宿舎の中
「うぅ」
「み、みずぅ」
「た……助けてくれ……」
奴隷がいる宿舎の中に入ると、酷い状況だった。部屋はなく、ただ広い部屋が一つある。そこに、奴隷三百人が敷き詰められていた。衛生環境、スラム街より悪いんじゃないか?
元々、五十人の奴隷を常駐させていたと聞いている。おそらく、宿舎を増築せず、このまま使用しているのだろう。ネフムス国王、自分のコレクションに対して、なんて酷い扱いをしている。
辺りを見渡してみるが、コトミの姿が見当たらない。
「この匂いは、人口密度が高いせいか?」
「部屋の温度も、変に高いねー。空気がもわっとしている。換気もしてないみたいー」
トッポとフーミンの言う通りだ。匂いは、もはや異臭に近いし、部屋の空気も何週間も換気していない感じだ。
「グレムは、どうおも」
グレムに言葉をかけようとしたが、途中で言葉が止まってしまった。
グレムの表情が変わっていない。真剣な表情をしている。今までで、見たこともないぐらい真面目な表情をしていた。
グレム、何をするつもりなんだ。
「奴隷達よ。なぜ、そこで寝ている?」
グレムの言葉に、宿舎にいる奴隷全員が、グレムの方を見る。
「なんでって、寝ないと、明日の仕事が」
「少しでも体力を回復させないと」
奴隷達は、寝ている理由について答え始める。
「天は自ら行動しない者に、救いの手をさしのべない」
「なにを言って」
「わしの好きな本に書かれている言葉じゃ。主らは、この生活が終わると思うか?」
「それは、いずれ終わると思う」
「そのままだと、一生奴隷じゃな」
「なに!?」
奴隷の男が怒ったような声を出す。
「黙って従うのは、簡単な道じゃが、賢明な判断とは言えんな。それは、臆病者の発想じゃ」
「ぐっ……!」
「だけど、王様が頑張れば自由をくれるって」
奴隷の、もう一人立ち上がって、グレムに言う。
「王は、自由を与えてはくれぬぞ? 主ら奴隷が、直接自由を求めなければ、ならぬのじゃ。そもそも、王が集めたコレクションを自ら手放すと思うか?」
「そ、それは……」
「わしらと、王に復讐してみないか?」
「王に復讐?」
「それって、反乱を起こすってことか?」
奴隷は、ざわめきだした。
「国王に反乱って、いくら何でも無謀すぎるのでは?」
「困難の中に、機会がある。主ら奴隷が、自由を求めて行動するなら、自由になるチャンスは訪れるのじゃ。それに、わしの後ろには、上級貴族のセパーヌ。仲介者と呼ばれるロナ。かつて、王に従えていた臣下達。大勢の仲間がいる」
「あの、セパーヌさんが味方なのか」
「俺、奴隷なのに会った時、パンをくれて、話しかけてくれたぞ」
奴隷の声が、明るくなったのを感じた。
「皆、立ち上がれい!」
グレムの言葉に、奴隷達は立ち上がる。
「自由がほしいか!」
「お、おー」
「もっと、大きな声じゃ! それだと、自由はやってこぬぞ!」
「おー!」
「奴隷を辞めたいか!」
「おー!」
「なら、行こう! これは、戦争ではない。奴隷に自由を与える夢物語を実現させる時が来たのだ!」
「おおおおおお!」
奴隷達は、立ち上がり雄叫びをあげた。
「どうじゃ?」
グレムは、俺達の方を向き、親指を立てて、グッドポーズをした。
グレム、本当に『奴隷を剣闘士にジョブチェンジ』させやがった。言ったことを実現させる力が、この男にはあるのか。
「さすが、月と黒猫のボス」
「僕まで、気持ちが高ぶったよー」
「そうじゃろー?」
グレムは、笑いながら言う。
「主ら、行くぞー!」
グレムは、奴隷達を引き連れて、宿舎を出た。
宿舎の中には、俺とトッポ、フーミンの三人しかいない。ここにいた三百人の奴隷、全員グレムの後に続いて行ったのか。
グレムは、完全に宿舎にいた奴隷の心を掴んだ。なんて、男なんだ。
「俺達も行くか」
「そうだな。グレムにいい所とられたが、次は俺達の番だ」
「レッツゴー」
俺達も宿舎を出た。
「ほれ、これは主らの分じゃ」
宿舎を出ると、グレムが剣を三本、俺達に渡してきた。
「ほう、派手にやっとるわい」
城の方に目を向けると、城の後ろが赤い光に照らされていた。
「なんだ? あの光は?」
「わしの手下が、火を放ったのじゃ。」
「城に火を放ったのか!?」
「仕方ないじゃろ。王国の兵が、こっちに注意をいかないように、するためにしたのだ」
「これだと、まるで俺達が悪党だ」
「なにを言っているのじゃ。地下牢を勝手に出たうえ、王のコレクションである奴隷を勝手に解放したんだ。とっくに主らも、国から見たら悪党じゃよ」
自分がやってきたことを思い出して、罪悪感に包まれた。
そうか、俺達は王に立て付いている。王国に反逆しているのか。
「へへ。緊張してきた」
トッポが笑いながら言う。
「僕は、とっくに緊張しているよー」
フーミンも、震えながら言った。
「ははは。その緊張感忘れるんじゃないぞ。こっからさきは、命の奪い合いじゃ。油断した者から、命を落としていく。気を引き締めて行くのじゃ」
「わかった」
「奴隷達よ。立ち上がったなら、目標の半分は実現しているのに、等しいぞ。後は、行動あるのみ、目指すは国王の王座じゃ。行くぞ!」
「おおおおおお!」
奴隷達の雄叫びが響き渡った。
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