人だかりの中は

「こんな時間に、大勢の人が群がっている」


 ざわめき声が、聞こえる所にたどり着く。すると、もうすぐで日が変わる時間帯にも関わらず、大勢の人だかりが、何かを囲むようにできていた。


「おい、これは何の騒ぎだ?」


 人だかりに群れていた一人の男に話しかける。


「噂は、本当だったんだ!」


 男は、興奮気味に言う。


「噂?」


「通り魔事件。第二の被害者だよ」


「それは、本当か?」


 それで、この人だかりか。嫌な予感がする。


「ちらっとしか見ていないけど、死体の下には十字架の絵が……っておい、話を最後まで聞けよ!」


 気づけば俺は、人混みをかき分けて中央にあると言われている死体の元へ向かっていた。


「ロック。待てよ!」


 後ろを振り返ると、トッポとフーミンも後からついて来ていた。


「一人で行くな。一緒に行くぞ」


 トッポは、俺の元に辿り着くと、一緒に行こうと提案した。


「あぁ」


 俺は頷くと、三人で人混みをかき分け進み始める。


「もうすぐで、真ん中だ」


 最後の列をかき分けて中央に出た。



 中央には、おそらく血であろう液体で、地面に大きく描かれた十字架。その真ん中には、胸の部分に槍が突き刺さっているヘイホーがいた。


「ヘイホー?」


 驚きや悲しみなど、様々な感情が心の中を埋め尽くしていく。


「う……そだろ?」


 トッポは、そう言うと膝から崩れ落ちた。


「ははは。ヘイホー、やめてよー。みんなを脅かそうとしたらダメでしょー」


 フーミンは、そう言って、ヘイホーの元に行こうとする。


 フーミンの表情を見ると、明らかに動揺していた。


「おい、フーミン」


 俺は、フーミンを止めようとしたが、思うように体が動かせなかった。ショックを受けていて、体が動かない。


「ねぇ、ヘイホー早く帰ろうー?」


 フーミンは、ヘイホーの体に触れる。


「もぉ、こんなにも体を冷たくしちゃって……」


 フーミンの言葉が詰まる。


「まるで、死人みたいな……冷たさ……うぅ」


 フーミンが、泣き始める。


「おい、フーミン。そんなこと言うなよ。ヘイホー? ほら、冗談はこれぐらいにしとけよ」


 トッポは、ふらつきながら、フーミンの所に歩いて向かった。


「トッポ……」


 俺も、トッポの後を追ってついていく。


「なぁ。ヘイホー、そろそろ目を覚ませよ」


 トッポは、ヘイホーの体をゆするが、動く気配がなかった。


「ヘイホー」


 そばによったら、俺は確信してしまった。


 ヘイホーは、死んでいる。


「ロックも、何か言ってやれよ」


「あ、あぁ」


 言葉が出なかった。ヘイホーが死んだ、その事実が受け入れられなかった。


「うぅ……ヘイホー……」


 フーミンがむせび泣く、声が聞こえる。


「だから、俺は行きたくなかったんだ」


 トッポは、涙を流し始めた。


「トッポ、フーミン……。ヘイホーを静かな場所に連れて行こう」


 ようやく言葉を出すと、フーミンとトッポは俺の方を振り返る。


「ロックー」


「そ、そうだな」


 二人が見ていたのは、おそらく涙を流し続ける俺の顔だった。


「槍は、俺が持つ」


 トッポは、ヘイホーに刺さっていた槍を引き抜き持つ。


 俺は、ヘイホーを抱えて運び出そうとした。


「おい、お前等、見世物じゃないぞ!」


 トッポは、槍を振り回して威嚇をする。


 騒ぎで、集まっていた人だかりは、慌てて道を開けた。


「ごめんな。ヘイホー。俺が気づけたら」


 俺は、運んでいる間、動かなくなったヘイホーに謝り続けた。



 ヘイホーの母さんにヘイホーの亡骸を運んだ。


「な、なんで、こんなことになってしまったの……」


 ヘイホーの母さんは、ヘイホーを抱きしめたまま離れなかった。


「俺達が早く気づけたら……」


「申し訳ございません」


 俺達三人は、ヘイホーの母さんに向けて頭を下げた。


「最後に……」


 ヘイホーの母さんは、震える声で話そうとする。


「最後に会ったのは、私なんでしょ?」


 俺達三人は、顔を合わせた。


「はい」


「なら、あなた達が誤る必要はないわ。あの時、引き止めなかった私のせいよ」


「そんな。自分のことを責めないでください」


「うー」


 ヘイホーの母さんは、ヘイホーの胸に顔を埋めて、声をあげて泣いた。


 一度は、落ち着いたはずの涙が、再び頬をつたって流れ始めた。


 しばらく、ヘイホーの母さんが泣く声が聞こえていた。


「わ……私のお願いを一つ聞いてくれる?」


 ヘイホーの母さんは、俺達の方向を見る。


「はい。なんでしょうか?」


「しばらくしたら、もう一度ここに来て、ヘイホーを静かな場所で埋葬させてくれない?」


「わかりました」


 それは、俺からも提案しようと思ったことだ。


「しばらく、私とヘイホー、二人っきりにさせて」


 俺達は、頷くと、ヘイホーの家から出た。


 数時間後。再び、ヘイホーの家を訪れる。ヘイホーの母さんは、ヘイホーの手に花を握らせた。


「ヘイホーが、好きな場所に埋葬させてあげて」


 ヘイホーの母さんの要望を聞き、頷いた。俺達はヘイホーの亡骸を運んで、家を出る。


「フーミン」


「なに?」


「秘密基地から、スコップ三本と大きな布を持ってきてくれ」


「わかった」


 いつもなら、この数時間の間に済ませるべき内容だった。俺達は、この数時間、一言も話さず、放心状態だった。まともに会話ができないまま、数時間経過していた。


 フーミンが、物を取りに行くのを見送る。


 俺とトッポは、無言のまま、ヘイホーが好きな場所に向かって、ヘイホーの亡骸を運んだ。

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