仲介者ロナ

 おかっぱ頭の髪型に、黒縁の眼鏡をしている。顔は細長い。今まで挨拶してきた貴族とは、なにかが、違う感じがした。


「ほっ、ほっ。ロナさん、お久しぶりです」


「イビルさん、こんにちは」


 ロナが、挨拶を返した。


「イビルって、名乗っていたな。トッポ知っているか?」


「イビル公って、呼ばれている。確か、王都の西側に流れる川の治水や、土木工事などを引き受けている下級貴族だ」


 王都の西側。スラム街や、旧市街地区も含まれているな。


「フーミン。過去の通り魔事件って、犯行現場がどこだったか、わかっているか?」


「えーと。確か、ほとんどが王都の西側だったよー」


「おい、ロック。もしかして、ヘイホーを殺した犯人が、あいつだとでも言うのか?」


「わからない。だけど、逃げるヘイホーに追いつくなら、先回りなど、ある程度地理に詳しい奴じゃないと、無理だと思う」


 これでも俺達は、王都の兵を相手に三年間捕まらずに逃げ切っているぐらいには、逃げに自信がある。ヘイホーも、どんくさいところはあったが、王都の兵から逃げ切ることができる男だった。


「治水や土木工事など、街の整備に関わる仕事をしている貴族なら、俺達より道が詳しくてもおかしくないな」


 トッポは、そう呟くと、イビルの方を見た。


「まだ、犯人だって特定できている訳ではない。もう少し様子を見よう」


 俺達は、ロナとイビルの会話に耳を傾ける。


「それにしても、お姉さんの件は残念です。私も、話を聞いた時は、ショックでした」


「イビルさん、お姉さんとも交流がありましたものね」


「はい。ロナさんの父上ジェルマン様に続き、姉さんまで……」


「ジェルマンだと!?」


 トッポは、持っているグラスを落としそうになった。


「ジェルマン?」


 この男の名前は、聞いたことがない。


「トッポ。その男だれー?」


「貴族同士のつなぎ役。仲介者とも呼ばれていた伝説の男だ」


「実在していたのか」


 名前までは知らなかったが、存在は聞いたことがあった。


 サクラ王国は、多くの貴族がいるが、内乱まで発展したことはなかった。それは、大事になる前段階で、仲介者が介入して、和解させてきたと言われている。


 そんな話をスラム街の老人達が、おとぎ話をするように語っていたのを、聞いたことがあった。その人物がジェルマンだったのだ。


 俺は、それを今まで、欲に囚われた貴族を仲介できる人がいる訳がない。争いがないのは、ただの偶然だと思い込んでいた。仲介者の存在自体が、都市伝説やオカルトの類だと勘違いしていたのだ。


「俺も、今の話を聞いて、驚いた。本当に実在していたんだな」


 トッポは、落ち着かない様子で、シャンパンを飲んだ。


「ロナは、ジェルマンの娘か」


「どおりで、下級貴族から上流貴族まで挨拶に来る訳だ。仲介者とのつながりがあれば、争いの火が点いてしまったら小さい内に消せる」


「ロナの姉は、グレムの孫と婚約していた。月と黒猫が貴族と繋がりあるのも、わかってきたな」


「ジェルマンが死んで、空いた仲介者の役割を娘が引き継いだのか」


 今まで、疑問に思っていた点が線に繋がっていくのを感じた。


 月と黒猫は、仲介者の力を借りて勢力を伸ばしてきた。貴族たちは、証拠はないが、自分達では手が出せない問題を、仲介者を通して、月と黒猫に依頼をさせている。月と黒猫は、このことで貴族達には、『必要悪』と呼ばれる立場にいるのだ。


 今まで、ただのマフィアだと思っていた、月と黒猫が、ただのマフィアではないことに気づかされる。


「ロックー。僕たち、とんでもない事実に気づいてないー?」


「とんでもないことに、気づいてしまったな」


「このことは。グレムに黙っておこう。気づかれたら、さらに厄介だ」


「そうだな。後のことは、考えずにヘイホーの仇をとることだけを考えておこう」


 俺達三人は、気を取り直して、ロナとイビルの会話を再び聞き始める。


「今度、私が管轄している王都の西側で、大規模な治水工事を予定していまして」


「前に言っていましたね。王様からの命令だとか」


「ほっ。ほっ。そうなんです。歴史に名を刻むのが近いですぞ。ほっ。ほっ」


 イビルは、自慢げに言いながら、眼鏡の位置を直す。


「ぜひ、完成したら、パーティーに呼んでほしいですわ」


「もちろんですぞ。そこで、一つ頼みがあるのですが」


「なんでしょうか?」


「王都西側に、土地を持つ貴族の土地開発権を、私に譲るよう仲介させてほしいんだが」


「イビルさん。それは、姉さんも言ったはずですよ。貴族にとって土地は、最後まで手放したくない物。その土地に関する開発権をあなたにあげるのは、大きな争いを生むので、協力できません」


