通り魔現る

「俺達は、三つに分かれて、いつでも助けに行けるようにするぞ」


 パーティーが終わり、参加者が帰路について行く中、俺とトッポ、フーミンは、三手に分かれて、ロナの後ろを隠れて尾行していた。


『私、囮になります』


 最初、聞いた時は耳を疑ったが、ロナの意思は強かった。


「通り魔、どこから現れる?」


 俺達は、いつでも助けにいける位置で尾行している。


 しばらく、尾行しているが、イビルが現れる気配がない。


「さすがに、今日襲うとは限らないのか」


 心の声が、言葉として漏れてしまう。


 ふと、トッポがいる方向を見る。


『ロック。前から誰か来る!』


 ジェスチャーで、前からなにか来るのを知らされた。


 俺は、慌てて視線を前に向く。


「イビルだ」


 ロナの前にイビルが現れた。


「ほっ、ほっ。こんなとこで、ロナさんと会うなんて、奇遇ですな」


「イビルさんは、なぜパーティーの会場に向かっているのですか?」


「それには、深い事情があるのです」


 イビルは、眼鏡のずれを指で直す。


「深い事情?」


「あなたが、仲介者として働いてくれないなら、手段があります」


「手段? 悪い考えなら辞めなさい。私は、仲介者ですよ。私に手を出せば、後ろ盾にいる貴族たちが黙っていません」


「そんな、暴力的なことはしません。私と婚姻関係を結んでくださればいいのです」


「なにを言っているの? なんで、私があなたと婚姻関係を結ばないといけないの?」


「ほっ、ほっ。その方が、合法的に監禁できて、調教できるからに決まっているからじゃないですか」


 本性を出しやがったか。


 俺は、隠し持っていた武器を、こっそりと出して、いつでも助けに行ける準備をした。


「お姉さんを殺したのは、あなたなの?」


「殺した? 人聞きが悪い。あれは事故です。あなたかと思って、付けて行ったら、お姉さんだったのです。似ているあなた達、姉妹が悪い。仕方ないので、姉の協力を取り付けようとしたら、拒絶して抵抗したので仕方なく殺したのです」


「そんな理由で……」


 ロナは、絶句する。


「女は、つくづく傲慢な生き物です。手駒になって、私の言う通りに動き、自分の家族を説得し、私の開発事業を有利に進めさせてくれたらいいものも。おかげで、私は何人の女性も手をかけることになってしまった」


