第三章

目撃者

 今日は、友達に嬉しいことを言われて、嬉しかったどん。


「母ちゃん、ただいまどん」


 スラム街の中で、住居が立ち並ぶ地区の中に、おらと母ちゃんが住む家がある。


「ヘイホー、お帰りなさい」


 小屋の中に入ると、母ちゃんが横になって寝ていた。


「母ちゃん。今日は、ごちそう持って来たどん」


 今日のパーティーで余った、パンなどが入った袋を母ちゃんの前に出した。


「あら、こんなにいっぱい。お仕事、頑張って来たのね」


 母ちゃんは、おれの頭を撫でた。


「う、うん。頑張ってきたどん」


 つい、嘘をついてしまった。盗んで稼いだ金なんて言えなかった。


「食べていい?」


「た、食べるどん!」


 頑張って起き上がろうとする母ちゃんを支えて、座らせる。


「なにから、食べようかしら」


 母ちゃんは、弱弱しい手つきで、袋からパンを取り出す。


「うん。美味しい」


「あ、水も持ってきているどん」


 喉をつまらせてはいけない。慌てて、持って来た水が入った容器を出した。


「ありがとう」


「母ちゃん」


「ヘイホー、どうしたの?」


「母ちゃんの世話を手伝わなくて、大丈夫なのかどん?」


 おらの母ちゃんは、年を越すごとに衰弱してきている。歩くことも、困難になっているのに大丈夫なのか、不安になった。


「大丈夫よ。スラム街の人達が助けてくれているから。みんなの優しさで、支えられているわよ」


「そ、そうかどん」


 母ちゃんの世話に来ているのは、親切な人ではないどん。ロックやトッポ、俺達四人で金を出し合って、おらの母ちゃんを世話してくれる人を雇っているどん。


『ヘイホーのお母さんは、孤児の俺達に初めて、温かい気持ちのこもった料理を食べさせてくれた。今度は、俺達が恩返して、ヘイホーのお母さんを支える番だ』


 ロック達の提案で、おらの母ちゃんは、助けられている。


「ヘイホー? どうしたの? 顔色悪いわよ」


 母ちゃんは、おらの顔を覗き込んだ。


「ちょっと、酔っ払っているみたいどん。風に当たってくるどん」


「ふふ、飲み過ぎよ。二十歳になったばっかりなんだから、飲むペース考えてね」


 母ちゃんの優しい顔が、心に痛かった。少し、焦り気味に外へ出る。


「少しスラム街を出て、歩くどん」


 川の流れる音を聞いて、星を眺めて落ち着きたい。


 もうすぐで、日が回る時間帯。人通りは少ない。


「俺って、ダメ人間どん」


 母ちゃんに食べさせているパンや、世話をしてくれている人など、身の回りにあるものが。おらとロック達で盗んだ金で買っているなんて言えない。


「おらが、一番の親不孝どん」


 そう考えている内に、川にたどり着く。


「辛くなった時は、ここに来るのが一番どん」


 川の流れる音を聞きながら、星を眺めると、嫌な気持ちから解放されてきている気がする。


 しばらくの間、心を無にして自然の音と夜空を楽しむ。


「落ち着いてきたどん」


 そろそろ帰ろう。そう思い、スラム街に向けて歩いていく。


「きゃー! やめてー!」


 突然、悲鳴が聞こえて来た。


「この声は、なにどん!?」


 慌てて、声の方向に向かう。


 たどり着くと、そこは古い工場の敷地内だった。


「助けてー!」


 女性が、スーツを着た男に引っ張られている。


「あれは、貴族どん?」


 なんで、この時間帯、こんな場所に貴族がいる?


「離してよー!」


 女性は必死に逃れようとしている。


「え?」


 貴族だと思われる男が、掴んでない手の方に何かを取り出した。


 それは、月の光に反射している。


「あれは、ナイフどん?」


 それが、何かわかった瞬間、そのナイフが女性の首元に刺さった。


「がっ!?」


 女性は、最初こそ首元を抑えて立っていた。しかし、男がナイフを抜くと、そのまま地面に倒れていく。


 女性が刺されたどん!


 衝撃的過ぎて、自分の言葉が声に出なかった。


「あ」


 男が、おらのことを見る。


 生存本能が危険だと告げる。おらは、気づいたらスラム街に向かって走っていた。


「に、逃げるどん」


 真っ直ぐに、真っ直ぐスラム街に向かって、逃げないと。


「姿が見えないどん」


 後ろを振り返ってみると、誰も見当たらなかった。


「このまま、スラム街に逃げるどん」


 普段なら、『疲れたどん』って言うぐらい走っているが、自分の身の危険を感じ、疲れなど気にする余裕がなかった。


「もうすぐで、スラム街どん」


 もう少しで、スラム街にたどり着く。気持ちに余裕が生まれた。


「え?」


 突然、視界が地面を向いている。


 次の瞬間、体が地面に叩きつけられる感覚を覚えた。


「転んでしまったどん」


 なにもない所で転んだ? いきなりの出来事で頭が混乱する。


「私が、足をかけて転ばしたんだよ。ほっ、ほっ」


 おらが振り向くと、そこには血まみれのナイフを持つ、貴族の姿があった。

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