5.騎士入団試験~面接試験~

 最後は面接試験。父親が第一番隊の隊長、つまりブクリエの団長だったことから、面接試験まで残ればナスタチウムの入団は難くなかった。もし父親のコネクションがなかったとしても、彼の真面目さや実直さが態度や言葉から滲み出て審査官に好印象を与え合格していたことだろう。そうでなくても彼は幼いながらに愛国心が強く、子どもの頃から騎士になることを夢見て鍛錬し続けてきた実績がある。サブルールとアルシェの試験も難なく突破し、高得点を勝ち取っている彼が入団出来ないなんてことはありえないと言ってもいい。

 一方キクロスの面接では、彼があまりにユニーク過ぎて審査官を困惑させていた。



「じゃあ君は、騎士を目指しているわけではないんだね?」


「はい。僕の夢は知り合った旅人と共に海を渡ることです。日銭を稼いで、色んな港でその国の文化に触れて自分のものとして吸収したいと考えております」



 騎士に入団するつもりのないキクロスは正直に聞かれたことに答えているだけだったが、入団するつもりのない者が試験を受けに来ることなど想像もしていない審査官たちからしてみれば、彼の発言は突飛だった。

 そんな不思議な少年に驚きを通り越して興味を持つ審査官もいれば、眉をしかめる審査官もいた。



「自他問わず人生を豊かにすることこそ、僕の存在意義だと思っています。僕の存在が人々を幸せにするんです、素敵でしょう?」



悪びれることなく騎士とは関係のない夢を語るキクロスにしびれを切らした審査官は尋ねた。



「ならどうして港ではなく、ここにいるんだね?」


「友人の誘いです。この試験も、冒険者が乗り越えるような試練に似ていたから興味を持ちました」


「…それだけかな?」


「はい、それだけです」



 キクロスが面接に使われていた厩舎横の部屋を後にすると、審査官たちはざわめいた。



「彼、騎士をなめているんですかね」


「面白い少年じゃないですか。十分な技量があるのに騎士を目指していないなんて。ふふふ」


「私も同意見です。それに好奇心旺盛な若者は嫌いじゃありませんよ」



思いのほか、キクロスに好感を持っている者が多くいた。



「ですが、騎士として入団させたところで、ある日突然海に出ますなどと言われては困ります」


「騎士というのは奥が深い。彼の興味がブクリエ《ここ》に向いている限りはどこにもいかないでしょう」



キクロスの言動については賛否両論だったが、そんな審査官たちが口をそろえて彼を入団させたいと考えた理由が二つあった。



「彼はナスタチウム君に次ぐ成績上位者だ。アルシェの試験に限っては、あれがまぐれでないならナスタチウム君をも上回る」


「それに、彼の能力はそれだけにとどまりませんよ」



キクロスは試験中も絶えず周りをよく見ていた。普段から港という多くの人の波の中で暮らしているせいか、彼は自然と入団希望者たちと打ち解けていた。



「試験中に具合が悪くなった者がいただろう?。それに一早く気がついたのも彼だ」


「アルシェの試験で助言を求めた者に、渋ることなくそのコツを教えてもいましたね」


「上位騎士として必要不可欠な素質です。仲間の面倒をみる力は身につけようと思ってもなかなかに難しい」



それに、と騎士入団試験の責任者である審査官が口にした。



「最近の入団希望者は頭で考えがちで、指示がないと動けない者が多い。技量はそれなりにあるが、実際の戦場で命を落とすケースが増えている。団結力が乏しく、その上個々人の判断力も遅い」



審査官は顎に手をやりながら考え込んだ。



「騎士団の中に新しい風を吹かせてみるのもいいかもしれんな」



彼の一言で、キクロスの入団が決まった。

 結果はその日のうちに通達された。ナスタチウムとキクロスは、入団したばかりの騎士が属する中で最も上級の隊への入団が決まった。手放しで喜ぶナスタチウムの隣で、キクロスは複雑そうな表情で苦笑した。



「おかしいね、面接試験で落ちたと確信したのだけれど」


「何でもいいじゃないか。一緒に騎士になれるんだからッ」



そう言ってキクロスと目を合わせたナスタチウムは、はっとしたように肩を落とした。



「キクロスは騎士になるつもりはないんだったよね、これまで色々あって忘れていたよ」


「いや?」



キクロスの意外な発言に思わず期待に顔を上げる。



「気が変わったの?」


「興味が湧いたよ。なぜあの酷い面接がありながら、僕を引き入れたのか。それにアルシェは思いのほか楽しかったから」



微笑むキクロスに再び抱き着くようにして、ナスタチウムは二人で入団出来ることを心から喜んだ。

 二人は寮でも相部屋となり、密かに会っていたこれまでとは違ってこれからは堂々と一緒に過ごすことが出来た。それも毎日だ。

 しょっちゅうブクリエを抜け出しては港に遊びに出かけるキクロスは、いつも先輩騎士に怒られていたけれど手のかかる後輩だと可愛がられてもいた。

 厳しい寮生活の中でも仲間の士気を無意識に上げていたキクロスを、最早手放したくないと考えるようになった騎士団上層部の暗黙の了解で、彼の自由奔放な振る舞いも例外として黙認されていた。

 キクロスの特別扱いにまだ何も感じていなかったナスタチウムは、今はただただ二人で楽しく過ごせることを喜ばしく思っていた。

 父親が退団したのはそれから数年後のことで、ブクリエでの生活が中心となったナスタチウムにとって、キクロスというかけがえのない友人は心のよりどころでもあった。

 早起きが得意な二人は訓練までの時間、早くに朝食を済ませて読書をした。午前と午後の訓練必ずどちらかを「僕は飽きたよ」と言ってさぼるキクロスを探しに行くのも、かくれんぼをしているような気分でナスタチウムもどこか楽しんでいる節があった。自分専用として与えられた馬に名前を考えるのも、夜遅くまで部屋の窓から星を眺めて翌日の午前の訓練に遅刻した日も、初めて実際に戦地に赴き戦いの凄惨さと命の重さを実感した日も、歳の近い仲間が殉職し涙を流した日も、二人はどんな時も共に歩んだ。

 キクロスとナスタチウムはお互いに足りない部分を補い合って、支え高め合いながら立派な騎士になることを目指した。

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