第五章

月と黒猫の依頼

 川が流れる音と、虫の声だけが聞こえる。


「ヘイホー。仇をとって来たよ」


 俺は、ヘイホーが眠る墓の前で、そう言葉をかけた。


「あの世で、思いっきり、ぶん殴って来い」


「気が済むまで、殴っていいよー」


 トッポとフーミンも、それぞれ声をかけた。


「俺等は、こういうセンスはないが、あの世に持って行ってくれ」


 俺は、トッポとフーミンの三人で、通り道に咲いていた花の花束を墓に置いた。


 花の種類や色も、ばらばらだが、ヘイホーなら許してくれるだろう。


「ヘイホーの分も生きていくからな」


 トッポも呟く。


「俺達が、じいちゃんになって死んだら、ヘイホーもじいちゃんになっているかなー?」


「あー、どうなんだろうな」


「ヘイホーが若かったら、神様に頼んで、じいちゃんにしてもらえばいいんじゃねぇの?」


「なるほどねー。うん、ヘイホーが若かったら、そうしてもらおうー」


「ヘイホーも散々だな」


「ははは」


 俺達三人は、お互いの顔を見て笑い出す。


 ヘイホー、天国で、長く待たせることになると思う。もし俺が、そっちに行った時は酒でも飲もう。



「お久しぶり」


「そんな長く会ってないわよ」


 俺は、見世物小屋にいるコトミの元にいた。


「昨日何かあった?」


 コトミが俺を見て聞いてくる。


「どうして、そう思う?」


「なんか、スッキリしたような顔をしているから」


 コトミの観察眼には、敵わないな。


「友達の死から、立ち直れたかもしれない」


「なるほどね」


 俺は、ふとコトミのいる檻の隣を見た。


「あれ? 値段が書かれている看板が消えている」


「あれね、わからないけど、ここの管理人が、取り去ったわ」


 俺は、数日前の会話を思い出す。


「俺、『コトミのことを買って自由にさせる』って約束したのに」


 振り出しに戻された気分だ。もしかしたら、値段が変わるのかもしれない。


「そんな落ち込まなくていいよ。私ね、良いことがあったの」


 コトミの顔を見ると、笑顔になっている。


「良いこと?」


 俺が聞き返すと、コトミは笑顔で頷いた。


「ここから、出られることになったわ」


「本当か?」


 おそらくだが、コトミは、ここの目玉というべき存在だ。それを、ここから出すってどうなっている。


「うん! 管理人から、『出してあげてもいいぞ』って言われたの」


「良かったな」


 この一言しか言えなかった。


 拍子抜けするって言葉が存在するが、このことを言うのだと思う。俺は、突拍子すぎる発言に、祝う言葉が出なかった。


「いつ、ここから出してくれるんだ?」


「三日後だよ!」


「三日後か。ここから、出た後はどうするんだ?」


「故郷に帰ろうと思う。もしかしたら、みんな戻っているかもしれない」


「そうか」


 あまりにも、突然すぎる出来事だ。心の整理がつかない。


 その後も、コトミと会話をしたが、心が浮ついていた。なんの会話をしていたのか、記憶に残っていない。



「ははは。ちゃんと来てくれたか。姿を消して逃げられるかと思ったわい」


 俺達の秘密基地内には、グレムが酒瓶に入っている酒を飲みながら座って、俺達を待っていた。


 おそらく、グレムには隠れて酒が飲める最高な場所なんだろうな。


「約束は、しっかりと守ると決めている」


「ははは。スラム街出身のやつにしては、義理堅いの。気に入ったぞ。月と黒猫に入るか?」


「断る」


「冷たいのー」


「ねぇ、ねぇ。俺達に頼みたいことって、なにー?」


 フーミンが、グレムに頼みごとの内容を聞く。


「そうじゃな。本題を話すかの」


 グレムは、酒を一口飲む。


「主らには、オークション会場に潜入してもらう」


「オークション会場?」


「そうじゃ。非公式だが、下級貴族から上級貴族まで、参加してくる。大規模なオーディションじゃぞ」


 非公式で、そんな大規模なオーディションが開いているなんて、初めて知った。徹底的に情報閉鎖をしているのか。


「もしかして、俺達には、そのオーディションに出る出品物を盗めとか言わないだろうな?」


「そのまさかじゃ」


 グレムは、笑みを浮かべた。


「月と黒猫の資金力なら、正攻法で欲しい物を手に入れることは、できるんじゃないのか?」


 トッポの言う通りだ。あの大規模なパーティーを開くほどの資金源がある月と黒猫なら、正攻法でも目的の物を手に入れることができるだろう。


