第二章『疾走する馬』
第6話「聴取と仮面と本の虫」
人生で初めて仮面騎兵に変身し、ゴレイムを討伐した翌日。
ヴェーセルは騎士団の詰め所に呼び出されていた。
騎士団は、王国の治安維持を主に担当しているが、別に彼女が何かしら犯罪を犯したわけではない。
「まず、貴方の所有する電話に、ゴレイム発生の連絡があったのはいつ頃ですか?」
「多分ですけど、午後三時ごろだったかと思いますわ」
「その時、貴方は何をしていましたか?」
「メイドのルーナとお茶をしていましたわ」
「わかりました。それで、連絡があってからすぐに向かわれたのですか?」
「はい、王城に全速力で向かいましたわ。偉大なる王家の方々に何かあってはいけませんので」
「なるほど、それもそうですね。ところで、移動している際に誰かしら不審な人物を見かけたりしませんでしたか?」
「いえ、誰も見かけてはおりませんでしたが」
「では、王城へ向かう途中、何か変わったことはありませんでしたか?」
「いえ、何もありません」
「そうですか。では――」
ヴェーセルは魔導騎士に質問攻めにあっていた。
内容としては、王城における事件の顛末を全て話すように求められた。
電話がかかってきたときのこと。
移動中に何かなかったか。
ゴレイムとフィリップ、アメリアを見つけた時。
ゴレイムの特徴。
さらに言えば、戦闘の詳細を説明させられた。
戦闘はほとんど勘に頼っていたので、うまく説明するのが難しかった。
自分でも、どうしてそんな動きができたのかという場面が多すぎた。
「貴方の、せいなのでして?」
首を傾げながら、頭部に張り付いた『仮面』に触れる。
マニュアルを読んだわけでも、誰から説明を受けたわけでもないのに『仮面』と仮面騎兵ヒールの使い方を完璧に体は理解し、実行していた。
ヴェーセルは、さほど運動が得意というわけでもない。
むしろ剣や格闘術にせよ、魔法にせよ、座学ではない実技は苦手だった。
閑話休題。
だが、変身した時はまるで達人かの如く、思考のままに、あるいは彼女の思考すら置き去りにして体が動く。
『兎』への形態変化など、完全にヴェーセルは知らなかった。
ただあの時、「この状況を打開する手段が欲しい」と思ったら、自然と体が動いた。動かされていた。
「『仮面』がワタクシの脳や体に何かしら影響を及ぼしているのは、間違いないでしょうね」
ヴェーセルはため息をついた。
力を手に入れるために仕方がないとはいえ、気持ちのいいものではない。
聴取が終わり、ヴェーセルは庁舎を出て、伸びをしていた。
「ヴェーセル様!おつかれさまです」
「ああ、もうルーナは聴取を終えていましたのね。まったく、長々と質問されてひたすらに面倒でしたわ。もちろん、治安維持のためには仕方ありませんけれど」
聴取が終わって、同じく聴取が終わったルーナに、家への帰路でヴェーセルは愚痴っていた。
「私はそうでもなかったです。むしろヴェーセル様の活躍を語る機会があって本当に最高でした」
「そ、そうですの?」
ルーナの言うことに、ヴェーセルはあまり共感できなかった。
まあ、苦痛に感じていないのであればこちらから何か言うこともないかな、とも思った。
「まさに、ヒーローでしたよ!」
「ふむ、ヒーローですか。そう思ってくれているなら悪くはなくってよ」
「それで、今日は、どうなさいますか?学校に向かわれますか?」
朝早くから聴取を受けていたので、時刻は既に昼の一時である。
ヴェーセルが通う学校に行くにはいささか遅い時間だ。
「いえ、もう今日は休みましょう。ジニーに会いに行きますわ」
「承知しました」
そんな会話をしながら、ヴェーセルとルーナは帰路を急いだ。
◇
グラスホッパー家には、伯爵とその血族以外にも人間がいる。
使用人たちだ。
彼らがいなければ屋敷は到底維持できないだろう。それほど、屋敷が広いのだということもできる。
