7.夜の港へ

 午後の訓練に出席したキクロスは、そこで約束した仲間の騎士数人を連れて夜の港に繰り出していた。もう日が沈んでから随分と経つというのに、港は温かみのある橙色の沢山の灯りにぼんやりと照らされていた。



「わあ素敵な場所ですね。俺あっちに行ってもいいっすか?」


「いいよ、行っておいで」



芳ばしい香りのする屋台へと子どものように駆けて行ったのは、まだ入団したての騎士だ。その無邪気さに温かい気持ちになっていたキクロスの隣で、屋台へ駆けて行った騎士より一年前に入団した後輩騎士がソワソワとしていることに気がつく。



「港に来るのは初めてかい?」


「ええ、僕は山の方の育ちなのであまりこっちには…」


「なら、今日は目一杯楽しもうじゃないか。あそこの店には君の大好きな菓子や果実酒が売っているし、家族へのお土産ならこっちの店がお勧めだよ」



 港町の独特な雰囲気にも慣れてきた後輩騎士が家族への土産を買いに行ったのを安心したように見守るキクロス。そんな彼を後ろから半眼で見ていた騎士、アリッサムはため息をつく。



「いくら団長の秘蔵っ子とは言え、流石にまた抜け出したと知られればお叱りを受けますよ」


「そのためにお目つけ役の君がいるんだろう?」



アリッサムは困った風に肩を竦めた。

 彼女はある戦いの際、キクロスに救われた異国の少女だった。本来ならこの国にいるだけで捕まり処刑されるはずだった彼女を、キクロスが養子にしたことで彼女は今もこうして生き延びることが出来ている。

 生まれがこの国でないということは伏せ新しい名で生きている彼女は、今日日まで虐げられることはなかった。例え肌の色が浅黒く瞳の色が他と違えど、この国の民として生きていれば人並みに生活することは出来た。

 成長したアリッサムは自分もキクロスのようにありたいと考え、彼と同じ騎士を志した。今や数少ない女性騎士としてブクリエで活躍する一騎士である。

 小言を受け流すように鼻歌を歌っていたキクロスは不意に手招きをし、傍に寄ったアリッサムの耳元で囁いた。



「ああ見えて、彼らは先の戦いで結果を出せなかったことに落胆しているんだ。気分転換になるかと思って連れ出したんだよ」



部下思いだろう?、と言いたげなキクロスを無視してアリッサムは辺りを見回す。

 初めてこの港町に来た頃、彼は私をあの後輩騎士と同じ様にこの港で励ましてくれた。私は騎士である彼しか知らなかったけれど、傍でその姿を見ていくにつれて疑問が浮かぶばかりだった。



「これをくれるかい?」



装飾品を並べた屋台の前で足を止めると、キクロスは華奢なブレスレットを指さした。



「おや騎士様じゃないか。こんなボロの店に足を運んでくださって、ありがとうございます」


「おばさん僕だよ、キクロス」


「なんだ、お前かい。驚かさないでおくれよ」



先程とはうって変わった様子の店主から乱暴に差し出された掌にくすくすと笑いながら硬貨を落とすと、店主はブレスレットをキクロスに渡した。



「僕も騎士だよ?」


「あんたが騎士って聞くと今でも疑っちまうよ。港全体をだまくらかす盛大な嘘なんじゃないかってね」


「これでも昔よりは騎士然と出来ていると思うんだけどなぁ」



 そう、彼が騎士であることが不思議で仕方がなかった。港に流れる数多の音楽の中で舞い、歌い、人々と交流を重ねている方が、騎士として剣を握っているよりもよっぽど彼らしい。

 道行く人の誰もが騎士でない彼を知っていて、手を振る彼に手を振り返していた。旅人と思しき人間がいれば話を聞き、まるで旧知の友人かのようにすぐ打ち解けていた。

 この国は王妃が多国の人間に殺されてから多国からやってきた人間には風当たりが冷たい。しかしどんな人間も流れ着くこの港だけは、他国の人間も肩身の狭い思いをしなくて済んだ。

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