4.騎士入団試験~サブルールとアルシェの試験~

 騎士入団試験当日。キクロスはナスタチウムに連れられ、ブクリエの中腹に来ていた。

 いつもはナスタチウムが稽古している彼の父親の入寮する建物の庭にこっそり出入りしているキクロスは、ブクリエへ正式に足を踏み入れるのは初めてだった。

 入団希望者は来た順に早速隊列を組まされた。気を引き締めるため両頬を叩くナスタチウムの横では、キクロスが大きな欠伸をしていた。

 騎士になれるか否かという張りつめた空気の中リラックスしすぎている彼に、周りからの刺すような視線が集まり出す。審査官に目をつけられる前に、気がついたナスタチウムが彼を肘でつつき注意する。



「時間だ。ではまずサブルールの試験を始める。試験では模造刀を使うが、実剣と変わらぬ重さと長さの物を使用してもらう。順に剣を取れ」



 サブルールの試験は二対二の戦闘方式で行われた。毎年審査官相手に一対多、一対一、あるいは入団希望者同士の二対二のいずれかの方式で行われている。今年は例年よりもより団結力や視野の広さ、空間認識力が試される入団希望者同士で行う二対二の方式が採用されたらしい。

 父親と共に予め試験の対策を練っていたナスタチウムにはその辺りの審査官たちの思惑が手に取るようにわかり、そのおかげか他の入団希望者たちよりも比較的落ち着いて当日明かされる方式の決定を受け止めていた。



「次はそこの二人とその後ろの二人だ」



どうやらナスタチウムとキクロスがペアを組むことになったらしい。キクロスの技量については多少心配なところがあったが、団結力では他のどのペアにも負けない自信があった。



「始め」



研鑽を積んで来た自分が攻撃に徹するのが妥当だろうと判断したナスタチウムの初動を見て、それを暗黙のうちに了解したキクロスが守備に回る。

 基本的な技術を取得していないキクロスに攻撃が向けば、勝利を確信した相手の僅かな隙にすかさずナスタチウムが鋭い斬撃を繰り出す。ナスタチウムが押されれば、規範となる従来の戦い方など微塵も知らないキクロスが守備から一転、普通なら思いつかない攻撃を仕掛ける。

 楽し気で一見すると舞踊と見紛うほど無駄のない二人の美しい動きに、審査官だけでなく共に試験に参加した者たちでさえ感嘆を漏らし、歓声を挙げた。

 斬新な戦闘スタイルと優れたコンビネーションは、有無を言わさず高得点をたたき出した。



「キクロスのおかげでサブルールの成績で一位を取れたよ。ありがとう」


「僕のおかげだなんて謙遜せず、もっと自分を褒めたらどうだい?。これはナスタチウムの日々の努力が報われた結果さ。僕はただ見よう見まねでやっただけだから、この結果は間違いなく君の鍛錬のたまものさ」



 続いてのアルシェの試験はサブルールよりも難易度が高いものだった。入団希望者はごく普通の家庭で育った者が多く、試験の訓練場などがないため弓射の訓練をまともに出来ていない状態で試験本番を迎えることがほとんどだ。

 ナスタチウムは父親が騎士であるおかげで、練習の際特別にブクリエ内の訓練場を使用させてもらっていたので難なく試験を突破した。



「キクロス大丈夫かな」



 次はキクロスの番だった。彼も他の入団希望者の例に違わず、弓射の訓練など皆無だ。

 しかし彼は弓の感触を楽しむように右手で握り込み、左手で矢を持ち構える。

 目一杯引かれた矢が彼の手から離れようとしたその瞬間、的が揺らぐ。他の入団希望者の足を引っ張りたい者が密かに的へ小細工を仕掛けたのだろうか。否、ブクリエの警備体制はそんなに甘くはない。ではアルシェの試験日としては都合の悪いこの強風のせいだろうか。いずれにしても、的を外した者はいかなる理由でもアルシェの試験には合格出来ない。なぜなら、戦場ではどんな状況下にあろうともその矢を敵に当てなければならないからだ。どんなにそこに正当な理由があろうとも、戦場では矢に当たらなかった敵は生き延び、仕留められなかったその敵が仲間を幾人も殺し、己の命さえ脅かすからだ。



「的が落ちるッ」



そう叫んで青ざめるナスタチウムとは裏腹に、キクロスは絶体絶命のこの状況すら楽しむように口の端を上げたかと思うと、舌で唇を舐めた。キクロスは直立状態から即座に態勢を変え、地に膝をつき素早く矢を放つ。

 試験場全体が静まり返る。落下という動きを持った的の、しかもど真ん中にキクロスの矢は命中していた。



「凄いよキクロスッ、君って本当に凄いやッ」



試験中だということも忘れ、ナスタチウムがキクロスに抱き着いたのを機に、入団希望者たちが彼の技量に歓声を挙げ口々に賞賛を送った。その場は最早試験会場ではなく、賭けに興じる者を観て楽しむ酒場のようでもあった。



「し、静かにしなさい」



呆気に取られていた審査官たちがその狂騒にやっと職務を思い出したところで、アルシェの試験は一時中断となったのだった。

 地に落ちた的が回収され、新しい的が設置され直す様子を見ていたキクロスは「気分が乗った」と悪戯に笑って見せた。

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