセルは、踵の高い靴で瓦礫を踏みしめながら、破壊音がする方へと歩いて行った。



「グッグググググググ」



 図書館の外にある、芝生に覆われた庭園の上にそれはいた。

 樽のような、中央が膨らんだ胴体。

 その両側にちょこんとついた翼。

 正面には鳥であることを示す嘴がついており、足は鶏ゴレイムと違って嘴がついている。



「ペンギン、ですわね」



 この世界で実際にペンギンを見たことはないが、まず間違いなくペンギンだろう。

 嘴、足、なにより寸胴のような体。

 土で構成されていて色が茶色いこともあって、チョコレートのお菓子のようにも見える。

 だが、それはお菓子でも動物でもない。

 ゴレイムという災厄をもたらす怪物であり、彼女が殺さなければならない相手だ。



「グググググググ」



 ペンギンゴレイムは、ヴェーセルを敵とみなしたのか、突っ込んでくる。



「ここからは、ワタクシのステージですわ」



 彼女もまた、バックルに『仮面』を装着して。



「変身」

『Change――bind weed』



 紫の発光とともに、仮面騎兵へと変身する。



「さあ、悪役劇場開幕ですわー!」



 そのまま、ペンギンゴレイムに躍りかかった。



「あああああああああああああ!」



 仮面騎兵ヒールの攻撃手段は、いたってシンプル。

 正面から突っ込んでくるペンギンゴレイムを殴り、蹴るだけ。

 先日の鶏ゴレイムに対しても、基本的には同じことだった。

 振り上げた拳がペンギンゴレイムの腹部に直撃して。

 ずるり、と彼女が拳が滑った。



「あれ?」



 聞いたことがあった。知っていた。

 ペンギンは、体毛に油があり、それによって滑りながら移動できるのだと。

 氷の上を滑っている動画を、観たことがある。

 思えば、最初に図書館に頭から突っ込んできたとき。

 あれも、きっと油で滑走して突っ込んできたのだろう。


「隙がない、ですわね」

 

 このペンギンゴレイムは油による防御力と、それによる滑走で速度と攻撃力を両立している。

 殴る蹴るなどの攻撃では、ダメージを与えられない。



「ググググググ!」

「ぶおっ」



 相手も、ただ耐え続けるばかりではない。

 じたばたとその場で暴れ出すペンギンによって、ヴェーセルの体は弾き飛ばされる。



「打撃ではだめだ。別の攻撃手段を……」



 そう考えて、先日解放された形態があったことを思い出した。

 一瞬だけ、形態を変えることが果たして意味があるのかと躊躇して。



「……いちかばちか、やってみるといたしましょうか」

『Form change――Horse chainsaw』



 『仮面』に触れる、音声が流れる。

 頭上から馬の覆面が落下する。

 紫色の馬の面、その緑の複眼が点灯する。

 そして、その直後、覆面に続いてもう一つ、天から降ってくる。

 緑の持ち手に、二つの車輪。

 そして、そこから伸びる金属板と、それを囲う一本の鎖。

 緑と紫のチェーンソー・・・・・・だった。



「これは……」



『馬』は斬撃に秀でていると、ジニーも言っていた。

なぜ、『馬』がチェーンソーなのかはわからない。

だが、これならば打撃が通用しない相手にも勝てるかもしれない。



「さあ、行きますわよ行きますわよ行きますわよー!」


 眼前の敵を倒すため、人々を守るため。

 ヴェーセルは、彼女の剣を振るった。


◇◇◇


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