11.偶像崇拝とキメラ

「偶像崇拝はわかるだろう?。神ではなく、神の姿を投影した現世の対象物を崇拝するあの」



ナスタチウムが無言で頷くのを見て、話を続けるラシーヌ。まるで観劇した後、共に観劇した者と役者たちや作品についての賞賛や感想を語らうかのようにラシーヌは楽し気に言葉を紡いでいった。



「どうせ偶像崇拝をこの手で作り上げるならば、物言わぬ石像や絵画ではなく動く偶像を生み出そうと思ってね」



ラシーヌが指を鳴らすと二羽のキメラが現れた。先程まで狂ったように叫んでいたものとは違い、かなり人間に近しい容姿をしていた。その背中からは立派な羽が生えており、異国の言葉ではあるが、はっきりと罵詈雑言を吐いていることがわかる。二人とも二羽とも言えないこの目の前にいる者たちには人間と同等の知能が備わっていることが窺えた。



「ナスタチウム、君は彼らが何とかけ合わせた生き物だと思う?」



こちらを試すような鋭い瞳に射られ、ナスタチウムは一瞬口ごもる。



「鳥と人…でしょうか」


「正解だ。どうせ先の長くない敵国の負け犬を実験台に、知的好奇心を抑えられないそこの仮面たちにある薬を作らせた」



ラシーヌは仮面の男から、不気味な色をした液体の揺れる瓶を受け取り、ナスタチウムとジョンキーユの前で軽く振る。



「ではジョンキーユ、普通の人間を鳥とのキメラにする薬が完成した今、私が目論んでいることが何かわかるか」



ええわかりますとも、と楽し気に人さし指を立てたジョンキーユは世間話をするかのように淡々と答える。



「ブクリエの一部の騎士にその薬を投与してキメラにし、この国に偶像崇拝を浸透させることです。元より騎士は愛され崇拝されているようなもの、他の何かを偶像とするよりも早く民は崇拝してくれるでしょうからね」



 恍惚とした表情でジョンキーユが告げた言葉に、夕食が胃からせり上がってきて咄嗟に口を押える。



「正解だ」



 ひとしきり吐き出したナスタチウムの背を、ラシーヌは恐ろしいほど優しい手つきでさすった。



「偶像崇拝がこの国に浸透すれば、父上が望む神への信仰についてはクリアだ。その偶像崇拝を使い私が何を企もうと、父上はもう何も言うことは出来まい。願いは叶えてやったんだからな」



ジョンキーユは「御見それしました」と、どこまでも嬉しそうな様子で両手を唇の前で合わす仕草をしていた。

 王子のものだということも構わず、ナスタチウムは背に置かれた手を振り払って立ち上がり口を拭った。



「なぜそんな外道のような真似を?」



面食らったように目を見開いたラシーヌは、彼の言葉を一笑に付した。目の前の正義感に満ちた青年を見据え、逆に問いかける。



「君には理解が及ばないかもしれないが、国を守る人間というのは多かれ少なかれ手を汚すものだ。現に君は国民の命を守るために他国の人間を殺めているだろう?」



言葉に詰まるナスタチウムに畳みかけるラシーヌは、まるで獲物を捕らえた猛獣のような鋭い視線で彼を捉えて離さない。



「人殺しが外道でないはずがない。私は己を外道だと認めた上で事をなしている。人を殺しておきながら自身が潔白だと思い込んでいる君の方がよっぽど質が悪いと思うが?」



ラシーヌはナスタチウムの目睫もくしょうかんに迫ると、今度は誘惑するような甘い声音で問いかける。



「同じ外道だからこそ問おう。ナスタチウム、君には消えてほしい人間はいないのか?」



脳裏に一瞬、キクロスの顔が浮かぶ。



「聞けば君には幼馴染で同期の騎士がいるとか。彼は君と違って遊び惚けているのに、君より二つも上の隊に所属しているらしいね」



ジョンキーユに向けて睨みを利かすが、彼はどこ吹く風だ。

 怒りに震えていると、ラシーヌはまるで宥めるように肩を叩いた。そしてナスタチウムの耳に唇が触れるか触れないかの距離で甘く囁く。



「キメラとなった者に位も何もない、人間でなくなるのだからな。邪魔者が消えた暁には、君は間違いなく一番隊に所属出来る。すなわちブクリエの団長へ就任できるということだ。それはこの私が保障しよう」



悪魔のような囁き声が、ナスタチウムの頭に反響する。自分の醜い欲望から目を覚まそうと、何度も頭を振る彼にラシーヌはとどめを刺す。



「キクロスが目障りなんだろう?」




何も言えなくなりその場に立ち尽くすナスタチウムを見て、ラシーヌは満足そうに微笑む。

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