コトミの元へ

「敵の姿が見当たらない」


 このまま、駆け抜けて行くか。時間がかかると、城に火が放たれて、脱出が難しくなる。


 俺は、走って三階に続く階段を目指す。


「通しま……ん! せんよ」


「声の方向は、上か!」


 上を向くと、ベンが俺に向かって落下しながら、攻撃を加えようとしていた。


 俺は、とっさに床を思いっきり蹴って、位置をずらす。


 ベンは、そのまま床に杖を叩きつけて、石の床を大きくえぐる。


「私の攻撃を受け止めようとしなかったのは、賢明な判断ですよ」


「捕まる前に、二度ベンの攻撃を受けているからな。落下速度も加わった、あの攻撃を受け止めようとするのは、危険だと判断した」


「さすが、賢いですね」


 ベンは、杖の先で、地面を叩いて、音を響かせる。


「増援か」


 すると、どこからともなく黒装束の衣装に身を包んだ人が、数十人現れる。


「国王直属の暗部組織『夜桜』。隊長は、機密活動で国外に行っているため、私が指揮しますよ」


 黒装束の人達は、剣を抜き構えた。


「通させてもらうぞ」


 ここまで来て、人数不利だからと言って諦めることはできない。


「この人数差でも諦めない精神。さすが……ん! です」


 ベンは、少しずつ俺に近づいてくる。


「来るか……!」


 俺は、ベンに向けて剣を構える。


 沈黙が続く。


「ははは。ベン、ここにいたか。久しぶりじゃのう!」


 その沈黙を無視するかのように、俺の来た方向から声が聞こえた。


「グレム」


 ベンも、声で気づいたようだ。視線を俺の後ろに向ける。


「ロックに、先を越されるとは、わしも歳をとったのう!」


 肩を叩かれたので、振り向くとグレムと反乱軍の姿があった。


「トッポ達は?」


 グレムが、ここにいるということは、アグマを倒したのか?


「安心するのじゃ。手下を三十人ほど、置いて来ている。トッポとフーミンから、『先に行って、ロックを援護してほしい』と頼まれたからな」


「あいつら」


 自分達じゃなくて、俺を優先させたのか。


「大丈夫じゃ。部下には、絶対に助けろと命令してきたからの」


 グレムは、笑って語りかけ、前を向く。


「相手は、ふむ三十人か」


「国王直属の暗部組織だ。一人一人、武術の達人レベルと同じくらいの強さだと思う」


 まだ、戦ってはないが、そんな気がした。


「ほほほ。それは、まちがい……ん! ありませんよ。私には、敵わなくても、日々武術の鍛錬をしている男達です。継続している者ほど、強いですからね」


 ベンは、笑いながら言う。味方の時は、気にならなかったが、敵として見ると、その笑い方には不気味さを覚える。


「ははは。それは、一人対一人の時であろう。ここは、戦場じゃ。武術大会ではないの。皆一斉に突撃じゃ!」


「おおおおおお!」


 グレムと反乱軍は、ベン率いる暗部組織『夜桜』に向かって突撃をする。俺も、グレムの後に続いていく。


「グレムが言うほどの力は、ありますね。勢いがすごい」


 最初は、有利だった夜桜だったが、反乱軍の勢いに押され始めた。


「しかし!」


「ぬぅ!」


 ベンが、グレムに向かって攻撃をする。剣を抜く余裕がなかったのか、グレムは鞘をつけたまま、ベンの攻撃を受け止めた。


「反乱軍を率いている。あなたを潰せば問題……ん! ありません」


「グレム!」


「気にするのではない! 先へ行くのじゃ!」


 グレムは、ベンの攻撃を弾いて、俺に向かって言う。


「お前達!」


「はっ!」


 ベンの掛け声で、俺の前に黒装束の男二人が立ちはだかる。


「ロック。主は、強い! 自信を持って戦えば大丈夫じゃ!」


 グレムの言葉を聞き、俺は立ち止まらずに剣を構える。


 相手は、剣術の使い手、ならテクニックを使わせる前に、叩き斬る!


