第11話 推挙   

       🎭


 エリオス殿下は、エスコートしてとっていた私の手の指先に軽く口づけて、敬意を表す挨拶をした。


 驚く父と義母。義母と妹の眼が見開いた後、やや醜悪な光を灯したことに気づかないフリをした。


 ──いつものこと


「で、でで殿下? エステルは、その、デビュタントは済ませたもののまだ学生でして⋯⋯」

「もちろん識ってるよ。魔法士学校の同期だからね。

 わたしは、自他共に認める国内随一の魔力と魔力量を誇るけれど、精霊魔法は明るくなくてね。精霊魔法では国内一番のアァルトネン公爵家の当主にぜひにもご教授願いたいと、先の災害の時から考えていたのだよ。

 あの時は、わたしの力技で抑えたけれど、精霊魔法が使えたらもっとスムーズに、周辺への被害もこの身の負担も、少なく抑えられたのではないかと思ってね。

 こうして、命の恩人に教鞭を願い出ているのだけれど、あまりいい返事をもらえなくてね。

 父親であるリレッキ・トゥーリからもぜひ説得してくれないかな?」


 殿下は物腰柔らかく丁寧に話しているけれどその言葉は、自分の能力が認められない、日々不当な扱いを受けているとすら思っている父の、コンプレックスを刺激するもの言いにも感じられた。


 私がそう思うのだから、本人もそう思ったに違いない。

 額の辺りを赤黒く染めて言葉を探す様子は、やはり傷ついたのだろう。


「そ、れは、どうでしょうか。エステル自身まだ未熟なもので、お役に立てるか⋯⋯」

「基礎が出来ていて、魔法士学校でも優秀な成績を修める彼女になら、共同研究も進むと思うのだけどね」

「あら、あなた。殿下から望まれるのなら光栄なことなのではないのかしら? 殿下も仰る通り、お互いまだ学生なのですから、学び合うだけでしょう? なにも、宮廷魔法士として国のお役に立てと命じられている訳ではありませんわ。学生同士多少の失礼ヽヽがあっても許されるでしょう?」


 父はあまり乗り気でないみたい。そして、義母の言い方も、父を宥め私を推挙しているようなもの言いでありつつ、私が殿下の役に立たないだろうけど構わないといっている風にもとれる。



「聞きしに勝る、だね。いつもこうなのかい?」

「お恥ずかしい限りです」


 殿下の要望に素直に応えづらい父と、表向き勧めておきながら私が何か失礼すると決めつける義母。

 エリオス殿下は苦笑いで、こっそりと耳打ちしてきた。


「どうだろう? ここで居場所がないというのなら、学園でも魔法省でも、寮を用意するよ?」


 この家を、出られる? この家族から離れて暮らす?



「まあ、無理にとは言わないが、出来れば前向きに考えてくれると嬉しい。リレッキ・トゥーリもエステル嬢も、よく考えてくれ」


 そう言い残し、殿下は、馬車を出して帰って行かれた。





  

「どこで殿下と顔見知りになったのだ? こんな(星が出る)時間まで、どこにいたのだ」


 私が日中何をしていようとあまり関心のない父が、晩餐の手を止め、普通の父親のような事を訊いてきた。


 貴族の晩餐は、一般庶民に比べて遅い時間だ。

 社交の場として夕方から始まる舞台や演奏会などに参加する事が多く、それに合わせて少し前に軽食を兼ねたお茶を摂り、観劇のあと、帰宅して晩餐となるのが習慣になっているためである。夜会の場合は、会場で饗されたものを摘まむため、帰宅して身を清めたら就寝である。


 庶民は、日暮れと共に帰宅し、簡素な食事をしたら、翌日のためにも灯りに使う獣脂や魚脂の節約の(蠟燭は高価で庶民には使われない)ためにも、早めに就寝する。その分、朝は夜明けである。日の出にはすでに活動を始めているという。


 貴族も、当主は朝議のため夜明け前暁七つ(平旦)から身仕度をし、(※旦は日の出の事 例:元旦) 朝日が差す中一人で朝食を摂り、朝イチで登城する。

 ギムナジウムや士官学校、魔法士学校に通う、デビュタント前後の子女も明け六つ (日出) に身仕度を調え朝食を摂り、朝五つ(食事)には授業が始まっている。


「いつもの通り図書館で勉強していたら、殿下に声をかけられただけです。元々親しくしていた訳ではありません。個人的に言葉を交わしたのも、今日が初めてですわ」


 崖から飛び込みをした事は伏せ、いつも帰宅をギリギリまで遅くするために図書館にいるので信憑性はあるだろうし、怪しまれないためにも、殿下の行動範囲であろう学校施設で会ったことにした。


「⋯⋯そうだろうな。だが、命の恩人というのはなんだ?」

「先ほど殿下も仰っていた王城裏手の山津波の事ですわ。殿下が魔力切れをおこさないよう、何度か魔力譲渡を行いました。その事を未だに恩に思ってくださっているだけですわ」

「魔力譲渡? お前の魔力と、殿下の魔力に親和性が?」


 有り得ないと思っているのだろう、かなりの驚きを見せた。

 親兄弟でも拒絶反応を起こすことが少なくないのだ、他人である殿下と私の魔力質が近いとは、とても思えないのは仕方のない事だ。

 ただ、お母さまから、遠くても王家の血は僅かに入っているので、可能性はなくはない。


「ええ。その分、共同魔法などの構築の研究にも、わたくしが役立つとお考えのようです」


 あまり食欲もなかったので、主菜を待たず当主より先に席を立つ非礼を詫び、自室に戻る事にした。



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