ロックの日常

「青空だ」


 今日は、特に予定がない俺は、空き家の屋根上に登り空を眺めていた。


『ロック。ごちそうさま。パンとか持ってきてくれて、嬉しかった』


 昨日、コトミに言われた言葉を思い出す。


「嬉しかったか」


 トッポやフーミン、ヘイホー以外の人にそんな言葉を言われたのは、いつぶりだろうか。


「思い出せないってことは、最後に感謝されたの、ずいぶん前だな」


 空を泳いでいる雲を眺める。空を眺めることに、金は関係ない。数少ない平等に見られる物だろう。堪能できる時間がある時に、堪能しないとだな。


「体をなまらせないために、散歩でもするか」


 屋根から降りて、スラム街の中を歩く。昼間なのに、薄暗く感じる。


「おい! 支払いはどうした!?」


 スラム街の、ある一角でワイシャツ姿の男が、ぼろぼろの服を着ている男に向かって怒鳴っている。


「まだ、現金ないです!」


「今日が期限だぞ! 忘れたとは、言わせないぞ!」


 会話の内容とワイシャツを着ている男。この二つの情報から言えるのは、一つだ。


「月と黒猫の構成員か」


 月と黒猫、スラム街を裏で支配していると言われている犯罪組織だ。


 違法労働や薬など、捕まるようなことを平気でやるような奴らだ。


「今日中だからな! 忘れるなよ!」


「うっ!」


 ワイシャツを着た男は、腹を蹴り上げて、その場から立ち去る。


 借金の肩代わりは、流石にできない。俺は、男が無事に借金を返済できるように、心から願って、その場を後にした。


「お兄ちゃん! 新聞いる!?」


 スラム街を練り歩いていると、新聞持った少年に話しかけられた。


「一部もらおうか」


 俺は新聞を売り歩いている少年に、銅貨五枚渡す。


「お兄ちゃん。新聞は銅貨三枚だよ?」


 新聞売りの少年は、いつもより多いお金に驚いた表情をしている。驚いたより、困っている表情かもしれない。


「これは、俺の感謝代だ。これで、大切な人に、何か買ってあげな」


「うん! お兄ちゃん、ありがとう!」


 少年は、銅貨二枚を自分のポケットに入れて、お礼を言った。


「はい、これ今日の新聞。一番綺麗な新聞をあげる!」


「ありがとな。大切に読むよ」


 俺が新聞を受け取ると、少年は手を振って、他の場所で新聞を売りに行った。


「こんなことしているから、金が溜まらないんだよな」


 自分でも原因がわかっているけど、こういう所でケチりたくない。


「今日の新聞は、なんて書いているんだ?」


 新聞を開こうとしたら、新聞の間から一枚の紙が落ちてきた。


「号外か?」


 号外は、突発的に起きた事件に対し、緊急で作られた新聞のページだ。たまに新聞に挟んでいることがある。


『号外! 旧市街地区で、喉が斬られた血まみれの女性が倒れているのを発見。現地に駆け付けた医師が緊急手当てをするが、命を落とす。通り魔か』


「旧市街って、スラム街から近いな。てか、前にも、似た事件なかったか?」


『警察は、ここ一年間で、喉元が斬られている事件が五件あると発表。同一犯の通り魔である可能性を視野に入れて、捜査を開始した』


「やっぱり、同一犯か」


 俺は、新聞を読みながら、ゆっくりした時間を過ごす。



 昼寝して、捨てられていた小説を読んでいる内に、気付けば、日が暮れ始めた。


「そろそろ、秘密基地に向かうか」


 トッポ達も、今日はゆっくり休めただろ。


 スラム街に向かっている途中で、トッポを見かけた。


「よ、トッポ。ゆっくり休めたか?」


「お、ロックか。ばっちり休んで来たぜ。全回復だ!」


 トッポは、俺に力こぶを見せつける。回復したアピールのつもりか?


「トッポは、秘密基地に向かうところか?」


「あぁ。秘密基地に行くつもりだった。ロックもか?」


「俺も、秘密基地に向かうところだ」


「一緒に行こうぜ」


 トッポと秘密基地に向かって歩く。


「なぁ、ロック聞いたか?」


 向かっている途中で、トッポに話しかけられた。


「なにがだ?」


「通り魔だよ。今朝、新聞の号外に乗っていただろ」


「あぁ、あったな。前にも似た事件あったし、不気味な気分だよ」


 今朝見た、通り魔事件の内容が書かれた、新聞の号外を思い出す。


「新聞には載ってない。ここだけの話もあるんだぜ?」


 トッポは、自慢げに言う。


「とりあえず、聞いてみることにしよう」


「実はな、スラム街の近くにも、通り魔がつけたと思われる血痕が見つかったんだよ」


「まじか。それ、新聞に載ってないことじゃないか」


 てっきり『凶器は、刃物』とか、推測すれば、わかることを言って来ると思っていた。


「だけど、そこには大量の血痕のみで、死体はなかったんだと」


「通り魔事件をちゃかそうとした、誰かの、いたずらじゃないのか?」


「いや、それはないと思うぜ。そこを捜査していた警官によると、『間違いなく血痕だ』って言っていた」


 トッポの顔は嘘ついているように見えない。本当のようだ。


「てことは、今回の通り魔事件の被害者は二人いたことになる」


「そういうことだよな、ロック。今までは被害者は一人ずつだった」


「凶暴性が増したのか、単になにかの事故が起きて、殺すしかなかったのか」


 トッポと通り魔事件の話をしていたら、秘密基地がある扉の前に着いた。


「あれ、遅い時間なのに、ランタンが三つもある」


「もう、夜なのにな。てっきり、俺等が最後だと思っていたんだが」


 誰か、まだ来ていないのか。


 階段を降りて部屋の中に入ると、フーミンがベッドの上に寝ていた。


「おい、フーミン起きろ」


「ふえ?」


 トッポがフーミンの頭を叩くと、間抜けな声を出した。


「フーミンがいるということは、来ていないのはヘイホーか」


「ふはー。ヘイホー来ていないのー?」


 フーミンは、眠そうに目を擦りながら聞く。


「あぁ、来てない。フーミンが、ここにいる間ヘイホー来たか?」


「うーん。来てないと思う。ヘイホーが来ると、いつも起こしてくるし」


「そうか。てことはヘイホー、今日一度も秘密基地に来てないのか」


 ヘイホーは、いつも日が沈む前に来る。なんで、いないんだ?


「もしかしてー、お母さんになんかあったー?」


「あ」


 俺達は顔を合わせた。


「あいつ、自分だけ背負い込みやがって」


「トッポ落ち着け、まだそうだとは決まってない。だけど、ヘイホーが住んでいる家に行く価値はありそうだ」


 俺達、三人は秘密基地を出て、ヘイホーの家に向かった。

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