秘密基地内にて

「トッポ。武器はあるか?」


「こういう時のために、武器は隠している」


 トッポは、そう言うと小屋の隣にある草むらから、ボロボロの箱を取り出した。


「廃棄された箱に見えるが、中身は……」


 トッポに箱を開けてもらうと、ナイフが四本入っていた。


「予備で、一本多く持っていけ」


 トッポからナイフを二本、渡される。


「行くぞ。明かりは消して行く」


 できるだけ、ばれないように行く。油断している所を、襲って一気に勝負を付ける。


 俺とトッポは、息を合わせて、ゆっくり階段を降りて行く。


「明かりが付いている」


 地下室の隙間から、明かりが付いているのが確認できた。


「準備はいいか?」


 小声で、トッポに確認をとる。


「もちろんだ」


 トッポは、頷く。


「ははは。そんな、警戒せんでいいぞ。入って来い!」


 ばれているだと?


 俺達は、盗みを本業にしている。だから、警戒されないように接近できるように訓練している。こんなにも、すぐばれるのか。


「ロック。バレているなら仕方ない」


 トッポは、ナイフを逆手に持ち、臨戦態勢をとる。


「警戒しているんか? わしは、なにもせんよ」


「トッポ。一応いつでも戦えるようにしておけ、だがすぐに攻撃はなしだ」


 何者か、わからないが、敵対しているような口ぶりを感じない。


「わかった。入るぞ」


 俺は、ゆっくり扉を開けた。


「げふっ。それにしても、お前等が、スラム街で有名な窃盗団か」


 白ひげを生やし、筋肉質な老人が、酒瓶を持って座っていた。老人で、あの肉体をキープしている奴なんて、見たことないぞ。それに、持っている酒瓶がでかい。一升瓶か、そして中身は酒。何もかもが規格外な老人が目の前にいる。


 着ている服は、半そでの白シャツに黒ズボン。特に変わった服装ではない。


「爺さん。何者だ?」


 老人に向かって問いかける。


「わしゃ、何て言えばいいかの。うーん。そうじゃ、月と黒猫って言えば、わかるか?」


「っ……!?」


 俺とトッポは、瞬時にナイフを構えた。


「月と黒猫の名を聞いて、安心できるスラム街の人はいないぞ?」


「言われてみれば、まぁそうじゃな」


 老人は、そう言うと、酒瓶に入っている酒を飲む。


「じゃあ、なにをすれば信じてくれるか?」


「自己紹介をしてくれ、どういう人かを知りたい」


「それは、そうじゃ。名を知らぬ者に対して、警戒を解けって言っても、信用できんもんな」


 老人は、立ち上がり、俺達の方を見る。


 この老人、なんて背の高さだ。身長は、百九十は、あるんじゃないか。二メートルもある、地下室の天井に頭が届きそうだ。


「わしの名は、グレムと言う。月と黒猫の構成員には、『先代様』とも呼ばれているな」


 グレムが名前を名乗った瞬間、トッポがナイフを構えて、グレムに飛びつこうとした。


「さすが、有名な窃盗団の団員じゃ。反応が早い。だが、頭に血が上り過ぎだ」


 グレムは、トッポのナイフによる突きを避けると、手首を掴んで、地面に叩きつけた。


「ぐはっ」


「これで、落ち着いたか?」


「ロック。気を付けろ、こいつ。月と黒猫の先代ボスだ」


「なに!?」


 瞬時に戦闘態勢をとった。


「わしは、ボスの座を明け渡した、隠居の身だ。権力は、持ってないぞ。ただの『先代様』という名前のついた爺だ」


「だが、先代のボスなのは変わりない」


「まぁ、そうじゃな」


「何しに来た?」


「主ら、通り魔を探しているんじゃろ?」


 俺は、冷や汗が出るのを感じた。


「なぜ、それがわかる」


 ヘイホーが殺されたのは、昨日。俺等が、それを知ったのは、日付が変わる時間帯だ。知るには、早すぎる。


「てか、じじい。いい加減離せよ!」


 トッポは、力任せに抵抗する。


「おっと、すまなかった」


 グレムは、トッポを押さえつけていた手を離す。トッポは、すぐさま俺の元まで下がった。


「トッポ、大丈夫か?」


「問題ない。怪我はしていない」


 俺とトッポは、グレムの方を見る。


「もう一度聞く。なんで、俺達が、通り魔を探していることを知っているんだ?」


「それはだな。昨夜の騒ぎに、月と黒猫の構成員もいたのだ」


 あの人だかりの中に、月と黒猫の構成員もいたのか。


「俺からも聞いていいか?」


 トッポが、グレムに向かって言う。


「おう、いいぞ」


「なんで、ここの秘密基地を知っている?」


「毎日のように出入りして入れば、さすがにわかるじゃろ。組織に危害がないから、見逃していただけだぞ」


 とっくの昔に、この場所は、月と黒猫に把握されていたのか。


「そろそろ、わしからも、話をしていいか?」


 グレムは、そう言うと酒瓶に入っている酒を飲む。


「なんだ?」


「わしらも、あの通り魔を追っている。一つ協力しないか?」


「協力?」


「わしは、月と黒猫の交渉人として来ておる。ボスから、もらっている許可は、情報の提供。月と黒猫に所属する五千人の構成員が持つ、情報網を使って、通り魔の情報を、主らに渡す。主らは、その情報を使い、仲間の仇を討つのじゃ」


