第14話 殿下の研究  

       🌊


 最終学年ともなれば一般的な魔法に関する座学はなく、個人でもグループでも、自分達で研究を進め、実践していくのみ。


 そのため、担当教官と共同の研究室を持ち、個々で活動する。


 より少ない魔力で効果を得られるよう、術式を組み換える研究をする者、守護精霊の助けを最大限活かして、自身の魔法の効果値の強化を図る者。

 中には、召喚魔法を研究し、妖精や妖魔、精霊などを喚び出して使役するすべを探る者や、魔獣や妖魔をテイム使役契約魔法して飼い慣らし、個性を活かした魔法や特殊能力を使わせようとする者まで、その研究は様々である。



「僕の研究は、あの災害以降、共同魔法──共鳴や重ねがけ、協調などの、お互いの魔力の親和性を重視した、今までにない大きな効果を、より少ない魔力で得られる事なんだ」


 目を輝かせて語る殿下は、まるで夢を語る少年のよう。

 実際、殿下にとっては叶えたい夢なのだろう。


 殿下に誘われるまま、断ることも出来ずに、殿下の研究室に招かれ、温かいハーブティーをいただいている。

 殿下自ら淹れてくださったものだ。

 他の研究生や助手は午前中は個人の研究を進め、メイドや執事達も含め、みな午後から合流するのだという。


「あの時、さすがに僕でも、あの土石流を受け止めるのが精一杯で、なんとか城ごと地滑りを起こすのは食い止められたものの、それすら出来なかったら、城下町は山津波と化した王城と土石流に押し流され、土と倒木や巨岩の下に埋まっていただろう」

「殿下だから出来たことですわ。わたくし達には、あれだけの土や倒木や巨岩が雪崩れるのを受け止めることなど、魔力も精神力も足りませんもの」


 私がどうにかするとしたら、土霊や風霊、それらの上位種に働きかけて、雪崩れる事自体を止められないかと願うことくらいだろうか?


「それだよ、エステル。

 僕ら普通の魔法士達は、精霊の世界の営みの一部を切り取った望む効果を、目指した場所に起こすことだけ。こういった事をやりたいといった具体的で創造的な事は出来ない。

 火を点ける、水を流す、風を起こす、地を掘り起こしたり土を盛り上げたり。それらを組み合わせて、よりやりたいことに近づけた効果を出すだけだ。

 でも、精霊と心を通じ合わせて、目的の効果を直接導き出せる精霊魔法は、極めれば、最強最大の魔法になると思うんだ。

 だが、精霊と直接交信する事が出来るのは、アァルトネン血族の中でも優秀な者のみ。


 だから、せめて一般的な魔法士でも、それぞれの得意分野で、親和性の高い信頼出来る仲間同士で魔法を重ね合わせて、精霊術に近い効果を出せるようになれば、どんなことにも心強いと思う。


 エステル。力を貸してくれないか?」



 殿下の、透き通る宝石のようなアメシストの目で見つめられると、なんだか落ち着かない。


 目を逸らすのも不敬とは思うけれど、殿方に間近で見られて恥ずかしいのと、高貴な方に見つめられて畏れ多く落ち着かないのと、もうクレディオスに義理立てする必要はないものの縁者でも婚約者でもない男性と身近にいる居心地の悪さに、両手で挟むように持ったハーブティーの茶器に目を落とす。


 殿下は、話の途中で目を逸らした不敬を咎めたりはせず、目元を緩めて微笑まれた。


「エステルは、今は何の研究をしているの?」

「特には。この子、ルヴィラの望む環境を整えたり、自然の中に身を置いて、わたくしの魔力や霊気などの存在値をまわりに溶け込ませて、よりルヴィラとシンクロしやすい精神力を高める事を訓練しています。そうすることで、ルヴィラの力をより効果的に引き出せるようになると信じていますので」

「そう。僕の守護精霊とも、そういった関係は築きあげられるかな」

「殿下なら、きっと」


 それは、慰めやいい加減に言ったことではない。

 殿下のまわりを飛び回りながら寄り添う精霊は、ルヴィラよりも大きい水の精霊だったが、風や光の性質も持ち合わせていた。

 そして、殿下をとても慈しんでいるのが感じられる。


 だから、きっと、精霊と心を通じ合わせて、仲良くなれる。


 また、私の魔力との親和性が高い理由もなんとなく判った。


 ルヴィラは、水と風の属性を修得した光の精霊。

 殿下の守護精霊も、風と光の性質も持ち合わせた水の精霊。

 どちらも大きな力を持った古い精霊で、扱う属性も同じ。

 私と殿下の魔力も、守護精霊の加護で同じ属性が強くなっていく。


 だから、偶然ではあるけれど似た性質の、親和性が高い魔力と霊気を育んでいたのだ。


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