「ぐっ!?」


「うわ!?」


 耳に男の悲鳴が聞こえた。何が、起きたのかよくわからない。気づけば、目の前に立ちふさがっていた男二人は、いなくなっており、自分の剣には血痕がついていた。


「とにかく走る!」


 三階に向かって走っているが、夜桜が追ってくる気配は感じられなかった。


「次で、三階だ」


 コトミが、階段を上がった先にいる。


 自分の心の中で、早く早く上にと気持ちを焦り、階段に足を引っかけて転びそうになりながら上がっていく。


「あの部屋の中か!」


 階段を上がりきると大きな扉が一枚確認できた。


「コトミ!」


 扉を勢いよく開く。


「ほえ?」


 扉を開けて見えた光景は、コトミと何人もの女性の奴隷が、大きな団扇うちわや飲み物が入ったグラスを持って、立たされていた光景だった。


 部屋の中心にいるのはネフムス王か。団扇にあおられながら飲み物を飲んでいた。


「誰だえ?」


「ロックだ。コトミを取り返しに来た」


 俺は、一歩進む。


「ネフムス王に近づくな!」


 護衛だと思われる兵が数人、俺の前に立ちふさがる。


「アグマとベンは、何しているのだえ? 後でお仕置きせんとだえ?」


 ネフムス王は、危機感を感じていないのか、俺に興味を持ってないのか、焦る様子が感じられなかった。


「どいてくれ」


「ダメだ」


 俺は、剣を構える。


「は、反逆者だえ! 捕まえるのだえ!」


 俺が武器を構えたことに身の危険を感じたのか、ネフムス王は焦り始める。


「捕まえます!」


 ネフムス王に従えている護衛の兵は、盾を構えて、俺に近づいて行く。


「どけー!」


 俺は、剣を使い攻撃を仕掛けるが、護衛の盾に弾かれた。


 なんて、頑丈な盾なんだ。この護衛は、王を守ることに特化しているのか。


「無駄だえー。そこにいる護衛兵は、王国内でも最強の硬度をもつ鉱石によって作られた装備をしている。ただの攻撃じゃ、通じないだえ」


「最強の硬度を持つ装備がなんだ!」


 俺は、何度も攻撃を繰り返す。しかし、王を護衛する兵は、ひるむどころか、びくともしなかった。


「諦めろ」


 護衛している兵は、吐き捨てるような声で、話す。


「黙れ!」


 俺は、剣を思いっきり振りかぶって、叩き斬ろうとした。


「ははは。楽しそうだな」


 後ろの方から、笑い声と共に俺の横を何かが勢いよく通り過ぎた。


「どえー!?」


 ネフムス王は、驚いた声を出す。


 何かが、投げられた?


「あれは……ベンか!」


 よく見てみると、血だらけになってベンが倒れていた。ベンと戦っていたのは、確か。


「ロック。よく、ここまで辿り着いたの」


 グレムは、俺の肩を叩く。


「夜桜を倒せたのか」


「わしを誰だと思っておる。先代ボスと呼ばれるグレムじゃぞ。ははは!」


 グレムは、大きな声で笑った。


「べ、ベン! なに、寝ているんだえ!?」


 ネフムス王は、ベンに向かって呼びかけるが、ベンの返事はなかった。


「ベン様がやられた?」


「下の階は、どうなっている?」


 王の護衛達が、困惑した様な声で話し始める。


「おい、グレム」


「なんじゃ?」


「トッポ達は、どうなった?」


「無事にアグマを倒せたのじゃ。相当激戦だったみたいでな。今、休んどるわい」


「無事なのか」


 無事なら、良かった。なら、後はコトミを助けるだけだ。


「さっき、仲間からの報告で、王国軍が集まっていると聞いたのじゃ。ほぼ確実に、この城に攻めてくる。ここは、戦場になるの。女性を守りながら戦うには、厳しい戦況じゃ。ロック、嬢ちゃんを連れて水路から脱出せい」


「トッポ達は、どうする?」


「わしに任せろ。ロックは、嬢ちゃんの命だけを考えるのじゃ」


「わかった」


「なにを、こそこそ話しているのだえ!?」


 ネフムス王は、焦った声を出しながら俺に言う。


「王の護衛どもよ! この王政は、今日中に終わるぞ! 守る者があるなら、武器を捨てて投降せい!」


 ネフムス王の護衛は、顔を見合わせる。


「言葉に、惑わされるんじゃないのだえ!」


 王は、護衛に発破をかける。


「しかし、王。敵がここまで来ています。ベン様もやられており、アグマ様もやられたと、この者達が言っていました」


「我らだけで、この戦況を覆せるのでしょうか?」


「貴様らは、この国に生まれて育った身だえ! ここで、王に忠誠を誓わないで、どうするのだえ!?」


「王よ。とっくに民心は、離れていたのじゃ。民に、慕われなければ王は務まらん」


「ぐぬぬ! 言わせておけば、そのようなことを言いおって!」


 ネフムス王は、剣を抜き、こちらに歩いてくる。


「どくのだえ! 王、自ら斬り捨ててやるのだえ!」


 俺は、護衛の合間を抜けて、王の前に現れる。


「だえ?」


「話が長い」


 俺は、そう言うと、ネフムス王の頬を殴り飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る