第9話

 翌朝、馨子は自分で宣言した通り、間違えずに路面電車に乗り一人で女学校へと向かった。けれど、正確に言うと一人ではない。

 馨子を心配した緋月が、自分の眷属である小鬼をお供につけた。護衛としてあまり役には立たないかもしれないが、いないよりはマシということらしい。


 小鬼は掌に乗るくらいの大きさで、全身が赤くて頭に一本角を生やしていた。子供の着物のような格好で、馨子の横に座り車窓を見ている。

 五月人形に似て可愛い。もちろん、他の乗客には見えていない。


「□%×☆&……」


 他の人には聞こえない声で何かしゃべっているけれど、馨子には小鬼語がわからない。


「⁉〇*▲!$……」


 はしゃいでいるようなので、『電車が楽しい』とかそういう感想を述べているのかもしれない。だとしたら、護衛にしては呑気すぎる。

 意思の疎通ができないのは不便だ。今度、緋月に教えてもらおうかとも思うが、英語の習得よりも難しそうである。


 降りる駅も間違えずに、馨子は無事に女学校に着いた。

 小鬼に周囲をうろちょろされると気になるので、教科書と一緒に風呂敷に潜り込ませている。

 教室に入ると、馨子を見つけた琴乃が駆け寄って来た。


「馨子さん、おはようございます」


 昨日の狐狗狸さんの結果が満足のいくものだったせいか、琴子は晴れやかな笑顔で挨拶する。


「おはようございます、琴乃さん」

「さっき校門のあたりでお見掛けしたけれど、今日は緋月さんと一緒ではないのね」

「ええ、緋月は他に用があって出かけたの」

「お姿が見られなくて残念だわ」

「それはなんというか、ごめんなさい」


 馨子は苦笑した。

 目立ちすぎる従者のおかげで、馨子の登校は桜岡女学校の生徒にとって日々の娯楽のひとつである。


「今日はめずらしいことに、晶子さんもお休みですって」

「晶子さんが? なにかあったの?」

「それが、さっき先生が話しているのを耳にしたのだけれど、昨日の夜から体調を崩していらっしゃるらしいの」


 晶子はとても丈夫で、聞いた話では滅多に風邪もひかないらしい。女学校に入学してからも無遅刻無欠席だったはずだ。

 そんな彼女が体調不良とは、心配である。


「どんな具合なのか、詳しい話はわかる?」

「かなり熱が高いみたいよ。昨日はあんなに元気だったのに、急にどうしたのかしらね」

「そうね……心配だわ」


 予鈴が鳴って着席してからも、馨子は晶子のことを考えていた。

 ひどく胸騒ぎがするのだ。


(まさか、昨日の狐狗狸さんが関係しているんじゃ……)


 遊び半分で降霊術など行ったせいで、災いが降りかかったのではないか。だとすると、原因はあの妖狐ということになるのだろうか。

 けれど、もしそうだとしても、晶子にだけそれが現れるのはおかしい。馨子も琴乃も、他の二人も元気で教室にいる。


(晶子さんに会えば何かわかるかしら? 今日は緋月がいないけれど……)


 もしもあやかしの仕業なら、馨子にはどうすることもできない。けれど、緋月や父に助力を頼むとしても、あやかしが関係しているとはっきりわかってからだ。

 とにかく、今は晶子が心配なので、詳しい様子を知りたい。

 ただの体調不良ならいいのだが。


 一日中そんなことを考えていたせいで、教師から何度も注意された。

 授業が終わると、すぐに女学校を飛び出し、馨子はそのまま東川家へと向かった。

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