 イビルは、そう言ってナイフを取り出した。


「ロナ。いいえ、仲介者。これは、お願いではなく命令です。大人しく、婚約者になり、私の調教を受けてください」


「い、嫌だわ。誰が、あなたの言う事なんか聞くもんですか」


「ほっ、ほっ。言うことがきけないのなら、ここで少し調教をさせますか」


 イビルは、ロナに近づこうとする。


 俺は、急いでロナの前に立つ。


「あなた達は、確かロナの近くで話していた男三人組」


「ヘイホーの仇を取りに来た」


「あそこまで、話しておいて自分じゃないって言い訳は無しだ」


 俺とトッポは、ナイフの先をイビルに向ける。


「ヘイホー?」


「ロナの姉さんを殺した日、男も殺しただろ」


「男? あぁ、私がナイフで刺しているのを立ち尽くして、見ていた男ですか」


「やっぱり、お前がヘイホーを殺したのか」


「貴族だったら、どうしようかと思っていましたが、真っ直ぐスラム街がある方向に逃げるので、躊躇しないで殺せました。ほっ、ほっ」


「おい、てめぇ。なんで、ヘイホーの下に十字架の絵を描いて、胸に槍を刺した?」


 トッポが、会話に割り込んで、イビルに聞く。


「ほっ、ほっ。気まぐれです。民衆が、どんなリアクションをするのかが、楽しみでやってみました」


「こいつ!」


 トッポの横から人影が通り過ぎる。


 俺とトッポより、早く動き出したのはフーミンだった。


「くずが、これ以上喋るな」


 フーミンが、ここまで怒っているのは、初めて見たかもしれない。いつものふわふわした口調は感じられなかった。


「おっと、確実に私を殺す気できていますね」


 フーミンのナイフによる突きをイビルは、簡単に避ける。


「あの貴族、見た目と反して俊敏な動きをしやがる」


 フーミンの攻撃を軽く避ける、イビルの体さばきにトッポは驚く。


「貴族は、ただ菓子や茶を飲むだけじゃないのです。エリートの騎士により、武術もしっかりと習います。ほっ、ほっ」


 短期決戦は、難しそうだ。敵の狙いはロナ。彼女を逃がして、イビルを倒すことに集中しよう。


「ロナ逃げてくれ」


「わ、わかった」


「いけません!」


 イビルが、言葉を発した瞬間。続々と、武装した白装束の人が出て来た。


「なんだ、こいつら!?」


「私の私兵ですよ。素性がばれないように、他の兵士みたいに鎧などは、装着させていませんが」


 いつの間に、隠れていやがった。俺達が、隠れている時には人の気配はしなかった。戦っている間に、展開していたのか。


「トッポ」


「どうした?」


「ロナを連れて、ここから脱出してくれ」


「なにを言っている。俺もヘイホーの仇を討ちたいんだぞ!」


「敵の狙いは、ロナだ。ロナが、ここで死んで、敵が逃げたら二度と姿を現れなくなるかもしれない。相手は、貴族。王都以外にも、潜伏場所を用意しているはずだ」


「……っく! わかった。ロナを安全な場所まで、避難させる。絶対に死ぬなよ。避難させたら、俺も駆けつける」


「そんな。面倒くさいことせんでもいいぞ。放つのじゃ!」


 俺達以外の声が、夜の街に響き渡る。


「ぐあ!?」


「うわ!?」


 俺達を取り囲んでいた、イビルの私兵達が矢に射られて倒れていく。


「この声は!」


「ははは! 楽しそうなことをやっておるじゃないか」


 声が聞こえた方向を向くと、二階建ての屋根の上にグレムとベンが立っていた。


「なんて、ベストな……ん! 登場の仕方。まさに、スタイリッシュ―!」


「あのテンションは、平常運転なんだな」


 トッポは、呆れ気味に言う。


「それにしても、貴族さん、イビルって言ったか?」


「誰だ、貴様ら!?」


 イビルは、グレムに向かって叫ぶ。


「月と黒猫じゃ」


「月と黒猫……なぜ、マフィアが、こんなところにいる!」


「あのパーティーは、主をはめるために開催したパーティーじゃ」


 その言葉をイビルが聞いた瞬間、顔から血の気が引いていく。


「何を言って、だって、あのパーティーには上級貴族も……」


「貴族の人達は、普通のパーティーだと思っているわ」


 ロナが、会話に割って入ってくる。


「俺をはめるために……なぜ、そこまでして」


「仲介者及び、月と黒猫を欺いたからだ!」


 グレムの横に、俺等と同い年ぐらいの若い青年が現れる。頬に斬り傷がある。


「おい、出てこないとの約束のはずじゃ」


「すまない、じいちゃん。だけど、嫁を殺した男が目の前にいて、じっとできる男なんているわけがない!」


 じいちゃん。嫁。これらの単語を推測するに、あの青年は、グレムの孫か。


「くっ、逃げるぞ」


 状況の不利を察した、イビルは、その場から逃げようとする。


「ははは。逃がすか」


 グレムは、指笛を鳴らすと、イビルの逃げる方向に数十人の武装した男が現れる。


「ちっ!」


「イビルって言ったか。チャンスをやろう」


 グレムは、笑顔でイビルに語りかける。


「チャンスだと?」


「そこにいる三人の男を倒せたら、見逃してやろう。俺等は、追跡しないと約束する」


「あの男三人を?」


「そうだ」


 イビルは、俺達の方向を見て、不気味な笑みを浮かべた。

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