「わしも最初は、それでいいと思ったのじゃが。このオーディションには、ある大物が参加するって情報が流れているのだ」


「大物?」


「王族じゃ」


 俺とトッポ、フーミンは顔を合わせた。


「王族って、あの王族か?」


 俺は、グレムの方を向いて聞く。


「そう。このサクラ王国を治めている王族がオーディションに来るのじゃ」

 そんな、大物まで、オーディションに参加するのか。


 仮に王族が参加するとなると、大げさに言えば、国家予算とオーディションで競りの勝負をするということになる。


「確かに、王国の資金力だと、勝てないな」


「じゃろ? あのオーディションには、どうしても手に入れたい物があるのじゃ。そこで、紛失事故と見せかけてもらって、主らには盗みを頼みたい」


「盗むって、何を盗むんだ?」


 王族にも、渡したくない物って何なのだ?


「『始祖の枝』じゃな」


「始祖の枝?」


 聞いたことがない。枝ということは木の枝ってことか?


「このサクラ王国の建国記を聞いたことがないのか?」


「スラム街育ちなんでね、教育という教育を受けていないんだ。字を読むようになったのも、盗みで必要になったという理由で勉強したからな」


 サクラ王国に住んでいるが、その歴史自体は、さっぱりと言って言いぐらい知らない。


「全部説明すると、長くなるからの。一部の記述を説明するぞ。その前に一杯」


 グレムは、再び酒を飲む。


「男は、放浪の末に草原に一本しか生えてない桜の木にたどり着いた。枝が、地面にまで届きそうなぐらい伸びて、神々しさを感じる桜の木を眺める。すると、一人の老婆が現れ、『さまよわずに、住める場所がほしいか?』と尋ねられ、男は頷いた。『この桜の木を中心に、国を建国しろ』と老婆は言い。桜の木から、枝を一本折り渡した。後に、この男は、建国の父と呼ばれる。サクラ王国が建国されるきっかけとなった出来事である」


 そんな、言い伝えがあったのか、初めて聞いた。


「じゃあ、その始祖の枝って」


「建国の父に、老婆が渡した枝と言われているな」


 伝説の物じゃないか。それを俺達は、盗むのか。


「もしかしてー、王族がオークションに来る理由ってー」


「始祖の枝を回収するためと言われているな」


 グレムは、酒を飲みながら答える。


「月と黒猫は、なんで『始祖の枝』を必要としている?」


「ははは。それは、秘密じゃ。そこまでは、話せんよ」


 グレムは、笑いながら答える。


 さすがに、踏み込み過ぎたか。盗む物もわかったし、俺達は仕事をこなすしかない。


「オーディションは、いつだ?」


「ははは。頼もしいな」


 グレムは、俺の返事を聞き、笑顔になる。


「オーディションは、明後日じゃ」


 明後日、コトミが見世物小屋から出る日だ。頭の中で、そのことがよぎった。


 いや、今は、そのことを考えるべきじゃない。今は仕事内容に集中だ。


「明後日だな」


「オークションに入るための入場カードとスーツは、わしらが用意する。主らは、盗むときに使う道具を用意してくれ。わしには、なにを用意したらいいか、さっぱりだからな」


「わかった。俺達は、道具を用意すればいいんだな」


「そうじゃ。明後日、夜になったら、前に合流した拠点に来てくれ」


「りょうかい」


 俺は、頷いて返事をした。


「ちょうど、あと一口で酒も無くなる。わしは、帰ることにするかの」


 グレムは、そう言って残る酒を飲み、秘密基地の出口に向かう。


「それにしても、今の王族には……」


 秘密基地の出口に向かうグレムは、難しそうな顔をする。


「王族に何かあるのか?」


 トッポにも、グレムの呟いた言葉が聞こえたみたいだ。


「口に出てしまっていたか、気にするではない。わしの考え過ぎかもしれないのじゃ」


 グレムは、そう言うと秘密基地を出て行く。


「とりあえず、俺達は、自分の仕事に集中しよう」


「そうだな」


「もしかしたら、俺達、歴史に残るかもしれないねー」


 確かに、話を聞く限り、始祖の枝は国宝と呼ばれるものになる。それを盗んだら、歴史の一ページに名前を残すかもしれない。


「今日は、解散だ」


 俺達は、来たる日に備えるため、解散する。


 俺は、話を聞いている間、もしかしたら、大事件を引き起こすかもしれないと感じていた。

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