第4話「変身と怪人と悪役劇場」

「う、あ、あ?」


 

 変身を宣言した直後、紫色の光の中で、ヴェーセルは硬直した。

 下腹部から全身にかけて広がる違和感、不快感。

 全身に、蔦のような異物が侵入するような感覚。

 輝きを放つ彼女にゴレイムは突進する。

 動かぬヴェーセルを見て、好機だと判断したのか、あるいは単に攻撃することしか頭にないのか。

 鋭い爪と竜のごとき鱗の生えた足で、ゴレイムに比べればはるかに矮小なヴェーセルを踏みつぶそうとして。



「おらあっ!」

「アァ!」



 ヴェーセルの振り上げた腕が、鶏ゴレイムをの足を逆に弾き飛ばした。

 三メートルほどの背丈の怪物の突進が、少女の腕一本で止められた。

 いや、それは本当に少女なのだろうか。



「ヴェーセル様?」



 そこに立っていたのは、仮面の戦士。

 紫の、龍を連想させるような形の仮面をつけて、同じく紫色の『ヒルガオ』の花弁を模したようなドレスアーマーを身に着けている。

 仮面には緑色の複眼が二つ付いており、そこから元々と変わらない視界を確保できている。

 膝から下も、踵の高いブーツで覆われている。



「ルーナ、鏡!」

「はい、ヴェーセル様!」



 手鏡を取り出して、シェリアに今の彼女の姿を見せてくる。

 自信の全身像を確認した彼女は。



「なんか、特撮ヒーローみたいな姿ですわね。スカートとか、ハイヒールはそうでもありませんが」

「ヴェーセル様!その姿も凛々しくて素敵です!いえ、普段から素敵なのですけど!」

「ありがとうルーナ」



 恍惚とした表情を浮かべるルーナを受け流しながら、彼女は子供のころに見た、バイクに乗る仮面の戦士を思い出していた。

 ちなみに、仮面の特撮ヒーローには女性もいるが、彼が子供のころはまだ女性の仮面の特撮ヒーローはいなかった。

 そういえば、と彼女は思いつく。



「こういうときは、決めポーズと決め台詞が必須ですわね!」



 腰に左手の平を当てて、右手の甲を顎に添える。

 まさに、悪役令嬢そのままのポーズを取り、口を開く。



「さあ、悪役劇場、開幕ですわ!」



 そうして、彼女の、仮面騎兵ヒールとしての物語の始まりを宣言した。



「素敵です!口上もポーズも完璧ですヴェーセル様!」

「下がってくださいまし、ルーナ。巻き込んでしまいますわ」

「承知しました!」



 ルーナが、ヴェーセルから離れ、数十メートルほど距離を取る。

 とりあえず、そこまで離れてくれれば安心だ。

 ヴェーセルは、改めてゴレイムに向き直る。



「アアアアアアアア」



 鶏ゴレイムは、こちらを睨んだまま、

 声とともに、鶏ゴレイムの足元に卵がいくつも出現する。

 そして、卵から手足が生えて、ヴェーセルの方へと殺到してきた。



「うわっ、ゴレイムが増えましたわ!」

「ヴェーセル様!それはサンドゴレイムと言って、先程のストーンゴレイムが生み出したものです。戦闘力は、ストーンゴレイムより低いです!」



 遠くから叫んでいるルーナの言葉を聞いて、彼女は納得する。

 つまり、親玉とその子分ということだ。

 まるで、欲望の怪人みたいだなとヴェーセルは思った。

 確かに、現れたゴレイムはみな一・五メートル程度の身長しかない。



「はあっ!」



 一番手前にいたゴレイムを殴ると、砂場に手を突っ込んだような感触がして、砂の城のようにボロボロと崩れた。



『条件を達成しました』

『ゴレイムを一体討伐:を達成しました』

『追加装甲が解放されました』

「まずいですわね」



 一体一体は、大したことがないのだろう。

 動きも鈍いし、一撃で倒せる。

 だが、逆に言えば一体倒すためにワンアクション必要ということであり、対処しているあいだにフィリップやアメリアが殺される。

 放置する、というわけにもいかない。

 後ろにいるルーナや王城内の人間が危険にさらされる。



「どうしたものでしょうかね。本当に面倒くさい」



 周囲にハンドサインで逃げるように指示しながら、ヴェーセルは拳を振るって、一番近くにいたサンドゴレイムの頭を叩き潰し、その勢いのまま前蹴りで別のサンドゴレイムの胴体に風穴を開ける。

 そこから流れるように、あるいは何かに憑りつかれたかのように。

 ヴェーセルの右手は、無意識に『仮面』に触れていた。



『Form change――rapid rabbit』



 さらなる変身を、遂げるために。

 この窮地を、打破するために。

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