城からの脱出
「だえー!?」
王は、頬を抑えて地面を転がり回る。
それを見て、女性の奴隷達は、持っている団扇やグラスを捨てて部屋を出て行った。
「ははは。良い殴りじゃな。斬らんで、良かったのか?」
「腐っても王だ。王殺しには、なりたくない」
「冷静じゃな」
「グレム様!」
一人の男が、慌てた様子で、部屋に入ってくる。
「どうしたのじゃ?」
「城外から、王国軍が、こちらに向かって来ます! その数は千!」
「わしの予想通り来たか、王に忠誠を誓う将校が率いているの。わかった。すぐに行く。ロックよ。ここは、戦場になる。早く嬢ちゃんを連れて、逃げるのじゃ」
「グレムは、どうするのだ?」
「ははは。仕上げをしてくるわい。戦が終わったら、酒でもくれい」
「わかった。めちゃくちゃ美味い酒を飲ませる」
「ははは。楽しみにしておるぞ」
グレムは、そう言うと、反乱軍を連れて部屋を出て行った。
「ロック」
声の方向を見ると、コトミが俺の方を見て、立っていた。
「逃げよう」
俺が、コトミに手を伸ばして、その場から離れようとした。
「待つのだえ!」
ネフムス王が、頬を赤く腫らした状態で、立ち上がって来た。
「城内には、お前に味方をしてくれる奴はいないぞ」
「貴様! 王である、われを殴っておいて、そのままで済むと思うなだえ! 城外には、われを味方する王国軍がまだまだ」
ネフムス王が話している時、ネフムス王の背後にある壁が、大きな音を立てて崩れた。
「なんだえ!?」
いや、これは崩れたというよりは、支柱が焼けて、焼け落ちたのか?
「ここは、まずい!」
俺の予想が正しかったのか、崩れた壁から火の手が上がった。
「わ……われの」
ネフムス王も、事態を察して、困惑の声をあげる。
「城がああああ!?」
ネフムス王は、泣き崩れる。
「ここから、逃げよう」
俺は、コトミの手を引き、その場から離れる。
城内を走っていると、窓から反乱軍が武器を持ち、王国の旗を焼いていたのが見えた。
「武器を取れー!」
「奴隷を苦しめた、国を打倒せよー!」
最初は、反乱を起こす気がなかった奴隷達は、自由を手に入れるために、声をあげて立ち上がっている。あの勢いは、誰にも止められないだろう。
「ねぇ、ロック。この国はどうなるの?」
コトミの方を向くと、涙目になっていて、表情が不安そうだった。
「俺にもわからない」
二十年間の人生で、城が焼けている光景を見ること自体初めてだ。
この後、サクラ王国が、どうなるかはセパーヌやロナ、グレムの裁量によるだろう。悪い方向にはいかない、そんな気がする。
まだ短い付き合いだが、三人のことを信用できる。
「この扉を通れば地下水路がある。そこから、逃げよう!」
「うん」
俺は、地図に書かれていた、入口の扉を見つけ出す。
しかし、開けようとするが、びくともしない。壊れているのか。
「コトミ、下がってくれ」
扉を力強く蹴る。鈍い音を立てるが、外れる様子がない。何度も蹴ってみると、徐々に扉が動いているように感じた。
「こんの!」
渾身の蹴りを扉にやると、扉は外れて階段の下に落ちて行った。
「よし、行こう」
壁にランタンが、かけてあるのを見つける。ふと、秘密基地に行く時の景色を思い出した。
窃盗をしていた俺が、王から奴隷を盗むことになるとはな。
壁にかけているランタンを手に取ると、横の壁穴にマッチが置いてあったので、それを手に取る。
「ロック。地下水路の中、真っ暗だよ」
階段を下ると暗闇に包まれていた。
「今、ランタンに火を点ける」
ランタンの蓋を開き、マッチで火を点ける。
「出口は、こっちだ」
地図を開いて、自分達がいる場所を確認し、進むべき道を指さした。
俺が先頭になり、進んでいく、外の騒がしさとは別に、地下水路の中は、無に等しい無音状態だ。
どれくらい歩き続けたか、わからない。進んで行くと、月明かりで照らされている場所を見つけた。
「あそこが出口だ」