窓ふき一つとっても、窓が百以上あるので、少人数では到底回らない。
まして伯爵家ともなれば、大勢の使用人を抱えている。
使用人の中にも、二種類いる。
グラスホッパー家に仕えている使用人と、誰かしら個人に仕えている者達。
ルーナや、これから会いに行くジニーは後者であり、選定からヴェーセルが行っている。
個人に仕えている方が、給金が多い代わりに、機密事項などに触れることも多いのだとか。
ちなみに、当主であるヴェーセルの実父などにも直属の使用人がいるらしい。
「あの子は、今日も古書館かしらね?」
「そうだと思います。古書館の使用許可リストに、名前がありましたので」
古書館という、グラスホッパー家が貯えた蔵書を保管している部屋に入った。
中に入ると、魔道具のオレンジ色の光が当たりを照らしている。
部屋中に本の山ができている。
普段ここを利用している人物が、整理整頓を苦手としているからだ。
「ジニーっ!ジニーはいまして!」
「うえあっ!」
ヴェーセルの呼びかけに呼応して、珍妙な叫び声が聞こえたと同時に、本の山が崩れる。
火山から噴き出た溶岩のごとく四つん這いになって現れたのは、一人の少女だった。
よれよれの白衣を身にまとい、白衣の下はもこもこしたセーターと、ロングスカート、タイツで構成されている。
深い青い色をした目と、それと同じ色のぼさぼさの長い髪がチャームポイントだった。
彼女は、ジニー・セカンドハンド。
ヴェーセルの専属家庭教師である。
趣味が勉強と古文書を読むことであり、大抵は伯爵邸の古書館か王立図書館にこもっている。
ヴェーセルは、四つん這いになったままの彼女に近づいていった。
「ごきげんよう、ジニー。一週間ぶりですわね」
「あ、はい。八日ぶりですね。ヴェーセル様」
戸惑いながらも、自らの主を見つけて挨拶してくるジニーに対して、ヴェーセルがじわりじわりと近づいていった。
四つん這いのまま、ジニーは後ろに下がると、ヴェーセルもまた前に出る。
さらに、ジニーは後ろに下がろうとして、本の山にぶつかる。行き止まりだ。
どさくさにまぎれて、ヴェーセルはぎゅっとジニーに抱きついた。
「あ、あのヴェーセル様」
「どうかされまして?」
「そ、その、私ここ二日ほどお風呂に入っていなくて。本に夢中になっちゃって、だからその」
「確かに、髪がぼさぼさですわね」
ジニーは、頬を赤らめながらわたわたと手をばたつかせている。
しっかりと抱きしめた状態で、ジニーの言葉に応える。
「あの、汚いし、臭いと思うので、離れていただけると」
「なるほど、確かめてみましょうか」
「えっ」
そのままボリュームのある彼女の髪に顔をうずめて。
「すうーーーーーーーっ」
「ふああああああ」
においをかぐ。
口から、鼻から、二日間かけて熟成されたジニーのスメルが体内に入ってくる。
人によっては臭いと感じるかもしれないが、ヴェーセルにとっては濃いだけで不快ではない。
「うおおおおお、最高ですわあ」
「あ、あの、ヴェーセル様。わ、私臭いし汚いですから、その、今は離れてください。お風呂入ってからならいくらでも嗅いでいいですからあ!」
「あの、ヴェーセル様、用事があったのでは?」
「ああ、そうでしたわ!」
ルーナに言われて、ヴェーセルは天国から顔を上げる。
「先日、ワタクシが仮面騎兵ヒールになったことはご存じですの?」
「え、ええ、把握していますが」
「ヒールについて、改めて貴方の意見を伺いたいのですわ。私が信頼できるもののうち、もっとも潤沢な知識を持った、本の虫である貴方に」
「は、はい。わ、わかりました」
本の虫と呼ばれてどもりながらも、ジニーはこくこくとうなずいた。
◇◇◇
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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