宴会

「……起きろ」


 誰かに体をゆすられて、目が覚ました。


「ん、トッポか」


 頬の斬られた傷跡と茶髪の髪をしている仲間は、トッポしかいない。


「みんな。集まっているぞ」


 起き上がって周りを見渡してみると、フーミンとヘイホーもいた。全員、揃ったか。


「悪い。寝過ぎたみたいだ」


「寝過ぎは、だめだよー。ふわぁー」


 フーミンは、ぼさぼさの髪でこちらを見る。フーミンも今、起きたような顔をしている。


「フーミンに言われたくないが」


 俺は、立ち上がり背伸びをした。


「今回の盗みで、どれくらい稼げた?」


「俺は、十五万クスだ」


 トッポは、自分の稼いだ金額を言い、硬貨の入った袋を机の上に置く。


「俺とヘイホーは、だいたい十万クスずつかなー」


 フーミンとヘイホーは、十万クスが入った硬貨の袋を二袋置いた。


「これで、三十五万クスだな」


「ロックは、どうだったんだ?」


 トッポに聞かれて、俺は袋を二つ置いた。


「昨日盗んだ物が、十八万クスで、こっちは今日の昼間に間抜けそうな下級貴族から盗んだ硬貨の袋だ。中身はまだ見ていない」


「数えたいどん!」


 ヘイホーは、勢いよく手を上げた。子供の時から、物を数えたり、組み立てたり作業的なこと好きだよな。


「数えて、いいぞ。ヘイホーに任せた」


「やったーどん!」


 ヘイホーは、そう言うと、数えてない方の袋を手に取った。


「机の上に出して、いいどん?」


「構わないぞ。自分で数えやすい、やり方で数えてくれ」


 ヘイホーは、笑顔になり硬貨を机の上に出して、数え始める。


「ヘイホーが、硬貨を数えている間に聞きたいことがあるのだが、いいか?」


 トッポは、真剣な顔で言う。


「なんだ?」


「昨日、パーティーの参加者に、盗みを見つかったのは誰だ?」


 トッポのこの一言で、場の空気が静まり返る。


「ごめんー。それ、おれー」


 フーミンが手をあげた。


「フーミンだったのか」


 フーミンが、見つかるなんて珍しいな。


「うん。みんなを危険な目に合わせて、ごめんねー」


「なにが、あったんだ?」


「それがねー。舞台の上で、パフォーマーが、パフォーマンスをしていたよねー」


「していたな」


「パフォーマーの人が『パーティーの参加者に、光を当てましょう』って言い始めてー」


「あ、確かに言っていた」


 トッポが、思い出したかのように言う。


「その時に、俺が狙っていた人に、光が当たったんだよねー」


「事故だな」


 それは、仕方ない。偶然が重なった事故だ。


「どうやって、光を当てたんだろうー」


「パフォーマーが、やっていたんだから、何かしらのトリックはあるだろうな」


「数え終わったどん。楽しかったどん!」


 俺とフーミンが話していると、ヘイホーの声が聞こえた。


「ヘイホー、さすがだな。お金は、どれくらい入っていた?」


「銅貨が、三十七枚。銀貨が、十三枚。金貨が、七枚。大金貨が、三枚だったどん」


 銅貨が一枚で十クス。銀貨が百クス。金貨が千クス。大金貨が一万クス、だから計算してみると……。


「三万八千六百七十クスだな」


「トッポ。相変わらず計算早いな」


 俺が数え終わるより、早い速度で、トッポが答えた。


 さすが、トッポだな。俺は、まだ硬貨の枚数しか頭になかった。


「てことは、ロックは、だいたい合計で二十一万八千クスだねー」


「また、ロックが一番どん」


「ちっ、勝てなかったか」


 トッポは、悔しそうな顔をした。


 今回の盗みで稼いだ金額は、約五十万クスか。


「ここ一ヶ月は、安定して暮らせそうだねー」


 フーミンは、安心したような表情で言った。


「次は、勝つからな」


「勝負をした覚えはないが、次もトッポより稼いでやるよ」


「よし、一通り精算を終えたから、お楽しみの時間だ」


 トッポは、出口の近くに置いてある木の箱を持ってくる。


「さっきから気になっていたけど、なにそれー?」


「俺からの、お疲れという選別だ。今日の俺は、機嫌良いからな。いっぱい食べな」


 トッポが、箱を開けると中には、酒瓶が四本と、干し肉など、つまみになる食材がたくさん入っていた。


「トッポ、すごいー」


「すごい、いい匂いするどん」


 フーミンは、木製のカバンを机の上に置いた。


「フーミン。そのカバンは、なんだ?」