 あまりにも、上手くできすぎた話だ。これだと、俺等が得る利益の方がでかい。


「ただほど、怖いものはない。何か、見返りがあるんだろ?」


「さすが、生き残り続けているだけあるの。わしらが求めるのは、主らが持つ盗みの技術じゃよ」


「盗みの技術?」


「あぁ、主らには盗んで欲しいものがある」


「月と黒猫の構成員は、五千人もいるんだろ? 五千人もいるなら、襲ったら手っ取り早いと思うぞ」


「襲ったら大事になるから、ばれないように盗んでもらうんじゃ」


 よほど、大事な物なんだろう。襲っても、どうにもならない所を聞くと、相手は厄介だぞ。


「ロック。どうする?」


 おそらく、このグレムが言っていることは本当のことだ。嘘では、ないだろう。


「わかった。引き受けよう」


「ほう、案外素直じゃな」


「だが、条件がある」


「言ってみぃ」


「盗みの件は、月と黒猫は、全面的に俺達の支援を約束しろ」


「約束するぞ。成功してもらわないといけないからの」


「他の条件は、仇討ちが終わったら決める」


「いいぞ。契約成立でいいかの?」


 グレムは、俺に握手を求める。


「契約成立だ」


 俺は、グレムと握手をかわした。


「では、早速情報をやるかの」


 グレムは、俺達がいつも使う椅子に座る。


「やつは、もう一度犯行を犯すぞ」


「なに!?」


 トッポは、驚いたような声をあげる。


「なぜ、もう一度犯行を犯すのがわかる?」


「やつは、人違いで殺人をしたんだ」


「人違い? それは、本当なのか?」


「本当じゃ。やつの正体は、いわゆるストーカー。ちゃんと信用できる情報じゃぞ」


「そこまで、わかるのか」


 月と黒猫の情報網、さすが交換条件に出すほど。優れているらしい。


「そして、やつが狙っていたのは、被害者の妹だ。後ろ姿が似ていたから、間違えたんだろうな」


「妹を、もう一度狙うと?」


「わしと、月と黒猫の上層部は、そう考えている」


「なんで、被害者が姉妹だって、わかるんだ?」


 トッポの言う通りだ。なんで、被害者が、姉妹の上に人違いで殺されたってわかるんだ?


「殺されたのはな。わしの孫の婚約者だ」


「孫の婚約者が殺されたのか」


 先代ボスの家族が殺された。だから、月と黒猫も通り魔を追っていたのか。


「組員の家族に手を出すってことは、喧嘩を売られたのと等しい行為だ。しかし、今のボスは冷静な人物じゃ。月と黒猫が直面している問題を二つ同時に解決するため、今回の計画を思いついた」


 組織に喧嘩を売られても、感情的にはならない。しかし、問題は、見逃さずに処理する。並大抵の人間ではないな。


「それで、俺達はどうすればいい?」


「ははは。そう急かすな若者。今回は、契約の締結が、月と黒猫の目的じゃ。わしらにも、準備がある。改めて明日、同じ時間に会おう。集合場所は、ここでいいかの?」


「好きにしてくれ」


 人にばれたなら、秘密基地ではない。


「では、また明日じゃな。三人とも、また会おうな」


「三人?」


 ここにいるのは、俺とトッポだけだ。


「扉の後ろに、もう一人おるじゃろ」


 グレムが、そう言うと、秘密基地の入り口にある扉が開いた。


「ロック、トッポ、ごめんー。盗み聞きしてたー」


 そう言って、現れたのはフーミンだった。


「フーミン悪い。相談しないで、月と黒猫と契約を結んじまった」


「ううん。気にしないでー。僕も同じ判断したと思うからー」


 フーミンは、そう言うと俺の隣に立った。


「では、三人の若者よ。また、明日楽しみにしておるぞ」


 グレムは、酒瓶に入っている酒を逆さにして飲む。


「お、ちょうど飲み終わったな。ははは。さすが、わしじゃ。完璧な時間配分をしておる」


「空き瓶は、自分で持ち帰ろよ」


 グレムの顔を見ながら言う。


「ははは。わかっておるわい」


 グレムは、笑いながら秘密基地から出て行った。


 秘密基地内にいるのは、俺とトッポ、フーミンだった。


「ロック。かたき討ちは、割とすぐにできそうだが、その後はどうする?」


 俺達の復讐が終わったら、月と黒猫の依頼が待っている。今のところ、何も情報がない。どれだけ、危険なのかがわからなかった。


「依頼次第だな。とりあえずは、様子見だ」


「そうだな」


「明日から、忙しくなる。今日は、早いが解散しよう」


「うん。そうだねー。今日は、休んだ方がいいかもー」


 俺達は、明日に備えて休むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る