六話 親玉

「暇だなぁ」


 退屈そうに机に突っ伏すシルフィは誰もいない家で一人ぼっちだ。自分の長く鮮やかな水色の前髪をくるくると指に巻き付けてみたりする。昼食が終わった後、急な眠気に襲われ自室の戻りベッドに横になればすぐ寝入ってしまった。しかしウィルマの声で意識が覚醒し起きてしまった。


 ざわざわと胸が落ち着かなくリビングに戻ったのだった。横目で時計を見ればウィルマが出てから一時間も経っていない。どこに行ったのか気になるが今までもどこへ行くかも言わず出かけることが多かった。出かけても早いうちに戻るのでシルフィ自身気にしていなかったのだが、今回は何だか気持ちが落ち着かない。


「すぐ帰ってくるよね」


早く戻ってきて欲しいと願ってしまう。不安が募る。


「―――――」


 何だか外が騒がしいことに気が付いたシルフィは机から顔を上げる。大きな雑音が耳に入り良く耳を澄ます。物音と男、女の声が入り混じって良く分からない。


「何だろう」


 窓辺に向かうと「え?」と思わず声が出た。まだ夕暮れでもないのに窓の外が赤くなっている。訳が分からずシルフィは槍を掴み家を出ると絶句した。


 緑豊かな農村地帯が炎に包まれ真っ黒の煙が充満し跡形もない光景になっていた。辺りには大量の煤の魔物が村人達を襲っている。武器や魔法で応戦しているが、無数に出てくる魔物に苦戦している。


「こ、こんなこと」


「助けてー!」


 シルフィは目の前の光景に何度も頭を振った時、どこからか緊迫した声が聞こえた。声の主を探すと小さな子供が複数の煤の魔物に囲まれていた。今まさに魔物達が襲い掛かろうとした時、シルフィは一目散に駆け出し煤の魔物達を槍で薙ぎ払った。


「大丈夫?怪我してない?」


 酷く怯えた子供を窺うと無傷なのが分かりシルフィはホッとした。子供は助けに来てくれたシルフィに安心したのか「わああん!」と泣き始める。シルフィは安心させるように抱きしめ頭を撫でる。


「よしよし。もう大丈夫だよ」


 独りで心細かっただろう。あと少し遅かったらと思うとぞっとしてならない。シルフィの後方から子供の名前を呼ぶ女の声が聞こえると母親と思われる大人が向かってくるのが見えた。


「ママぁ!」

「ここにいたのね。良かった。シルフィ、うちの子を助けてくれてありがとう」


 子供と親は逃げる際中、はぐれてしまったのか。大人は子供を精一杯抱きしめ「ごめんねごめんね」と何度も誤謝っていた。二人の様子を温かく見守っていたが魔物がまた現れ始めるのに気が付いた。


「ここは危ないからもっと皆のいるところに逃げて」


「シルフィも一緒に」


「私も後で行く」


「大丈夫、強いから」


 早く!とシルフィは二人を逃がす。姿が見えなくなったのを確認すると警戒しながら前を向いた。煤の魔物達がシルフィを取り囲む。【キィッ】と何度も鳴き威嚇をしているようだ。


 恐怖で体が震える。とっさに子供を守るために体が動いて倒せたが我に返った今、全身血の気が引き力が入らない。魔物達へ構える槍もガクガクと震えている。ゆらゆらと取り囲む煤の魔物達は不気味な声を上げた。


【ミツケタ】


【ミツケタエラバレシモノ】


【コロセコロセ】


 一斉に奇声を上げる魔物達にシルフィは更に警戒する。人語を話す魔物に驚いたがその内容にも目を見開いた。


(選ばれし者?私の事?)


 間違いなく魔物全てがこちらを向きそう言った。訳が分からないが確実に殺そうとして来ることは分かり、恐怖で心臓がはち切れそうだった。一体が襲いかかるとシルフィは我に返り槍を突き刺す。魔物は悲鳴を上げると姿を消していく。それを合図にまた一体とシルフィに攻撃を仕掛ける。


 怖いなんて言っていられない事態にシルフィはがむしゃらに槍を振り回し魔物を倒す。ある時は下からの魔物を飛んでかわしたり、左右から来る魔物を槍を握り回転で弾き飛ばす。初めての戦闘とは思えないほどの動きを見せるシルフィ。しかし内心はやはり恐怖に支配され呼吸も荒く血の気が引いていたのだが、体が勝手に動き魔物を攻撃していた。


 煤の魔物達は一か所に固まると大きな球体へと形成する。そしてその中央から赤々とした光が集まりだした。


(魔法!?)


 高エネルギーを感じたシルフィは身の危険を感じる。足がすくんでしまって完全に動けなくなってしまった。絶体絶命。シルフィは石のように動かない体に絶望し、ただただ魔物が放つであろう魔法を凝視するしかなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る