第4話

 翌日、馨子は女学校で晶子から奇妙な噂話を聞かされた。


「西洋から伝わった占いの一種なの。狐や狸などの霊を呼び出して、こちらの知りたいことを教えてもらうというものよ。『狐狗狸こっくりさん』というらしいわ」


 そういった占いがあることは馨子も知っている。占いというより、いわゆる降霊術の類だった。


 その方法はこうである。

 まずは三本の細竹の上に米櫃こめびつの蓋を載せて、参加者がその上に手を置く。彷徨う霊に呼びかけて、占ってほしいことを尋ねる。質問の答えが否定なら何も起きず、肯定なら蓋がこっくりこっくりと揺れるのだとか。

 呼び出されるのは狐や狗、狸のような動物の霊的存在、いわゆるあやかしといわれている。


 文明開化の反動なのか、巷では意外にも霊やあやかしといったものが人気のようだ。この占いも明治の世から流行している。


(とは言え、あやかしはそう簡単に呼び出されたりはしないけれど)


 あやかしは人に見えないだけで現世うつしよのそこかしこに存在している。けれど、修行を積んだ術師でも、彼らと交渉することはそう簡単ではないのだ。

 それに、いくらまねごとだとしても、呼び出そうとする行為自体があやかしを刺激することになりかねない。あやかしもいろいろで、人畜無害なものもいれば、人に悪意を持つものもいる。へたに関わらないほうがいい。


「晶子さん、それはあまりお勧めしないわ。霊を呼び出すなんて恐ろしいことよ」

「あら、私は平気よ。噂は本当なのか、自分で確かめてみたいわ。馨子さんの御家は古くから続く陰陽道の御家柄でしょう? 昔、陰陽師は怨霊を祓ったり封じたりしていたと聞いたわ。馨子さんがいれば、もしも本当に霊が降りてきても心強いわね」

「私にそんな力はないし、なにも見えないわ」


 馨子が陰陽師の血筋であることは友人たちも知っているが、彼女たちの前では霊感などない振りをしている。不必要に怖がらせたくないからだ。

 そもそも、馨子は正式な陰陽師ではなく、陰陽術は使えない。緋月を従えているのは馨子の力ではなく、彼のほうから押しかけてきたようなものなのだから。


 鬼堂院家の稼業である陰陽師は、その昔、星を読んで吉兆を占い、暦を司るだけでなく、神やあやかしといった霊と対話し、時にはそれらを調伏してきた。

 かつては国に陰陽寮おんみょうりょうという機関があり、陰陽師は国の役人として働いていた。それが明治になって廃止され、現在、公には陰陽師という仕事はない。

 陰陽寮の廃止後、公家だった鬼堂院家は子爵に列せられた。今も陰陽術は行うが、表向きは不動産など様々な事業も行っている。


 昔は当たり前のように信じられていた神やあやかしといった存在は、今では迷信扱いされることが多い。それによって陰陽師の仕事は減ってきて、馨子の兄などは陰陽術を見限って事業に専念し始めた。

 神もあやかしも陰陽師も、生きにくい世の中になりつつある。


「馨子さん、お願い! 私と一緒に狐狗狸さんをやってちょうだい」


 両手を合わせて拝まれ、馨子は困惑した。

 晶子は好奇心旺盛で、良家の子女とは思えないくらい行動的でもある。馨子が断っても、たとえ一人でも実行するに違いない。


「馨子さんだって、知りたいことの一つや二つあるでしょう? 勉強のことや将来のこと、それに恋愛のことだって」

「……わかったわ、今回だけよ」

「ありがとう、馨子さん!」


 晶子に押し切られ、馨子は狐狗狸さんへの参加を仕方なく承諾した。

 晶子は大切な友人だから、危険な目には遭わせたくない。狐狗狸さんで本物の神やあやかしが降りるとは思えないが、陰陽師の娘としては心配なのだ。


 決して、馨子もあわよくば恋の占いをしたいと思ったからではない。だいたい、狐の霊に恋愛相談して良い助言が得られるものだろうか。


 学校が休みの明日、晶子の家で狐狗狸さんを行うことになった。晶子は他にも何人か声を掛けてみるという。


(これは、緋月には言えないわね)


 緋月に話せば絶対に止められるだろう。

 彼はなぜか、馨子が他のあやかしと接触することを好まない。あやかしと関わるとろくなことがないから、外で出会っても気づかないふりをするようにと言うのだ。自分は鬼のくせにと、思わないでもない。


 心配してくれるのは嬉しいけれど、緋月は過保護すぎる。

 子供扱いしないでほしい乙女心なのか、保護者に対する反抗期なのか。馨子は自分でもよくわからなかった。

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