第12話 二度と乗ることのない馬車
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この国には、三人の王子と二人の王女がいる。
王太子でもある第一王子は、内政の一部と外交を陛下の補佐をしながら行い、第三王子は、主に国防を司る。
第三王子殿下は、王族らしく魔法も強いけれど、特に剣術・槍術、馬術などが優れ、士官学校を飛び級で卒業する優秀さで以て騎士団の副長も務めている。
私を崖の下から助けてくださったエリオス殿下は、魔法に優れ、魔法の強度や効果値、使える種類にも係わる能力値の魔力も高く、魔法を行使するエネルギーとしての消費魔力量も強大である。
その大きさは、定期的に魔法を使い魔力を消費しなければ、内包する魔力に当てられ体内を傷つけたり自家中毒症や魔力暴走を起こしてしまうほどだという。
能力値の高さも善し悪しである。
そのため、幼少期から魔法士学校に研究室を持ち、安全に魔力を消費しつつ魔法研究を重ねてこられた。
その結果、より一層魔力を強めてしまったけれど、そのおかげで、王城ごと山から地滑りを起こすのを、大量の土石流だけに留められたのだから、良かったのだろう。
何事にも真摯に向き合い、王家に生まれた事を、その身を灼くほどに魔力が膨大でも、傲ることも腐ることもなく、弱冠
かくいう私にとってもエリオス殿下は、魔法士として目指す目標のひとつでもある。
民を守れるほど、魔法士としてもっと研鑽したい。魔法士として、認められたい。
その思いには、家族に父や義母、妹に、家族だと認められたい、団欒の輪に加わりたいというものがあった。
あったけれど、それはもう、諦めた。
だから、せめて、アァルトネン公爵家の魔法士として、国の役に立つ人間になって認められたいと、魔法士学校の勉強だけは、何があっても手を抜かずにやって来た。
来年卒業して、出来れば魔法師団、少なくとも魔法省のいずれかの部署に就職して、生活が落ち着いたらクレディオス様と結婚して、次期当主になる基盤固めに入るはずだった。
「ええ~、やだ、もう、クレディオスさまったらぁ」
朝、学園へ行く前のひととき。
お父様は先に王城へ出仕なさった後で、私の朝食が済む頃を見計らって、毎朝、クレディオスが迎えに来る。
今朝も。
だけど、もう、クレディオスの馬車に乗って通学することはない。
昨日、婚約解消を父に聞かされた後、意義はないという旨の文書にサインをさせられたので、私達はもはや婚約者同士ではなくなった。
だから、仲よく侯爵家の馬車に乗せてもらって通学する必要も意味もなくなったのだ。
それでも、ここに来るのが日課になっているクレディオス様は、義母と妹エミリアのご機嫌伺いと称していつものように、学園に遅刻しない程度に、三人で食後のお茶と会話を楽しむのだろう。
私は、楽しげな声のするサロンに背を向け、家令達使用人の見送りで、通学用に調えられた装飾のない馬車に乗り込む。
「お嬢様、もう少しだけ
もう少し我慢すれば、どうなるというのだろう。
「
目障り? 別に、目障りだとか、排除したい者などいないのに。ただ、見たくないだけ。ただ、私も見て欲しいだけ。
家令の言葉に私は反応することなく、馬車の扉は閉じられ、公爵家の紋章の入ったマホガニーキャビネットの馬車は静かに滑り出すように発車した。
家令は、母が当主だった前、祖父の代から仕える執事の中でも最古参で、信頼出来る人物だったのに、なぜ、あんなことを言うのだろう?
私が誰かを目障りだと言う筈はないのに⋯⋯
もしかしたら、私が、この家から追い出されてしまうのだろうか。そうしたら、お父様お義母様、妹とクレディオス様という、触れられる位置にありながら決してその温もりを感じることは出来ないものを、見なくても済むようになるという事だろうか。
この時には、もう、家族に関しては、私は冷静にものを考えられなくなったいたのだろうと思う。
玄関口に横付けされた、もう二度と乗ることのないであろうアーヴィッコ侯爵家の紋章の入った黒塗りの、二頭立て二人乗り馬車が小さくなっていくのを、ただ眺めていた。
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