第二章

次の日

 太陽が真上まで登り、一番日が強い時間帯。俺は、盗んだ物の換金を済ませ、スラム街に向かって歩いていた。


「あれ? お兄ちゃん、ママが行っちゃダメって言っている方向に向かっているよー」


 俺が歩いている場所から、反対にいた子供が俺のことを指さして言う。


「こら、辞めなさい。あっちに向かう人とは関わらないの!」


 母親らしき女性が、子供に注意する。


「相変わらずの嫌われようだな」


 スラム街のやつらは、王都に住む市民から嫌われている。自分達と違う経歴を持つ、スラム街の連中は、異物として見られているらしい。


「経歴が違うだけで、人間なのは変わりないのにな」


 俺は、そう呟きながら歩き続ける。


「だが、俺達は、まだ幸運かもしれない」


 スラム街に住む俺達より、もっとひどい目で見られている人達がいる。


「ほら、さっさと運ばないか!」


 男の怒声が聞こえる。それと、同時に物が音を立てて落ちる音が聞こえた。


「す、すみません!」


 声の方向を向くと、豪華な服を着た小太りな男と、ボロボロな服を着ている男がいた。ボロボロな服を着ている男には、首かせと、そのかせに鎖が繋がれている。


「奴隷のくせに使えない男だな!」


 奴隷。住む場所も、自由も与えられない者達。日常的に、暴力を振られて、罵声も浴びせられる。自分が奴隷だったとしたらのことを考えると、想像しただけで、背筋が凍りそうだ。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 奴隷の男は、地面に頭をつけながら謝っている。その男の周りには、果実が転がっていた。男が誤って、落としてしまったんだろう。


「あの男、勘に触るな」


 俺は、人を人と見ていない人が嫌いだ。俺は、自然な動きで男達の所に向かう。


「早く拾わんか! 我は、サラリン家当主の三男ダンゾだぞ。貴族の私を怒らせるようなことをするんではない!」


 サラリン家は、下級貴族の一つだ。下級貴族なうえに、当主でもないのか、この男。態度だけなら、上級貴族と引けをとらないな。


「すみません。これ、私の所まで転がって来ましたよ」


 俺は、果実を拾い上げて、ダンゾに話しかけた。


「む? 感謝しよう」


 ダンゾは、素早く俺の手から果実を取り上げる。俺は、その隙に男が着ている服を全体的にくまなく観察した。


 服の膨らみから見て、金銭は上着の右ポケットにあるな。


「いいから、早く拾い上げんか!」


 ダンゾは、再び奴隷の男に叱りつける。


「は、はい!」


 俺は、ダンゾと奴隷の男が話している間に、素早くダンゾの右ポケットから、入っていた袋を抜き取った。


 そして、なにもなかったように、俺は再び歩き始める。


「このずっしりとした重さと、小さくて硬い物がいくつも入っているような感触。硬貨の入っている袋で、間違いないな」


 果たして、どれくらいの金が入っているのか、楽しみだな。


「昨日の分は、換金した宝石の付いたネクタイピンと指輪を合わせて、十八万クスだったな」


 同じ下級貴族の階級だと考えると、袋の中に入っているのは、せいぜい数万クスぐらいか?