「そこを何とか、できませんか?」


「ダメです」


 一瞬だが、男の雰囲気が変わった。


「トッポ気づいたか?」


「気づかない方がおかしい。あれは」


「殺意だねー」


 スラム街で生きていると、人生に絶望した者に襲われることが稀にある。その時、自分達に向けられる感情が『殺意』だ。


 第三者の俺達から見ても、わかりやすいぐらい明確な殺意を一瞬だが、あの男から感じた。


「ほっ、ほっ。そうですか」


「王からの命令を、より良くしてやりたいのは、わかりますが、争いが起きたら元の子もありませんよ?」


「そうですな。ちょっと。焦っていたようです。私は、他のところに行ってきます。パーティーを楽しんでください。ほっ、ほっ」


「ありがとうございます」


 イビルは、そう言うと、その場から立ち去り、俺達の横を通り過ぎていく。


「あの女狐。ジェルマンの娘だからって大きな顔をしやがって、私が上級貴族になるために、土地開発権が必要———」


 距離があいて、途中からは独り言の内容が聞こえなくなった。


「貴族にしては、随分口の汚いやつだな」


「スラム街でも、あんな口の悪い奴はいないぞ」


「一度、ロナさんのとこに行くー?」


 フーミンの言う通りだな。怪しい人物を見つけたから、ロナに聞いてみるか。


「ロナのとこに行って来る。トッポとフーミンは、そこにいてくれ」


「わかった」


 俺は、ロナの元に向かう。


「ロナさん」


「あ、あなたは……すみません。先ほど、名前を聞くの忘れてしまいました」


「ロックです。大丈夫です。気にしないでください」


「心使い感謝します。なにか、ありました?」


「さっき、話しかけて来た貴族のイビルについてです」


「イビルさんですか?」


「あの男について、知っていることはありますか?」


「えーと、王都西側における治水工事など、手掛けている貴族だと聞いています」


「他には、情報がありますか?」


「他には———」


 ロナは、イビルについての情報を言っていく。


 ロナの口から出る情報は、通り魔だと確信を持てない情報ばかりだった。


「さっき感じた殺気は、通り魔とは関係ないのか」


「ロックさん」


「はい。なんでしょうか?」


「通り魔について、他に知っている情報はありますか?」


「他に情報ですか。後は、このボタンしかないです」


「ボタン?」


 俺は、グレムの孫が見つけた、鳥の紋章が入ったボタンを、ロナに見せる。


「こ、これは」


 ロナは、それを見て動きを止めた。


「ロナさん知っていますか? この紋章」


「この鳥の紋章は、イビルさんの家紋と一緒です」


「本当ですか!?」


「はい。間違いありません」


 俺は、トッポとフーミンを手招きして呼んだ。


「ロック。どうした?」


「犯人は、イビルで間違いない」


「本当か!?」


「トッポとフーミンは、早くイビルの後を追跡してくれ」


「任せろ!」


「行って来るー」


 トッポとフーミンは、急いでイビルの向かった方向に行く。


「まさか、イビルさんが私の姉を……」


 ロナは、言葉を失っていた。ショックを受けているみたいだ。


「イビルは、昔からの知り合いでしたか?」


「はい。父とも顔なじみでした。野心的でしたが、最後は野心を抑えて、平和的に問題を解決してくれる人だと思って……」


 ロナの目には、涙が溜まって、今にも零れ落ちそうだった。


「ロック!」


 トッポとフーミンが戻ってきた。


「イビルは、見つけたか?」


「それが、このパーティー会場から、姿を消している」


「どこにもいなかったー」


 おそらく、ロナを襲う準備しに行ったのか。


「どうすれば……」


「ロックさん」


 ロナに話しかけられる。


 俺が振り向くと、さっきの涙を浮かべた表情は、どこかに消えており、なにかを心に決めた表情を目に宿している。


「私に考えがあります」


 その言葉は、この場にいる誰よりも力強い声だった。

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