第2話「前世とメイドとセクハラ」
ヴェーセルは、元々ごく普通の目立たない一般成人男性だった。
かつての彼女は、否、彼は生まれも育ちも現代日本。
親がいて、裕福ではないが取り立てて貧しいとも言えない。
何かしらハンディキャップがあるわけではないが、特に長所も、やりたいこともなかった。そんな人生。
しいて言うなら、特撮ヒーローなどは好きだったが、それものめり込んではいなかった。
具体的に言えば観てはいたが、グッズなどを買うほどではなかったという程度のものである。
輝きというものが人生にあるとして、彼の生前に輝いている瞬間は一切なかった。
ある日トラックに轢かれて、気がつけばこの世界で伯爵令嬢ヴェーセル・グラスホッパーとして転生していた。
転生したばかりのころは性別が変わったこともあって、色々悩んだりもした。
が、十五年も生活していれば女性の体に慣れるし、女性であることに諦めもつくというもの。
「それこそワタクシは、殿方と結婚してもいいかなって思っていたのですけれど」
「ヴェーセル様、お気を落とされませんよう」
「ありがとう、ルーナ」
ヴェーセル専属のメイドであるルーナ・タイガーアイ、が声をかけながら肩をもんでくる。
婚約破棄を宣言されたうえに、パーティを半ば強制的に追い出されてしまい、自室に戻った彼女をどうにかして慰めようとしているようだった。
ちら、とヴェーセルはルーナをまじまじと見る。
ウェーブがかかったロングの金髪と、豊満な胸、肉食獣を思わせるような目。
「眼福ですわねえ、いいメイドを持ちましたわ」
「あ、あまり見ないでください」
恥ずかしそうに、胸元を抑えてもなお、その大きな胸を隠しきるには至っていない。
逆に、ヴェーセルの方は前世と変わらず胸部装甲はまっ平である。
高貴な色であるらしい紫の豪奢なドレスと、エメラルドを思わせる緑の目。
そして縦にロールした深緑のような髪と、その上に乗っかっている薄紫と緑で構成された『仮面』。
それが今のヴェーセルの格好であり、前世の中肉中背成人男性とは比べ物にならない。
美少女と言える部類である。
ただし、彼女は自分の体の一部には不満があった。
だからこそ、ないものを求めてしまうのだろうな、と正当化しながらじっとルーナの胸部装甲をじっと見つめる。
「素晴らしいですわね!」
「あうう、あの、あまりじっと見つめないでください。なんだか、恥ずかしいです」
ルーナは、比較的大きな体をよじると胸部を隠す。
その光景に満足した直後、ヴェーセルは大げさにため息を吐く。
「結局婚約破棄されてしまいましたわね。覚悟はしていましたが」
「それは仕方がないでしょう、仮面騎兵の資格者は、
ヴェーセルたちが今暮らしているこの世界は、前世の世界とは、様々な点で違う。
魔法があり、エルフや獣人が存在し、魔物に類する怪物がいる。
「この世で唯一のゴレイムへの対抗手段に対して、色々厳しすぎる気がするのですけれど」
王国中に現れる魔物、ゴレイム。
人を襲い、街を破壊する、人類にとっての災厄。
おまけに、ほとんど不死身であり、世界でもゴレイムを殺す手段はほとんどない。
そして人類が有するゴレイムへの唯一の対抗手段にして、王国が所有する『仮面』に選ばれた戦士。それこそが、仮面騎兵である。
仮面騎兵以外は、ゴレイムを殺すことはおろか、傷つけることさえできない。
いわば、RPGの勇者、英雄そのもの。
仮面騎兵は国内に、数えるほどしかおらず、そのうちの一人として先日ヴェーセルが選ばれた。
だが、この『仮面』にはいくつか欠点がある。
「この『仮面』、本当に不気味なのですけど、何とか隠せないかしら?」
「い、一応、んっ、資格者であることを示すしっ、示威行為の意味合いもありますので」
「そうですわよね、外すこともできないし、本当に不便ですわ」
「は、はい。あふっ、んっ、確かにいつも不便そうにされていますものね」
まず一つ。今現在ヴェーセルがつけている『仮面』は、彼女の体からはがすことはできない。
ついでに言えば、仮面騎兵であるとわかるように、帽子などで隠すことも法で禁止されている。