 コトミにつけられていた値段は、確か五千万クスだったな。


「五千万クスものの大金が貯まるなんて、夢のまた夢だな」


 そんな大金、下級貴族では出せない。それより上の階級である、上級貴族なら別なのかもしれない。上級貴族の資産は、数億だと聞く。


 俺は、そんなことを考えつつ、歩き続けた。



「おい、ロック。酒持ってねぇか?」


 スラム街の入り口で物乞いをしている、酒爺さけじいに話しかけられた。


 毎日のようにスラム街の入り口で物乞いしながら酒を飲む爺、通称『酒爺』。


「俺は、酒買わんぞ。トッポが来たら、聞いてみてくれ」


「ヒック。そうかい。ロック、おめぇも酒飲めぇ。ええ気持ちになるぞ。常時飲むことが、コツじゃ。さすが、神の血と言われる飲み物じゃわい」


 老人は一通り喋りつくし、隣にある酒瓶を手に持つと、酒瓶に入っている物を飲んだ。おそらく、ビールだろうな。ワインは、高級品過ぎて一般人には手が出せない。


「神の血と呼ばれる酒はワインだよ、酒爺。じゃあな」


「酒なら、どーれもが、神の血じゃ。ヒック。次は酒を、持ってくるのじゃぞ」


 スラム街の中に入ると、薄暗い雰囲気が漂っている。道の脇では、新聞紙や古びた布を下敷きにして座るスラム街の住人がいた。いつもの景色だ。


 いつも見ている景色を進んで行く。


「夜まで、まだまだ時間あるが、先に入って休んでよう」


 いつも俺達が集まるのは、夜になってからと決めている。集まる場所は、元々発泡酒の保存庫として作られた地下室だ。俺達は、秘密基地と呼んでいる。


 ボロボロの小屋に付いている扉を開けると、階段が地下に向かって伸びている。


「あれ? ランタンが一個ない」


 いつも、俺とトッポ、フーミンとヘイホーのランタン四人分を壁にかけている。四つ、あるはずのランタンが、三つしかなかった。


「誰か、もう先に来ているのか?」


 てっきり、俺が一番乗りかと思った。


 階段を下っていくと、更に、もう一枚の扉が現れる。


「扉の下から光が漏れているな」


 誰かがいるのを確認し、扉を開く。


 元々発泡酒の保存庫として作られていた所だ。広いとは言えない空間に、誰かのわがままで置いたベッドある。


「ぐー。ぐー」


 そのベッドの上で、ボロボロの布をかけ、寝息をたてて寝ているフーミンがいた。


「フーミン、起きろ」


「ふへぇ?」


 間抜けな声を出して、フーミンは起き上がった。髪は寝ぐせだらけで、眠そうな目をしている。


「あれ? ロック? なんで、ここにいるの?」


「俺達の秘密基地だからだよ。寝ぼけているのか?」


 フーミンは、ぼーっとした目で、俺を見ている。


「今、何時?」


「午後の一時過ぎだ。壁にかけられている時計を見ろ」


 俺は、フーミンの後ろの壁上にかけられている時計のことを指さした。


「わざわざ、振り返って見るの、面倒くさいじゃん」


「それは、面倒くさがるな」


 俺は、フーミンのおでこに軽くチョップする。


「いてっ、わかったよー。来年までには、向くようにするー」


「今からだ」


 俺は、そう言うと、硬貨の入った袋二つを部屋の真ん中に置かれた丸机の上に置く。


「あれー? 硬貨が入った袋が二つ? どういうことー?」


 フーミンは、首を横に傾げる。


「右にある袋は、昨日盗んだ物を換金させたやつ。左にある袋は、さっきアホそうな貴族からくすねたやつだ」


「あー悪い奴だ。兵士さんー、ここに泥棒がいますよー」


「フーミンも昨日盗んでいただろ」


 フーミンの周りを見てみるが、硬貨らしき物が見当たらない。


「フーミン。昨日の盗んだ物は換金したのか?」


「ヘイホーが、換金しに行っている所だよー」


 そうか、ヘイホーとフーミンをペアに、させていたんだったな。


「フーミンは、何していたんだ?」


「ヘイホーの分も寝ていたー。おかげで、ぐっすりだよー」


 ただ寝ていただけか。


「みんなが来るまで、俺も寝る」


 俺は、ベッドの向かいにある、ソファの上に寝っ転がった。


「そうなのー? 一緒のベッドで寝るー?」


 フーミンは、そう言うと毛布をめくって、誘ってくる。


「俺は、そんな趣味はない」


「えー? 子供の時とか、よく四人で一緒に寝ていたじゃん」


「昔は、昔だ」


「そー? 精神年齢なんか、成長と経験で、取り繕うのが上手くなっただけで、成長していないと思うよー」


「それでもだ」


「残念―。僕も、もう一度。寝よーっと」


 フーミンは、そう言うと布にくるまって寝始めた。


「ぐー。ぐー」


 もう寝たのかよ。そこまで、すぐ寝られると才能の域だな。


「ランタン付いているの、一つだけでいいな」


 俺は、自分が持って来たランタンの火を消して、ソファの上で横になって寝た。

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