地図によると、ここを出れば城の城下町に流れる川に出るはずだ。
「城が燃えているぞ!」
「何が起きているんだ!?」
月明かりが照らされている場所に近づいて行くと、人の困惑した声が聞こえて来た。
「コトミ、一回待ってくれ」
「うん。気をつけてね」
この混乱だ。出た先に兵士がいてもおかしくない。慎重に行こう。
「誰もいないな」
水路の出口を見てみるが、兵士の姿は見当たらない。反乱のおかげで、兵士は見張る余裕がないかもしれない。
グレム達に感謝だな。俺一人だけだと、難しかった。
「城下町に住む人も、燃える城にしか注目していない」
人々の視線は、燃えている城を見ているようだった。水路を見る人は、誰一人いない。
「コトミ。大丈夫だ。行こう」
コトミの手を掴み、外に出る。足音をできるだけ出さずに、水の流れに沿って進んだ。
「ロック。この先は、どこに繋がっているの?」
「この水路は、城の近くにある森へ繋がっている」
この先は、森に繋がっている。ヘイホーが眠っている丘に繋がる川だ。墓参りに何回か通っているから、森の内部には詳しくなっていた。
あそこなら、安全だと。俺は、自身を持っている。
「コトミ」
「なに?」
コトミの手を強く握りしめる。
「今日で、奴隷との生活は、お別れだ。自分らしい人生を歩もう」
「うん、そうする。ロック、王都の道案内してよね」
今日になってから、コトミの笑顔を初めて見た。
コトミの笑顔を見て、気持ちが、安堵に包まれる。
「放火魔がいたぞ!」
「やはり、森に逃げるつもりだったか」
目の前に王国軍の兵が現れた。
なんで、こんな所に王国軍の兵がいるんだ。
『王による警戒令が出されれば、近い時間に、王都で包囲網が作られる』
ふと、アグマが、言っていた言葉を思い出した。
あの国王、警戒令を出していたのか。完全な包囲網は、王都の混乱で完成してはないと思うが、一部では出来ているのか。
「ロック」
コトミが、俺の後ろに隠れるようにした。
この状況どうする。後ろに下がるのが賢明か。
「矢を放て!」
突然、号令が鳴り響いた。
敵の号令か!?
「ぎゃあ!?」
「うっ!?」
矢で倒れて行ったのは、王国軍の兵だった。
「どんどん撃て―」
この声と口調は、昔から聞いているのと同じだ。
「フーミン!」
「やっほー。助けに来たよー」
フーミンは、覗き込むようにしながら言った。
「俺もいるぞ」
トッポも、フーミンの隣に現れる。
「助かった! なんで、俺がこっちに逃げるって、わかったんだ?」
「僕達も、グレムに地下水路の地図を見せてもらったんだー。そしたら、ヘイホーのお墓に近い川に繋がる水路を見つけて、賢いロックなら土地勘がある、こっちに逃げると思ったー」
さすが、フーミンだ。俺の考えが、お見通しだったのか。
「グレムに頼んだら、手下を三十人付けてくれて、行って来いって言われた。グレムにも、礼を言っときな」
俺は、みんなに助けられてばっかりだな。
「ねぇ、これからどうするー?」
「コトミを連れて、日が昇るまで森に隠れようとしていた」
フーミンが、トッポと会話を始める。距離があって、なに言っているかは聞こえない。
「俺達もついていく」
「グレムは、救援必要な状態か?」
「大丈夫だよー。俺達が向かおうとした時、月と黒猫の幹部とボスが、数千人の構成員を引き連れて、城の中に入って来たー」
確か、城に向かってきている王国軍は千人。人数的にも有利か。
「わかった。一緒に行こう」
「早く、川岸から上まで上がって来い。最後の戦いを終わらせるぞ」
俺とコトミは、川岸から土手を登って、上に上がった。
「相手は、矢で混乱している突撃だー!」
「おおおおおお!」
「コトミは、俺から離れないでくれ」
「うん。わかった」
コトミを後ろに下がらせて、俺はトッポ達と王国軍に突撃した。
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