新たな王

 セパーヌと同じくらい長身で、黒髪短髪、男前の男性に見える。こんな人、いたか?


「グレム。あの男は誰だ?」


「月と黒猫のボスじゃ」


「なに!?」


 月と黒猫のボス。初めて見た。俺と歳が変わらないぐらいの男が、月と黒猫のボスだったのか。グレムと同じくらいか、少し若いぐらいの威厳がある男性が、当主かと思った。


「突然、現れてすまない。私は、月と黒猫のボスを務めている、ロランだ」


 男の発言を聞いて、民衆はざわめきだした。


「しかし、これは仮の名前、本当の名前はフランと言う」


「フラン……どこかで聞いたことがあるような。トッポ、フーミンわかるか?」


「俺も、どっかで聞いたことあるんだが思い出せない。喉に小骨が刺さっている感じの、違和感があるんだけどな。なんだったけ?」


「僕も思い出せないよー」


 俺だけじゃなくて、トッポとフーミンも、聞いたことがあるみたいだ。


「ははは。そうじゃろ。みんな、一度は聞いたことがある名前だと思うぞ」


 グレムは、俺達の反応を見て、笑っている。


「国王ネフムスは、暴君であり国民を守る役目をあるにも関わらず、政務は臣下に丸投げし、自身は奴隷をコレクションにしていた。命を守るどころか、人の命を粗末に扱う行いをしていたのだ」


 国王ネフムスの暴虐ぶりが暴露される。


 国民は、噂程度の話しか聞いてないだろう。その噂が真実であったのが、認められたのだ。


「これらの非道な行いは、いずれ国民に牙を向く。私達は、国民に牙を向く前に、国王ネフムスを退位させることにした」


 それを聞き、集まった民衆はざわめいた。昨夜の出来事が、クーデターであることを知らされたのだ。


「じゃあ、新しい国王は誰になるんだー!?」


 民衆の一人が、大声を出して、疑問をぶつけた。


 俺も、その男と同じ意見だ。退位させるのはいいが、空いた王位をどうするつもりなんだ?


「私の名前は、フラン。その名前を聞いて、気づいた者もいるかもしれない。私は、月と黒猫のボスである顔と、もう一つの顔がある」


 民衆たちは、フランが言う言葉を黙って聞いている。


 城壁の上にいる俺達も黙って聞いていた。


「もう一つの顔は、国王ネフムスの腹違いである弟だ!」


「な!?」


「まじかよ」


 俺達は絶句する。月と黒猫のボスが、王族だった。しかも、先代国王の弟。分家ではなく、宗家の血筋だ。


「ははは、良い顔をして驚いているな」


「お、驚くに決まっているだろ。月と黒猫のボスが、先代国王の弟だなんて」


「ここ最近で、一番びっくりしたかもー」


「下にいる民衆を見てみろよ。みんな黙り込んでいるぜ。豆鉄砲をくらったような顔をしているんだろうな」


 てことは、俺達は実質王族の命令で、動いていたのか。


「もしかして、『始祖の枝』を盗むように頼んだのって」


「そうじゃ。正当な王位継承があると。主張するためじゃな。盗むのには、失敗したが、先日の戦いで、しっかり『始祖の枝』も手に入れておるぞ」


「前に、オークション会場のスタッフがら、王の弟は身ぐるみを剥いで、追放されたと聞いたが」


「それは、間違ってないの。なんせ、わしが飢え死にしそうだったフランを拾って育てたからな。ははは」


「はははって、さらっと歴史を変えるようなことを、笑いながら言うな」


 俺も、グレムの立場だったら、拾っているけど、もうちょい神妙な顔で話すぞ。


 グレムと俺が、話していると、フランの後ろから、セパーヌが布に包まれた何かを持ってくる。


「これは、サクラ王国に伝わる『始祖の枝』だ!」


 フランは布を取り、天に向けて始祖の枝を掲げた。


 集まっている民衆がざわめく。


「『始祖の枝』を持っているということは、私に正当な王位継承権があるという意味を持つ。この瞬間、私はサクラ王国の国王になる!」


 民衆は、しばらく静まり返る。


「お、おおおおおお!」


 少し遅れて、一人の男が歓声をあげる。


「おおおおおお!」


 それに呼応するかのように、集まっていた民衆は歓声をあげた。




 俺達は、その後、グレムに連れられて新たな国王の元に来た。


「みな、ご苦労だった」


 これが、新しい国王。俺等と同い年ぐらいだ。


「ははは。フラン。王の即位めでたいな」


 グレムは、笑いながら言った。


「計画は、大きくずれてしまったけどな。ロナが機転を利かせてくれたおかげだ」


「いえ、私は知恵を貸しただけです。実際に実行すると判断したのは、フラン様です。そのアドリブについて来てくれた、グレム達のおかげです」


「そういえば、フラン。ネフムス元国王は、どうした?」


「精神が崩壊して、城と運命を共にしようとしたところを保護したよ。ずっと、遠くを見るような目で、うつろな状態だから、医師に見せて監禁状態にしている」


「そうか」


「兄上に忠誠を誓っていた臣下も、王都から逃亡した。ネフムスを担ぎ上げる臣下は、この王都には、どこにもいない」


 俺はずっと気になっていたことを思い出し、手をあげた。


「国王様。一つ発言してもいいですか?」


「うむ。いいぞ。ロック」


 俺の名前も知っているのか。


「地下牢から、ロナに牢屋から出された際、グレムは作戦の内容を知らなかったのですか?」


「知らなかったはずだ。グレム、そうだろ?」


「全く知らなかったの。ロナの姿を見た時、もしやとは思ったけどな。ロック達が、地下牢から出ている間に、ロナから聞いたのじゃ」


「ロナは、月と黒猫のボスが、王族だってわかっていたのか?」


「もちろんよ。実際に知ったのは、グレムが『フラン様を拾った』って、私の元に相談しに来た時だけど」


「グレムとロナには、感謝しかない。こうやって、民衆に正体を明かすまで、正体を隠してくれていた」


「ははは。大変だったぞ」


 グレムは、笑いながら言う。


「私は、地下牢で初めて知りました。心臓が止まったかと思いましたよ」


 セパーヌは、難しい顔をして言った。


「ロックよ」


「はい、なんでしょうか?」


「褒美は、何がいい?」


「褒美ですか……」


 実際、言われると思いつかない。特に欲しい物がない。


 ふと、コトミのことを見る。あ、褒美を思いついた。王になら、できるかもしれない。


「そこにいるコトミの、奴隷という身分を無くしてくれませんか?」


「ロック」


 コトミは、俺の方を見る。


「そこは、心配しないでくれ、近く奴隷という身分を廃止する予定だ」


「奴隷を廃止ですか?」


 まさか、王から奴隷を廃止するという、言葉が出るとは思わなかった。


「月と黒猫のボスになって、十年。奴隷という身分で、どれだけ人が苦しんでいたのか、わかる場面に多く見て来た。これは、かねてから決めていたことだ」


 これが、王になる男の器なのか。自分には、生涯をかけても到底持ち合わせることが、できない領域だと知らしめされた。


「それでは、もう一度聞く。報酬は、何がいい?」


「報酬は……」


 俺は、フラン国王に報酬の内容を言う。

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