君を買うよ

「昨日、来られなかったな」


 俺は、二日ぶりに見世物小屋の所に来た。


「ここの見世物小屋は、いつまで、ここにいるんだろうな」


 行商人みたいに、見世物小屋は様々な所に行きながら、商売をしていると聞く。おそらく、ここにも長くはいないはずだ。


 見世物小屋の中に入り、コトミがいる檻の前に立った。


 持ってきたランタンに明かりを灯し、中を確認する。


「今日は、来たのね」


 コトミは、金色に輝く髪をかき上げて、俺の方を見る。


「昨日、来なくて寂しかったのか?」


「相変わらずの減らず口ね。自由だったら、物を投げているところよ」


 コトミは、繋がれている鎖を引っ張って、動けないことをアピールした。


「今日は、なにも持ってきていないぞ」


「私を犬だと思っているの?」


「思ってない」


「本当かしら?」


 コトミは、じとっとした目で俺を見る。


「昨日は、なにしていたの?」


「昨日は……」


 言葉が詰まってしまった。やはり、友達が亡くなったことのショックは大きい。言葉に出せるほど、立ち直れていなかったようだ。


「辛かったら、言わなくてもいいわよ」


「なんで、辛いってわかる?」


「悲しそうな顔をしていたから」


 どうやら、顔に出ていたらしい。


「幼馴染を亡くしたんだ」


「そうなの」


 俺は、コトミにヘイホーのことを話した。幼少期から、亡くなる前日のことまで、全部話した。こんなに、話したのは、なぜだかわからない。だけど、コトミには全部話しても大丈夫な気がした。


「うん。そうだったのね」


 コトミは、俺が話している間、聞き役にまわり、ひたすら頷きや理解を示す言葉を話してくれた。


「話を聞いてくれてありがとう」


「ううん。いいわよ」


 一通り話し終えると、無言の時間が流れた。


「ねぇ」


「なんだ?」


「私の話も聞いてくれる?」


「いいよ」


 コトミの過去は、聞いたことがなかった。なんで、見世物小屋にいるのかわかるかもしれない。


「私の一族はね、幻の一族って言われていたんだ」


「幻の一族」


「エルフって言う、伝説上の生き物の末裔なんだって」


「そうなのか」


 エルフなら聞いたことがある。確か、スラム街の老人たちが話していたことを聞いたことがある。寿命が長くて、老いることがなく。死ぬ時は、若い時の姿をしたままだという。


「コトミも寿命が長いのか?」


「ううん。長くないよ。一族みんな普通に歳をとるし、老いる」


「じゃあ、なんで末裔って言われているんだ?」


「この金色の髪が原因だよ」


 コトミは自分の髪に指をさした。


「『神は、忠実な一族に目印として金色の髪を与え、その者達は、エルフと言われるようになった』って言う、聖書の言葉を聞いたことない?」


「悪い。聖書を見たことも、聞いたこともない」


 そんな言い伝えがあるんだな。


「そんな聖書の記述があるから、私の一族は、幻の一族『エルフ』の末裔なんて、言われたんだ」


「なるほどな」


 俺は、神話などは信じないが、こういう話は面白いから聞くのが好きだ。


「私達は、山に囲まれた森の中に住んでいたけど、ある日事件が起きた」


「事件?」


「森林火災よ」


 森林火災、自然発火や人為的な原因で引き起こされる、森や山が燃える火事のことだ。


「何日も晴れの日が続いた、ある日。いきなり、森が燃え始めて、私達の住処は一夜にして無くなったわ」


「そんなことが、あったのか」


 もしも、スラム街が一日で無くなったことを想像すると、コトミが受けた森林火災はショックな出来事だっただろう。


「いきなりの森林火災で、一族はばらばらに逃げたわ。そして、木の実を取りに行っていた私も、慌てて逃げた」


「近くに家族はいなかったのか?」


「いなかったわ。気づけば、周りが火の色で染まっていて、家族を探す余裕はなかった」


 コトミが、自分が着ている服の袖を強く握りしめる。


「その後は、どうなった?」


「しばらくの間、違う森で過ごしていたわ。私達の一族と合流できることを信じて」


「合流できなかったのか?」


「えぇ、何日も待ったけど、現れなかったわ。そして、現れたのは人攫いだった」


「それで、見世物小屋に売り渡された?」


「ええそうよ」


 コトミの話を聞いたら、胸が苦しくなった。いきなり住処を奪われて、一人ぼっちになったと思ったら、人攫いにさらわれるなんて、辛すぎる。


「どれくらい、この見世物小屋にいるんだ?」


「多分、半年は経ったわ」


「見世物小屋から、出られることはできるのか」


「自分からは、無理ね」


 コトミは、下を向いて言う。コトミも、こんな所には居たくないんだろう。コトミは、ここにいて良い人間じゃない。


 スラム街出身である、俺の話を聞いてくれた。いつも軽蔑な目で見られるサクラ王国の国民とは違う。こんな優しい人が、ここに入っていていいわけがない。


 俺にできること……。


 ふと、コトミが入っている檻の隣に、『五千万クスで購入可能』という文字が見えた。


「買うよ」


「え?」


「俺、コトミのことを買って自由にさせる」


「何言っているの?」


「言葉の通りだよ」


「家建てられるほどの高額な金額なんでしょ?」


「集められる」


 月と黒猫なら、五千万クスぐらい出せる資金は、持っているだろう。依頼を受けるための条件として提示する。


「危ないことを考えていない?」


「命をかけるかもしれないけど、捨てるつもりはない」


「なんで」


 コトミの声が詰まる。


「なんで、私のために、そこまでするの?」


「コトミは、ここにいて良い人間だと思わなかった。それだけだ」


「そんな簡単な理由でいいの?」


「行動を起こすのに、大きな理由はいらない。俺は、コトミをここから出したいと思った。それだけの理由だ」


「私が、人攫いに捕まってから、私利私欲で欲にまみれた人しか見て来なかったわ。こんな真っ直ぐな人もいるんだね」


 コトミは、珍しそうに言った。


「ロック」


「なんだ」


「私が止めても、無駄だと思うから、一つだけ言っとくね」


 俺は、コトミからの問いかけに頷いた。


「死んじゃだめだよ」


 コトミの声は、心配そうで、どこか悲しそうな声だった。

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