第11話「刃と移動とヒーローの乗り物」
「ふっ」
右腕に持ったチェーンソーをぶつける。
「グ?」
打撃で倒せないのであれば、どうするべきか。
防御を引きはがせばいい。
チェーンソーという武器は、削る武器である。
高速回転する鎖が触れたものをからめとり、削り、最終的に断ち切る武装。
「なら、表面にあるものが油や毛であっても、削り取れてしまう可能性がありますわ!」
打撃であれば、あるいは刃物などによるただの斬撃であれば、油による防御を突破できなかったかもしれない。
だが、チェーンソーは、ペンギンゴレイムを覆っている油そのものを削り取る。
そして防御の要である油がはがれれば。
「これならば、バリアは張れませんわ!どらあっ!」
「グググッグ!」
打撃なども通るようになる。
彼女の空いている左拳が、あるいは蹴りが徐々にダメージを蓄積していく。
「チェーンソーなんて、本当に悪役みたいですわよねえ!魔物がスプラッタの被害者になるなんて皮肉ですわー!」
ヴェーセルのチェーンソーに対する認識は、十三日の金曜日に現れる殺人鬼という程度のものだった。
つまり、悪役にはふさわしい装備と言える。
「ほーっほっほっほっほっ、じわじわと削れていく気分はどうかしらあ?」
油を削り取るだけにはとどまらない。
チェーンソーが土でできた羽毛に、皮膚に、肉に、徐々に食い込み、削りとばしていく。
もとよりチェーンソーとはそういう武器だ。
一振りが長く、毒のようにじわじわと継続ダメージを与えて削りきることに秀でている。
あるいは、削り斬るとでもいうべきか。
やがて、回転する刃は、体の奥深くへと、到達する。
体を切り開き、内部が露出する。
「これが、コアでしょうね」
他の体の部位とは比べ物にならないほど硬い場所。
チェーンソーで切り開いた部位から、宝石のような輝きが覗いている。
チェーンソーは、コアにぶつかり。
それでもなお、止まらない。
「ぶった切ってやりますわ!」
ぎゃりぎゃりと、硬いものが徐々に削れる音が響く。
ヴェーセルには確信があった。
そう時間はかからずに、このチェーンソーで、ゴレイムのコアを切れると。
「グググ、グググ!」
「へ?」
追い詰められたペンギンゴレイムは、食いこんだチェーンソーごとヴェーセルを跳ね飛ばすと、腹を地面に乗せて。
滑って、シェリアから逃げ出した。
知っている。
ペンギンは、体表にある油を使って、氷上を滑走するのだと。
ヴェーセルは、下腹部にある『仮面』に触れる。
体が覚えているといわんばかりに、あるいは『仮面』が、彼女の体の中に入ってきた何かがそうさせているのだろうか。
『Mower Motorcycle』
音声とともに、手に持っていたチェーンソーがその形を変える。
「形が、変わっていく?」
ヴェーセルが持っている先ほどまでチェーンソーだったそれは、可変装備というべき代物だ。
持ち手のところにあった車輪が動き出し、それに伴って紫色の鋸がスライドした緑色の持ち手に飲み込まれていく。
「チェーンソーが消えて、武器じゃなくなって、これは。ああ、だから『馬』……」
馬とは、ただの動物にあらず。
人類にとって、最も身近な
そして、仮面のヒーローにとって、重要な乗り物が存在する。
チェーンソーの変形は止まらず、持ち手が変形して、ハンドルが、ミラーが、ペダルが順番に出現する。
変形が終わると、そこには。
「バイク……」
緑と紫でペイントされた、おどろおどろしいバイクがあった。
ヴェーセルは、前世でバイクに乗った経験がない。
車の免許は持っていたものの、わざわざバイクを使う必要性に迫られなかったので、スクーターすら使ったことはない。
だというのに、どうすればどう動くのかが完璧にかつ、感覚として理解できていた。
同時に、思い出す。
『馬』は斬撃のみならず、機動力にも秀でていると、彼女のもっとも頼れる叡智が教えてくれていた。
これならば、追いつける。
「行きますわよ!」
チェーンソーと同じ、内部機構が稼働する音がして。
バイクは走り出した。
ヴェーセルは、ペンギンを追いかけた。
完全に距離を取られてはいない、身体を滑らせての移動ゆえに、そこまで遠くはない。
であれば、バイクで追いつくことは簡単であり。
バイクが、ペンギンゴレイムに衝突する。
「おらあ!」
チェーンソーがバイクの先端から飛び出してゴレイムの肉体に突き刺さる。
そのまま、図書館の壁にぶつかってしまう。
動きを封じて、そこでは終わらない。
バイクが、完全に変形する。チェーンソーに戻る。
「ぶった斬れろーですわーっ!おーっほっほっほっ!」
体に食い込んだチェーンソーをゆっくりと動かしていく。
土でできた外殻が壊れて、輝くコアが再び露出する。
「今度こそ、逃がしませんわ!」
ヴェーセルは、仮面をバックルから外して、チェーンソーに装着する。
そして、彼女は発動する。
日に一度限りの、最大火力の必殺技を。
『Exseed charge――Blade runner』
音声と同時、チェーンソーからチューブが四本伸びて、手足に接続される。
チェーンソーの動力が完全解放され、手足にも伝播している。
ヴェーセルは、チェーンソーを逆手に持ち、走り出した。
刃の回転エネルギーそして全身の発条すべてを使って、一閃を叩き込み、切り伏せる技。
「せいやああああああああああっ!」
腕に、足に、全身全霊全力を込めて。
回転する刃を振るい。
「ググググググ!」
コアを、真っ二つに切断した。
「グ、グラ、フ」
奇妙な断末魔だけを残して。
ゴレイムの体は完全に、砕け散った。
それで、決着だった。
同時に変身が解除されて、覆面もチェーンソーも消滅する。
とりあえず、図書館内に戻ることにした。
「ヴェーセル様!」
ジニーが、歩いてくるヴェーセルに気付いて【ウォール】を解除する。
そして、ぺたぺたと近寄ってきた。
それを見て、ヴェーセルは素直に彼女をかわいらしく愛おしいと思った。
ジニーはルーナと違い、運動能力はそう高くはない。
なのに、必死で自分の方に近づいてきてくれているわけで。
「すうーっ」
今度は、ジニーのお腹に顔を近づけて、彼女のにおいをかいだ。
「ひゃあああああああっ。あ、あのヴェーセル様、落ち着いてください」
「いやもう無理ですわ、我慢できませんもん。本当にいつもありがとうですわ。すううううううううーっ」
「そ、それはどういたしまして」
じわじわと彼女の体を這いあがり、頬ずりする。
ジニーもまた、恥ずかしそうにしつつも嫌がるそぶりはない。
ジニーの方も、まんざらでもないのだった。
◇◇◇
これにて二章終了です。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
「おもしろい」「続きが気になる」と思ったら、評価☆☆☆お願いします。
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