「ヘイホー、僕が相談して買って来たんだー。良かったら、食べてー」


 フーミンは、そう言うと、木製のカバンから、パンをたくさん出してきた。


「今晩は、ごちそうだな。宴会だ」


「一仕事終えた。お疲れ様会だよー」


 フーミンは、何十個もあるパンを四人分、均等に分けた。


「ロックはー?」


 あ、俺は何も買っていない。全然、そのことに気が回らなかった。


「次、何か奢るよ」


「ロック。忘れるんじゃねぇぞ」


 トッポは、食い気味に言う。


「忘れないよ」


「まぁー、まぁー。まずは、乾杯しようよ」


 フーミンは、そう言うと、酒瓶を一人一瓶ずつ渡す。


「乾杯するどん!」


「そうだな。今回も盗みが成功したっていうことで、乾杯だ!」


「うーん!」


「今回も盗みが成功したってことで、乾杯!」


 四人で酒瓶を当てて乾杯した。




「ふー、飲んだな」


 一通り飲み終えると、みんな酔っているが、ぼーっとしている状態に入った。


「俺達、いつまで、この生活を続けられるんだろうな」


 トッポが、空になった自分の酒瓶を眺めながら言う。


「さぁな。スラム街、育ちってだけで普通の職にもつけないからな」


「このままでいいのかなー」


 いつも、ふわふわした言葉を言っているフーミンも不安に思うところがあるのか、真面目なトーンで話した。


 このままだと、いつか捕まるのは、みんな気づいていた。ただ今は、運が良いだけで、いつ捕まってもおかしくないとわかっている。


「みんなに提案したいことがある」


 俺は、立ち上がり、トッポ達に語り掛けた。


「なんだ?」


「資金を貯めて、王都を出ないか?」


 この言葉を聞いて、みんな目を丸めた。


「この王都を出るのー?」


「ここにいても、いつか捕まるからな。稼ぐだけ、稼いだら、王都を出てバカンスを楽しむのはどうだ?」


「ロック。いいな、それ!」


 トッポは、目を輝かして言った。


「僕も行くー」


 フーミンも乗り気だ。


「ヘイホーは、どうするんだ?」


 ヘイホーだけ、返事がなかった。


「ご、ごめんどん。おら、母ちゃんを置いていくことができないどん」


 盛り上がっていた場が、静かになった。


「そうか、ヘイホーのお母さん。足が悪かったんだよな?」


「う、うん。おらを育てるための金を稼ぐため、『月と黒猫』に工場の仕事を仲介してもらったどん」


 月と黒猫、サクラ王国の王都で、裏社会を牛耳っているマフィアだ。スラム街で働けない者の身分を偽装して、工場などで働かせたりして仲介料もらったり、貴族の護衛などして金を稼いでいると噂には聞いている。


 黒い噂しか聞こえてこない、やばい組織だ。できるだけ、こいつらとは関わりたくない。


「そしたら、次の日……」


 ヘイホーの手に、力が入っているのがわかった。


「工場の事故に巻き込まれて、足に後遺症が残っちゃんだよな」


「そうだどん」


 月と黒猫が紹介する仕事は、一般では受け付けられない危険な仕事ばかりだ。ヘイホーの、お母さんも安全基準が守られていない工場で働かされていた。


「悪かった」


 俺は、なんて馬鹿なことを言い出したんだ。この出来事は、忘れてはいけないことだったのに。一時の感情で、物事を語ってしまった。


「ロックは、悪くないどん」


 ヘイホーは、小刻みに首を横に振りながら答えた。


「なんなら、おらを置いて王都を出て行ってもいいどん」


 ヘイホーは、下を向きながら言う。


「なんでー、僕がヘイホーを置いて行かなければ、ならないのー?」


 フーミンは、そう言うとヘイホーによりかかる。


「フーミン。おらの話をきいて……」


「そうだぞ。なんで、俺等がヘイホーを置いて行かなければならないんだ?」


 トッポは、そう言うとヘイホーの頭に手を乗せる。


「そういうことだ。ヘイホーを置いて、どっか行くことはないよ」


「みんなぁー。おら、幸せどん」


 ヘイホーは、涙を流して、いつも垂らしている鼻水を長く伸ばす。


「鼻水が、凄いことになっているぞ」


「早く拭いて」


「へっ」


「へ?」


 ヘイホーは、大きく息を吸った。


「ま、まさか」


「早く、手で鼻を抑えろ!」


「へっくしょん!」


「うわあああ!?」


 秘密基地内で、悲鳴が響き渡った。

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