誘惑

9.城の地下室

 あんな風に言われてしまっては、気になってしまって他のことが思うように手につかない。気は進まないが約束通り、週末騎士の仕事を終えた丁度消灯前の時間、ナスタチウムはジョンキーユの部屋を訪ねてみることにした。



「ボンソワール、ナスタチウムさん。ふふ、来ると思っていましたよ。ではこちらに」



いやらしく笑う彼に勧められ、警戒しつつも彼の部屋に足を踏み入れる。

 すると彼は後ろ手に鍵を閉め、無駄のない動きで窓際へと近づき窓をそっと開けた。

 月光が差し込むそこから何の前触れもなく飛び下りるジョンキーユに慌てて続き、ナスタチウムも柔らかい草の上に着地する。



「こんなにコソコソしなければならないような場所に行くのか」



声を落として問いかけるが、彼は答えなかった。仕方がないので黙ってついて行くと、彼は堂々と城へ足を踏み入れようとする。



「おい待て、ジョンキーユ」


「何でしょう」



何でもないように肩越しに振り返る彼もまた、声を落としている。



「城に侵入するなんて聞いてないぞ。俺は戻らせてもらう」


「嫌だなぁ。私が許可なくここに来ているとでも?」



煽るような笑みに押し黙っていると、「ちゃあんと王子様の許可を得ているのでご安心を」と松明を押しつけられた。

 どこを見ても暗い石造りの壁しかない通路を行き、壁にしか見えなかった戸を抜ける。

 通された部屋にまさか本当に王子が――それもラシーヌ第一王子がいるとは思ってもみなかったので、ナスタチウムは慌てて王子の足元に跪いた。



「ボンソワール、ラシーヌ様。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。わたくしブクリエ二番隊長のナスタチウムと申します」


「こちらこそ悪いね。ジョンキーユにお友達を連れてくるように言ったのは私なんだよ」



王子に呼ばれていると何故もっと早く言わないんだ、とジョンキーユを責めるような目で睨んだナスタチウムだったが、そこで冷静になって考え直す。

 王子との正式な謁見であれば、城の表から入り謁見の間に通されるはず。人目につかぬようなあんな抜け道を通って来たということは、これは正式に認められた謁見ではない。

 正式に呼ばれていないということは、何かよからぬことに巻き込まれている可能性がある。それも、怖いもの知らずなジョンキーユがブクリエの寮内ではとても口に出来ないような。



「では行こうか」



 三人が向かったのは、城に住む者にさえ知られていない忘れ去られた地下室だった。

 そこには戦に負け捕まった多国の人間が収容され、処刑までの数日間を過ごしているの場所である。しかし、牢獄の中にそれらしき人影は見当たらない。



「ここで見たことは他言無用だ。いいな、ナスタチウム」



そう言って錆びた音のする鉄製の格子扉をラシーヌが押し開けると、悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。



「鳥…?」



ナスタチウムの口からこぼれた疑問には、高揚感から頬を紅潮させたジョンキーユが答えた。



「キメラですよ」


「キメラだと?」



 かつては拷問部屋と称されていた空間には、薬品が零れ出ている瓶や空の注射器などが転がっている。研究者と思しき人間が数人、怪しげな面をつけ忙しなく狭い空間を行き来していた。

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