ヘイホーの行方

 ヘイホーの家は、子供の時、何回も来ていたから覚えていた。


「ヘイホーの母さんに、会うのは久々だな」


「確かに、最後に会ったのは、いつだ?」


「三年前かなー。俺達が盗みを始めるようになってからじゃない?」


「もう、三年経つのか」


 スラム街出身の俺等が生きるには、月と黒猫に入るか、違法労働で人を雇うことができない所で働く二択しかなかった。だから、俺等は、それ以外の道である自分達で生きていく道を選んだ。


 それが、例え世間的には悪と言われる道であっても。


「そんな、昔のことを思い出しに来たんじゃない。トッポ、フーミン準備はいいか?」


「もちろんだ」


「ヘイホー、いるといいなー」


 俺は、ヘイホーの家にある扉をノックする。


「すみません。誰かいますか?」


 反応を聞いてみる。返事がないな。いないのか?


「はーい」


 か細い声だが、女性の声が聞こえた。


「ヘイホーの友達のロックです。入っても大丈夫ですか?」


「ロック? 懐かしいわ。いいわよ入って」


 俺のことがわかったのか、少し声のトーンが大きくなった。


「入ります」


 俺は、扉に手をかけて開けた。


「いらっしゃい」


 家の中に入ると、部屋の中心にヘイホーの母さんが、布団に入って横になっていた。


 ずいぶん痩せたな。昔は、悪さをする俺達を怒鳴りつけたりしていた。しかし、今は、その面影を見えない。


「あら、トッポとフーミンも来ているのね」


「お邪魔します」


「久しぶりでーす」


 トッポとフーミンも家の中に入る。


「わざわざ、三人揃ってどうしたの?」


「ヘイホー、いませんか?」


「あなた達のとこにいないの?」


 ヘイホーの母さんが放った言葉で、場が静まり返った。


「来てないです」


「え」


 ヘイホーの母さんも、言葉を失った。


「昨日は、会いましたか?」


「えぇ、パンとか、ごちそうを持って来たわ」


 てことは、昨日の宴会後は、ちゃんと家に帰っているのか。


「俺達が最後に会ったのは、その宴会が最後です。その後は、ヘイホー何していましたか?」


「えーと、話している途中で、酔いをましに、散歩に出かけたわ」


「そこからは、見かけていませんか?」


 ヘイホーの母さんは頷いた。


「わかりました」


 俺は、立ち上がりヘイホーの家を出ようとする。


「ねぇ、ロック?」


 ヘイホーのお母さんに呼び止められた。


「はい」


「うちのヘイホーは、どこに行ったの?」


 その目は、息子を心配する母の目だった。


「わかりません。ですが、絶対に見つけて来ます」


 俺は、そう言うとヘイホーの家を出た。


 ヘイホーの家を出て、俺達、三人は一度立ち止まる。


「ヘイホー、どこ行ったんだ?」


「わからないが、一つ言えるのは、酔いを醒ますために、外出た時、ヘイホーの身に何か起こったのは確かだ」


「散歩って、どこに向かったのだろー?」


 問題は、そこだった。行方不明になった直前の行動がわかっても、どこに行ったかがわからなかった。


 三人とも、黙り込む。


「ヘイホーが、いつも行く場所に心当たりはないか?」


「うーん」


 フーミン、トッポは、考える仕草をする。


「俺、何回かヘイホーが、川辺に座っているとこ見かけたことがあるぞ」


 トッポは、何か思い出したかのように言う。


「あ、僕も見たことあるー」


 フーミンも手をあげて言った。


「それは、どこかわかるか?」


「スラム街から、少し離れた所にある川辺だよねー?」


「そう、そこだ」


「行ったら、何かわかるかもしれない。そこに、行くぞ」


 トッポとフーミンは、頷いた。



「ここが、ヘイホーが来ていた川辺か?」


「間違いないよー」


「確かにここだ」


 二人が口揃えて言うから、間違いないだろう。


「川辺周辺を手分けして探すぞ」


「わかった」


 俺達は、三つに分かれてヘイホーを探し始めた。


 そして、ヘイホーを探し始めて、一時間ぐらい経った。


「ヘイホーどこにいるー!」


 いくら呼びかけても返事がない。ヘイホーがいる気配を感じられなかった。


「ロック。ヘイホーを見つけられたか?」


 トッポが俺に合流した。


「いや、だめだ。見つからない」


「俺のとこもダメだ」


「僕のとこも、見つからなかったよー」


 フーミンも合流してきた。


「ここにいないかもな」


「この川辺……」


 トッポが。顎に手をつけて考え始めた。


「トッポ何かわかったのか?」


「ここの川辺、旧市街地区と近い場所にあるなって思った」


「旧市街……」


 俺は、今朝の新聞に挟まっていた号外を思い出す。


『旧市街地区で、喉が斬られた血まみれの女性が倒れているのを発見』


「まさか」


 俺は、嫌な予感を感じ、旧市街地区に向けて走り出した。


