8.騎士になった理由
そろそろブクリエへ戻ろうと提案した時、屋台で買った物を全て食べきった騎士は眠ってしまい、家族への土産を買った騎士は満足そうに沢山の荷物を抱えていた。
眠った小さな騎士を負ぶる前に、キクロスはアリッサムの腕に先程購入したブレスレットをつけた。
「前にあげた物が先日の訓練中に切れてしまっていただろう?」
「まだ直せば身につけられます」
「大事にしてくれているのは嬉しいけど、随分前の物だから劣化が酷いだろう?。修繕は難しいと思ってね。新しい物を贈るから、こちらを身に着けるといい」
手首に光る紫色の小さな石が連なるブレスレットに視線を落としながら、ブクリエへ向かう足を進めた。その間も疑問が晴れることはなく、この際聞いてしまおうと思い切って彼に尋ねてみることにした。
「キクロス様はなぜ騎士になられたのですか?」
「随分と突然だね」
キクロスと並んで歩いていた騎士も荷物を抱え直して興味深そうにキクロスの方へ視線を向けた。
誤魔化せない雰囲気に観念したように、昔を懐かしむような目でキクロスは語り出した。
「初めの頃は、ただただ騎士としてなすこと全てが新鮮だった。だからブクリエに身を置いていただけだったんだけど、段々と幼馴染の友人の成長を傍で見ていたいと思うようになってね」
「ナスタチウム四番隊長のことでしょうか」
目を伏せ頷いたキクロスは、凪いだ夜の海のような微笑みを浮かべた。
「彼はね、いつか団長になる人間だよ。僕が興味をそそられること好きなのは君も知っているよね?」
アリッサムと騎士が首を縦に振ると、キクロスは目を開け愛好をより一層崩した。
「どんな娯楽よりも、彼がどんな騎士になっていくのかが気になってしまってね」
騎士になればブクリエの寮に入ることになる。例外であるキクロスは別として、ほとんどの騎士は理由なしに外出は許されない。家族とでさえも、会いたい時には会えなくなってしまうのが騎士というもの。
もしもキクロスが入団していなければ、友人であるナスタチウムともほとんど会えなくなる。会えたとしてもごく短い休暇の際か、凱旋パレードの時に遠くから見る程度に限られてしまう。
「キクロス様らしいです」
「そうだろう?。入団出来てしまったのには僕もびっくりだったけど、これも運命ということだね」
おどけてみせるキクロスを横目に、アリッサムは考える。
しかし…称号としては二番隊であるキクロス様の方が技量は上とお認めになられているはず。キクロス様のお耳には届いていないようですが、団長候補として彼の名前が既にあがっていた。
それとなく問いを重ねてみようとしたところで、同じ疑問を抱いていたらしい騎士が先に尋ねた。
「キクロス様の技量は群を抜いていますし、次期団長は貴方になるのでは?」
「僕にはなれないよ」
まるで当然とでも言いたげな表情で断言した。
「僕は騎士としての精神がこれっぽっちもないし、団長の座につかせるには奔放すぎる。それに比べてナスタチウムの誠実さと愛国心はブクリエの宝だ。ブクリエにとってもこの国にとっても必要なのは彼だと、いずれ誰もが気がつくよ」
含みのある言い方に再び疑念を抱くが、アリッサムが尋ねる前にキクロスが先に口を開いた。
「それにね、僕はナスタチウムが団長になるのを見届けたら、海を渡るつもりなんだ」
「「え」」
初耳だった。
騎士をお辞めになる可能性については十二分にあると考えていたけれど、まさかこの国さえ出ようとお考えだったとは。
「僕の夢はもともと世界を渡り歩くことだからね。僕に人を惹きつける力があることは自負しているし、それはきっと他国でも通用すると思う」
彼は焦がれるように海を一瞥すると、ブクリエのある方角へと視線を戻した。
アリッサムは、改めて自分の恩人を尊敬し憧憬の念を抱いた。自国の思想に囚われず、自己を貫くその意思の強さ。誰をも魅了するその美しい容姿と、柔らかくなめらかな声音。人に愛されるために生まれて来たような彼と出会えてよかったと、アリッサムは一人胸のうちで噛みしめていた。
「その時はご一緒させてください」
「君がそうしたいなら、ついておいで」
「僕は騎士をやめられないけれど、手紙を書きます」
「嬉しいけれど、定住しない僕にどうやって手紙を届けるのかな?」
「あ」
港が遠のき暗くなった道に笑い声が咲く。彼らの足元を、何光年も離れた星から届いたいくつもの小さな光が照らしていた。
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