下調べ

 オーディション当日。俺達は、作戦の流れを月と黒猫の拠点内で、打ち合わせをした。その後、拠点から出て、オーディション会場に向かう。


「ここが、オーディションの会場」


 スーツを着た俺達に映る景色は、男性はスーツ、女性はドレスに身を包んだ豪華な木造建ての会場だった。後は、受付の人にカードを見せれば、会場内に入る事ができる。


「結局、コトミのとこには行けなかったな」


 本当は、昨日会いに行く予定だったんだが、見世物小屋に行く勇気がなかった。コトミが見せる、あの笑顔で、『じゃあね』って言われるのが、嫌だったのかもしれない。


 俺は、コトミに別れを言われるのが怖くて、逃げてしまったのだ。


「ロック。大丈夫か?」


 考え事をしていると、トッポに話しかけられる。俺の顔が険しかったのだろう。


「あぁ、大丈夫だ」


「緊張するよねー」


「現実なのか分からないよな。夢を見ている気分だ」


 フーミンとトッポは、これからする大仕事に、緊張しているみたいだ。


「俺達は、仕事をこなすだけだ。行くぞ」


 俺は、トッポとフーミンに声をかけて、前に進んだ。


「オークションの参加者ですね。こちらの番号札を付けてください」


 俺は、受付の女性から『三十四』と書かれた番号を受け取った。トッポとフーミンも、番号札を受け取る。


「ロックは、何番の番号だった?」


「俺は、三十四番だ」


「俺は、三十五番」


「僕は、三十六―」


 受付に来た順番に番号を渡しているのか。


「ははは。来たか」


 会場内に入ると、目の前にグレムがいた。胸には、二十番の番号を付けている。


「なんで、こんなところにいる?」


 グレムは、さっき拠点内で会ったが、待機するかと思っていた。


 スーツを着ているが、普段酒浸りな生活を送っている生活を見ているせいで、スーツを着ている人から感じる、紳士的なオーラを感じなかった。


「なんでって、わしもオーディションに参加するからだ」


「月と黒猫も、参加するのか」


「欲しいのは、始祖の枝だけじゃないからの。正攻法で、手に入るやつは手に入れるのじゃ」


「私が……ん! スタイリッシュに落札してあげましょう!」


 振り向くと、ベンも歩いて、こっちに向かって来た。胸には二十一番の番号を付けている。


「グレムとベンもいるということは、他にも月と黒猫の構成員がいるのか?」


「もちろんじゃ。上手く、とけ込めているだろ?」


 確かに、ぱっと見ただけだと、オーディションの参加者で、マフィアの構成員だってわからない。


「では、わしは行くからの」


 グレムは、そう言うとオーディション会場内の人混みの中に消えて行った。


「私も、期待……ん! していますよ」


 ベンも、グレムの後を追って人混みの中に消えて行った。


「ロック。これからは、会場の下見だったよな?」


「あぁ、地図では確認したが、実際に自分の目で建物の構造を調べる。トッポは、この会場内を調べてくれ。フーミンは、俺と一緒に会場以外の場所を調べる。オーディションが始まるのが二時間後、それまでに調べて、準備を終えるぞ」


「りょうかいー」


「わかった」


 トッポは、返事をすると会場内を調べに行った。


「僕達は、会場の外だよねー?」


「あぁ、そうだ」


 フーミンと共に会場の外へ出る。


「この建物は、オーディション会場を中心にし、壁を隔てて、廊下が一周している。その廊下を囲むようにいくつものの部屋があるって感じだ」


「なるほどー」


 俺達が調べなければいけないのは、オークションの出品物が落札した後に運ばれる場所だ。できれば、出品物の保管場所から、出品、落札物の受け渡しまで、一通りのルートがわかれば安心できる。それに合わせて、臨機応変に対応できるからな。


「まずは、今、出品物が保管されている場所だ」


「りょうかいー」


 確か、オーディション会場に来る前、月と黒猫の拠点で打ち合わせした時は、建物の西側にあるって言っていたな。


「西側って言っても、部屋が何個もあるよー」


「安心しろ、こういう大事な物を保管している場所は、総じて他の部屋より厳重に警備されているか、人の出入りが多い」


 廊下を歩いていると、警備員だと思われる人が、二人立っている部屋を見つけた。


「あそこだけ、人がいるね」


「どうやら、あそこが保管庫みたいだな」


 フーミンと話していたら、スキンヘッドをした警備員の男性と目が合った。


「パーティー会場は、反対だぞ。なにしている?」


 警備員の男性は、そう言うと近づいてくる。


「ここの会場、初めて来たので、少し散歩していました。オークションまで、まだ時間がありますので」


 俺は、そう言いながら、オークションに入場する際に使ったチケットを見せる。


「そこの連れもか?」


「もちろんー」


 フーミンもチケットを見せる。


「不審者じゃないみたいだな。チケットも本物だ」


「紛らわしいことをしてしまって、申し訳ございません」


「いや、気にするな。これが、俺の仕事でもあるのだ。あまり、変な場所には行くなよ」


 警備員の男性は、そう言うと元いた場所に戻る。


「一回、戻った方がいいかもねー」


「そうだな。実際に部屋の中を見たわけではないが、高確率であそこが保管場所なのだろう。今度は、戻って東側の廊下に行くぞ」


 俺とフーミンは、来た道を引き返す。


 東側の廊下に行くと、西側と同じように多くの部屋が並んでいた。


「今度は、落札された出品物が、保管される場所だっけー?」


「あぁ、下見で一番把握しておきたい場所だ」


 ここが、盗むのに最適な場所だ。最初の保管場所で盗めば、ないことに気づかれやすい。かといって、道中に盗めば、オークションの管理者が違和感に、気づくまでの時間が早い。そう考えると、オークションで競りを終わった物を盗むのが、一番見つかるまでの時間が稼げる。


「まだオークション始まっていないから、人が全くいないねー」


「そこが、チャンスなんだ。誰もいない時が、細工を仕込むのに最適な時間だ」


 問題は、その部屋をどうやって見つけるかだ。オークション側も、もちろん警戒しているだろうから、そんな重要な部屋の情報は流さない。


「あれー、落ちないな」


 考えていると、不意に男性の声が聞こえた。


「隠れろ」


 俺とフーミンは、慌てて隠れた。


「くそー、なんだこれ?」


 男は、独り言を呟きながら、何かをしている。


「ねぇー、ロック。あれ見てー」


 フーミンが、指を指した方向を見ると、木の立て札に『清掃中』の文字が書いてある。


「なんだ、清掃員か。清掃員……。なぁ、フーミン」


「なにー?」


「ここのオークションって、直接関係のある人は、オークションの出品など、に関係する人達か?」


「そうだと思うよー」


「清掃員って、外部委託の人員か?」


「うん。そうだと思うよー。今までの盗みの時も、こういうパーティー会場は、外部から清掃員を雇っていたと思うー」


「なら、入れ替わってもばれないか?」


「多分大丈夫だと……ロック、まさか?」


「清掃員と入れ替わる」


 俺は、清掃員の男の背後に近づいて、首を絞めて気絶させた。


「フーミンは、オークションの会場内に戻ってトッポと合流してくれ」


「わ、わかったー。ロックは、どうするのー?」


「俺は、部屋を見つけて細工してくる」


 フーミンは、俺の返事を聞くと、頷いて元来た道を戻って行く。


 フーミンを見送った後、俺は清掃員の服をはぎ取って着替える。そして、清掃員の男を縛りあげ、男が掃除していた部屋のロッカーに入れた。


「一人になってしまったが、見つけるぞ。もう一つの保管場所」

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