「おい、ロック! フーミンも行くぞ」


「うん」


 俺の悪い予感、外れていてくれ。そう願いながら、急いで旧市街地区に走る。



 旧市街地区。かつては、多くの人が住んで栄えていた地区だが、老朽化や住民の高齢化により年々、住む人が少なくなっている地区だ。


「はぁ。はぁ。トッポ、女性が倒れていた場所はどこだ?」


「はぁ。もう少し先にある古い工場の敷地内だ」


 ここからは、冷静に状況の判断をしなければならない。息を整えながら歩く。


「俺の予感が外れていてくれ」


「どうしたんだよ、ロック」


 トッポは、俺の肩を叩いてくる。


「昨日の通り魔事件の時間帯と、ヘイホーが川にいた時間帯が被っているんだ」


「それは、そうだが、被害者は女性だ。男じゃない」


「仮にヘイホーが、それを目撃していたら?」


「まさか」


 トッポも俺が考えていることに、気づいたみたいだ。


「ヘイホーが事件に巻き込まれた可能性がある」


 一番あってほしくない可能性だが、ヘイホーの行方がわからない以上、その可能性も捨てきれなかった。


 トッポ達と話している間に、通り魔事件が起きた現場につく。


「さすがに何もないな」


 証拠品は、兵に回収されて、血痕は掃除されたか。


「フーミン」


「なにー?」


「仮に、通り魔事件の犯行を目撃するとしたら、どの位置で目撃する?」


「んー。あらかじめ事件が起きると、わかってなかったと仮定して、ちょっと考えるね…………偶然目撃するとしたら、うちらが立っている場所じゃないー?」


 フーミンは、自分が立っている地面を指さした。


「仮にヘイホーが目撃者だとしたら?」


「そうだねー。スラム街出身の人達は、スラム街に逃げ込めば安全だと思っているからねー。ヘイホーの性格なら、スラム街に向かって真っ直ぐ走ると思うー」


「ここから、スラム街に行くなら」


 俺は、スラム街がある方角にある道を指さす。


「この道だ」


 俺は、スラム街に続く道を歩き始めた。


「おい、ロック。考えすぎじゃないか?」


 トッポは、俺の顔をのぞくようにして言う。


「トッポの言う通りだよー」


 フーミンも、それに賛同するように言った。


「秘密基地に、来られなくなるようなことがあっても、一番大切にしている母親の所に帰ってこないのは、おかしいと思わないか?」


 俺が、今まで会ってきた人の中でも、ヘイホーほど、家族を大切にしている人は見たことない。


「それは、そうだけどさ」


 トッポは、気まずそうに言う。


「俺は、疑いたくて、調べている訳じゃない。ヘイホーが、無事なのを信じている。信じるための証拠として調べているんだ」


 子供の時から、友達であるヘイホー。ほぼ毎日、一緒にスラム街で過ごしてきた友達が、何も言わずにいなくなる訳がない。


「僕は、ヘイホーを信じるために、ロックの調査に付き合うよー」


「おい、フーミン」


「トッポは、ヘイホーを信じていないのー?」


 フーミンの一言で、トッポは立ち止まった。


「信じているに」


 トッポの言葉が途切れる。


「信じているに、決まっているだろ! 無事なのを調べるぞ!」


 トッポは、そう言うと走って俺を抜いて、真っ直ぐ走って行った。


「フーミン」


「なーに?」


「トッポを、煽るの上手いな」


「いやー、いやー。トッポだけ、現実から目を背けようとしていたから、正直なことを言っただけだよー」


 フーミンは、基本緩い話し方をしているが、こういう会話の節々に自分なりの筋を通しているのがわかる。


 一番、自分の軸が強いのは、フーミンかもしれない。


「あれ? トッポじゃない?」


 走り抜けて行ったはずの、トッポが立ち止まっている。


「トッポ、どうした?」


「もしかして、ヘイホー見つけた?」


「ここだ……」


 トッポは、呟くように言う。


「え?」


 俺の後ろを歩いていたフーミンには、聞こえていなかったらしく、トッポに聞き返した。


「ここなんだよ」


「なにが?」


 トッポが、言葉を繰り返すため、詳細を聞こうと、聞き返した。


「もう一つの、大量血痕があった場所」


 背筋が凍り付くのを感じた。


「それって、通り魔事件のか?」


「あ、あぁ。ここだ」


 旧市街地区から、真っ直ぐスラム街に、続く道。その途中にある場所が、被害者不明の血痕が大量にあった場所だった。


「ね、ねぇ」


 フーミンが、俺の肩を叩く。


「どうした?」


「なんか、騒がしくない?」


 フーミンに言われて、耳を澄ましてみると、確かに遠くから大勢の人がざわめく声が聞こえた。


「ロック、あっちだ」


 トッポが、声が聞こえる方角を指さす。


「行ってみよう」


 俺達は、ざわめき声が聞こえる方向へ歩いて行った。

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