TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~

折本装置

第一章『悪役令嬢、婚約破棄されてからがハイライトですわ!』

第1話「婚約破棄と『仮面』と悪役令嬢」

「ヴェーセル・グラスホッパー!君との婚約を破棄する!」



 今日まで伯爵令嬢として真面目にふるまってきたのに、なぜ婚約を破棄されなければならないのだろうかとヴェーセルは不思議に思った。



「理由は簡単だ、君が仮面騎兵、ヒールの資格者に選ばれたからだ!」



 ヴェーセルの婚約者であるフィリップ王太子が、感情のこもっていない冷たい視線を送っている。

 エルフゆえの尖った耳も、芸術作品のごとく綺麗な顔立ちも、今この時に限れば全てが冷酷さを強調するスパイスでしかない。

 城の大広間にて、社交ダンスパーティの真っ最中に婚約破棄をすることが残酷でなくて何だというのだろうか。



「王太子殿下、一応お伺いしますが、ご再考の予定などはおありになって?」

「ない。お前なんて必要ない」

「あら、幼馴染ともいえる間柄なのに、つれないのではなくて?」

「お前を幼馴染だなんて思っていないし、今まで婚約者であったことを喜んだことも一切ない。それに、私はもう新たな婚約者を見つけているんだ、入ってきてくれ」



 がちゃりと、扉が開いて一人の女性が入ってきた。

 金髪のショートカットで、どこかふんわりとした優しそうな雰囲気をまとった女性だった。



「彼女は、アメリア・ローズマリー子爵令嬢。君と違って、優しく、可憐な女性だ」

「は、はじめまして。ヴェーセル様」

「ごきげんよう、ローズマリー嬢」

「私のアメリアに話しかけないでもらおうか」

「これは失礼しましたわ」



 ヴェーセルは知っている。

 フィリップは、婚約者であるヴェーセルのことをあまり好ましく思っていなかったことを。

 だから、婚約破棄の正当な理由を探しており、そしてつい先日見つけたのでこの場で婚約破棄をしたのだろう。

 ヴェーセルは、無意識に頭の上に乗った緑と紫で彩られた『仮面』に触れる。



「これは、国王陛下や宰相閣下も承認していることだ、諦めろ」

「そうですわね」



 ちらりと、ヴェーセルは周囲を見渡す。

 フィリップ王太子に賛同しているような声が多い、いやむしろそれ以外に存在しないというような空気だった。



「これではすっかり悪役ですわね」

「あの、ヴェーセル様」

「アメリア嬢?」



 ヴェーセルとアメリアはほとんど初対面だが、何の用だろうか。



「そのダイヤモンドの指輪、貰ってもよろしいかしら?」

「え?」



 彼女が指さしたのは、ヴェーセルの指にはめられた婚約指輪。

 彼女の瞳の色に合う、グリーンダイヤモンドがつけられている。



「その金剛石の指輪は確かに君にはふさわしくないなあ、ヴェーセル、正当な人間に譲渡したらどうだ」

「わかりましたわ」



 別に、そこまで好きなものでもなかった。

 前世が前世だけに、宝石には疎かったのである。

 ただ、失うことの敗北感を感じながら、震える手でヴェーセルは渡した。



「すごい、とても美しいわ!見てくださいフィリップ殿下」

「それはそうだな、素晴らしい。金剛石も、喜んでいるだろう。さてヴェーセル嬢」

「何ですの?」



 急に敬称をつけてきた彼を奇妙に思いつつも、とりあえず流した。



「いや、今回のパーティでは君は私の婚約者として招かれているだろう?婚約を破棄した今、君がこの場にいていい理由は一切なくなった」

「なるほど、ですわね」

「そうだ、さっさと出ていけ、二度と会いたくない」

「わかりましたわ。では、ごきげんよう」



 確かに、それは理屈としては正しいかもしれない。

 ヴェーセルにしてみれば、社交界における伯爵令嬢としての役割を全うしたかったのだが。

 だが、もうこの状態では、それもできないだろう。

 この大広間にいるすべての人間が、ヴェーセルの敵であり、彼女を悪として見ていた。



「結局、こういう筋書きは変えられませんでしたのね」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も。何を言っても無駄でしょうから」


 

 予想できていたとはいえこの筋書きは変えられなかったかと、少しだけ落胆しながら、ヴェーセルは出口へと歩き出す。



「みんな、見てくれ!私を長きにわたって苦しめてきた悪役令嬢、ヴェーセル・グラスホッパ―はお帰りになるそうだ!この別れと、私とアメリアの絆に拍手を!」



 王太子の威光か、あるいはヴェーセルが知らず知らずのうちに人から恨みを買っていたのか。

 万雷の拍手が大広間一帯に降り注いだ。

 こうして、彼女は王太子フィリップとの婚約者から一転、悪役になってしまったのだった。


◇◇◇


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