第5話「兎と決着と必殺キック」
どこからともない声とともに、天から覆面が落ちてくる。
紫色で、兎耳がついた覆面だった。
兎覆面が、落ちてくると同時に龍の仮面は胸部にスライドして、頭部を兎の覆面が覆う。
さらに、ニーパッドとバネのようなサポーターがブーツに取り付けられる。
装着が終わると、緑の複眼が輝く。
「じゃあ、行きますわよ!」
一歩足を踏み出した瞬間、彼女の歩みは、意識を置き去りにした。
先ほどまでいたサンドゴレイムが彼女の突進によって砕けていく。
「はやっ」
どうやら、兎の面には速度と脚力を上昇させる効果があるらしい。
「これならっ!」
拳を振るい、あるいは足で薙ぎ払い、ヴェーセルは次々とサンドゴレイムを撃破していく。
十秒とかからないうちに、サンドゴレイムは全て消滅し、後にはストーンゴレイムのみとなった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!」
鶏ゴレイムが、ヴェーセルの方に突撃をしてくる。相手の体が大きく、逃げ場がない。
はねのけようにも、
『Mower hopper』
『仮面』から音声が流れると同時に、空中に緑色の足場が展開される。
そこに飛び乗り、跳びあがり、フィリップとアメリアの傍に着地する。
「しっ!」
彼女は、守るために鶏ゴレイムとフィリップの間に割って入る。
ヴェーセルの動きは止まらない。
「せいっ!」
右足による前蹴りを食らわせて、鶏ゴレイムを突き飛ばす。
休むことなく左足を突き出し前蹴り、相手がなれて対処しようとしたところで、再び緑の足場を形成して飛び上がり、頭部に回し蹴りを打ち込む。
鶏ゴレイムは、連撃を前に何もできず、ただ吹き飛ぶことしかできない。
「アアアアアアアアア!」
鶏ゴレイムはこちらを見下ろしながら、吠える。
びりびりという空気の振動が、スーツ越しにも伝わってくる。
お前を殺して生き延びて見せるという、生存本能と殺意を浴びせてくる。
ヴェーセルは衝撃と気迫に耐えながら腰を落とし、仮面に手を当てる。
『Exseed charge』
『仮面』から音声がヴェーセルの頭の中に響く。
ヴェーセルは仮面をバックルから外し、右足のブーツに取り付ける。
『仮面』に蓄積されたエネルギーが右足に流れていく。
同時に、確信する。
これならば、目の前の敵を殺せるはずだと。
「はああっ!」
「ア?」
『Moonsault heel』
「その体、見下ろし踏みつぶす分にはさぞかしお強いのでしょうが――」
腰を落とした状態から、高く、鶏ゴレイムよりもなお高く飛びあがる。
飛び上がったままくるくると、手裏剣のように縦に回転する。
「上からの攻撃に弱すぎますわ!」
空中で、回転しながら繰り出すのはかかと落とし。
紫色のブーツの踵の部分を、斧を振るう処刑人のごとく振り下ろし。
「とうっ」
「ア?」
ゴレイムの頭部を、胴体を、足を、粉々に砕いて破壊し。
内部にあった、宝石のような硬い石を壊して。
「せいやああああああああああああああああっ!」
「アアアアアアアアア!ア、アイス」
轟音とともに、爆散させた。
ばらばらと、ゴレイムを構成していた石や砂が飛散した。
土から生み出された怪物であるゴレイムが、文字通り土に還ったのだ。
『条件を達成しました』
『ストーンゴレイムを一体討伐:を達成しました』
『追加装甲が解放されました』
足元を見ると、地面には、兎のような形をした紋章が浮かび上がっていた。
「ヴェ、ヴェーセル?」
後ろを振り返ると、そこにはフィリップとアメリアが身を寄せ合っていた。
端正な顔立ちを歪めて、しりもちをついていて。
それでも、彼はアメリアをかばっていた。
アメリアも、フィリップの体を支えていた。
それを、緑色の複眼越しに見つめながら、彼女は呟いた。
「お似合いですわね、お二人とも。本当に輝いていますわ」
「なっ、お、おい」
フィリップの声を無視して、ヴェーセルは彼らに背を向ける。
まだ変身が解けておらず、表情は誰にも見えていない。
見えていなくて、よかったとヴェーセルは思った。
きっと、悔しそうな、やるせない表情をしているだろうから。
そんな表情は、ヒーローにも、悪役にも相応しくないから。
「ヴェーセル様!」
スカートをたくし上げた状態で、ルーナが駆け寄ってくる。
ヴェーセルはまだ変身を解いておらず、不気味な仮面騎兵のままだ。
「ヴェーセル様!」
「ぐえっ」
その勢いのまま抱き着いてきた。
「かっこよかったです!さすがヴェーセル様です!ああ、お怪我などしておりませんか!」
「あ、ありがとうですわ。問題なくってよ。あの、ちょっと離れて」
自分のメイドに愛されていることを自覚しながら、ヴェーセルは抱き着かれるがままに騎士団が来るのを待っていた。
「今日は、かっこよかったです、お嬢様」
「ありがとう、ルーナ」
未だにしがみついてくるルーナを受け流しながら、『仮面』をバックルから外して、変身を解除する。
装甲も、ベルトも、一瞬で消えてしまった。
否。
すべて『仮面』の中に
彼女は、『仮面』を頭部につける。
「決めましたわよ、ルーナ」
「何を、ですか?」
「ワタクシの、今後の目標ですわ」
「目標、ですか」
前世から、ずっと探していたものがあった。
それを為しえるかもしれない力を得た。
「ええ、仮面騎兵ヒールとして、ゴレイムを倒し、ヒーローになることですわ!誰もが認める悪役系ヒーローになって見せますわ!」
「ヴェーセル様……」
「なれると、思いますか?」
「ヴェーセル様なら、大丈夫ですよ」
「ふふふっ、確かにそれもそうですわね」
婚約破棄されて、晒し者になって。
けれどもその代わり、新しい力とヒーローになる可能性を得た。
悪役令嬢、あるいはヒーローという、なりたい、ありたいと思える目標ができた。
「さあ、ワタクシの悪役劇場、これから開幕ですわーっ!」
ヴェーセルは、声高らかに王城の庭園で叫んだ。
◇◇◇
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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