「はあーっ、ワタクシあともうちょっとでキラキラ光り輝くお妃さまになれるところだったのに、運命ってなんて残酷なのでしょう?」
「確かに、貴族にとって資格者になるのは致命傷ですから、ね?んはあっ」
二つ目に、『仮面』を装着したものはその時点で生殖能力を失う。
つまりは子供を授かる可能性が、ゼロになる。
ヴェーセルが婚約を破棄されたのも、それが理由だ。
王族や貴族の結婚は、血を繋ぐために行われる。
ましてや王太子に嫁ぐとなれば、なんとしてでも世継ぎを産まねばならない身だ。
子供が産めない体に、もはや価値はないのだ。
実際、急にかつ晒し者にするような形で婚約破棄をしたにもかかわらず、フィリップ王太子のことを悪く言う人はいない。
ヴェーセルの父であるグラスホッパー伯爵でさえ、ヴェーセルに怒りこそすれ、王太子殿下には不平不満はないらしかった。
「お父様に会うのも気が重いですわ。勘当されて、さっさと出ていけなんて言われてもおかしくありませんもの」
「その時は、まあ私達もお供いたしますので、あんっ!あ、あのヴェーセル様、あの、いつまで触っているのですか?」
「ああ、ごめんあそばせ、つい揉みしだいてしまいましたわ」
ストレスからヴェーセルは、ついルーナの胸を、まさぐってしまっていた。
ヴェーセルにとっては日常茶飯事であるし、ルーナも羞恥と快楽に顔を赤らめつつも別に嫌がっているわけではない。
「しかし、先程のワタクシたち、完全に悪役でしたわね」
「そうですね、よりにもよってパーティでわざわざ破棄するなんて、晒し者です!」
ルーナは、ヴェーセルを慕ってくれているのであの扱いには不満を覚えているようだった。
もっとも、婚約破棄されたこと自体に不満のあるヴェーセルと違って、「やり方」がひどいと怒る彼女はヴェーセルから見ればずれているのだが。
「結局、あの嫌味男の言ったとおりになってしまいましたわね」
「ローグ様、ですか。確かに、そうですね」
常々、先を読んだ嫌味な言動ばかりしてくる友人の言葉を思い返しつつ、また嫌な気分になったヴェーセルはストレスを発散することにした。
「まあ、悪いことばかりでもありませんわね」
「ひゃうっ、あの、胸を触らなければいいというわけではなくて、おしりもくすぐったいと言いますか」
おしりを触られたルーナが、耳まで真っ赤にしたまま可愛らしい声を出す。
そういう反応をされてしまうと、ヴェーセルも当然むらむらしてしまう。
前世の性別は男性であり、性的対象は女性なのだから。
「嫌ですの?」
「い、いえ嫌なんかじゃないですよ?ただちょっとこんなところで恥ずかしいなあと」
「よいではありませんか、傷心のワタクシを慰めると思ってくださいな」
「ふああああ」
ルーナとのスキンシップを楽しみながら、ヴェーセルはこれも悪くないと思った。
確かに、王太子妃に、あるいは妃になるという人生のプランはついえてしまったが、逆にいえば結婚しなくてもいい、自由気ままな独身生活を送れるということでもある。
生殖能力がないということは、王子はもちろんのことまずどこにも貰い手はないだろう。
元々前世から性的対象は女性だったし、メイドにセクハラしながら仮面騎兵として生きていくというルートも決して悪くはない。
人々を怪物の脅威から守るという役割もまた、輝かしい存在ではあるのだろうから。
「そ、それより、これからどうするんですか?」
息を荒らげ、乱れた着衣を直しながらルーナが訊いてくる。
「まあ、ひとまず招集がかかるまでは待機ですわね」
「なるほど」
「上からの指示を受けて、私は派遣され、そこでゴレイムと戦うことになりましてよ。ゆえに、その命令が下されるまではこうしてのんびりするのですわー」
「えっ、あっ、あの、ヴェーセル様、スカートの中に手を突っ込むのは、恥ずかしっ、あの、ちょっとこのふああああ」
その日は、ストレス発散も兼ねてルーナにセクハラをしていたら一日が終わった。
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