15.後光
昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。
先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。
いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。
ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。
そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。
先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。
・
その日は昼間だというのに、雨こそ降っていないものの灰色の雲のせいで外はとても暗く。お日様は隠れているし空は一面灰色で、夕方といってもおかしくないほどにとにかく暗い。
こういった天気が全くないわけではないから、雨降りそうな天気だねー、くらいで普通は終わるのでしょう。でもこの時の私はなんとなくそわそわしていました。天変地異でも起こるんじゃなかろうか、くらいの不安な、どうしようもない気持ち。いろいろ通り越して気持ち悪くなったのも覚えています。
「先輩、今日なんか外暗いですよね」
「おー。雨降りそうだな。傘持ってきたか?」
「傘は、持っていますけども……そうじゃなくって、なんか……」
先輩が何も感じないのであれば杞憂なんだろう、ととりあえず考えるのをやめて、先輩と入れ替わりで休憩が終わったと同時に再び接客に戻りました。なんだか今日は不気味な日です。
「……ねえ、大丈夫? 顔色すげー悪いけど」
「え、そうですか? なんかさっきから寒いんですよね」
仕事をこなしているといつの間にか終わりの時間まであと30分。シフトで次に入っている子があと15分もすればやってきます。
その頃になると私はなんだか悪寒のようなものを感じはじめ、寒いなあ風邪でもひいたのかな、とあまり深く考えずにいました。
「熱でも出るんじゃねーの。もうあと少しで終わるしいいよ、裏で座っとけ」
「お言葉にあまえまーす」
こういう時の私はめっぽう素直でした。ここで無理に、やります、と半ば押し付けのように仕事をこなしてもミスが出るだろうし、なにより今日の相方は先輩です。気の許せる大人が相方なのですから、頼らずにもいられません。それにこういう時の先輩は譲るという事を絶対にしませんし、もしこれが逆の立場であれば先輩は私のいう事を素直に聞くはずだと確信が持てるからこそ、代わりが来てくれるまでは私はフォローする側にまわろうと思えます、これぞ信頼です。
「体温計ある場所わかってるだろ? 計っとけよ」
救急箱の中に入ってたっけ。
棚の上の救急箱をおろして、体温計を探します。中身がぐちゃぐちゃだったのでこの際だからと綺麗に整理し、使用期限の切れたものは勝手にゴミ箱に捨てました。消毒液とコットンで体温計を消毒するとそのまま、自らの体温を計ります。最近の体温計は検温が済むのが早くて驚きです。
すぐにぴぴぴ、と電子音が鳴ったので取り出すと、特に高熱というわけでもありませんでした。もともとの平熱が人より高めで、37度以下という事がめったにないのですが今回も37度ぴったり。とくにどうというわけでもないようです。
体温計を再度消毒し仕舞っていると、従業員用の扉が開きました。私たちと入れ替わりでシフトに入っている子のひとりです。時計を見ると、交代の20分前でした。
私や先輩は5分前くらいに来るのに偉いなあと思いながら「おはようございます」と挨拶を交わした後、「体調悪そうですね、大丈夫ですか?」と声を掛けてくれたので、大丈夫です、と自分なりに元気な様子で返事をします。接客の方もさほど忙しくないようで先輩も顔を出しました。
「お、はやいな」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
私は知っています。この子が先輩の事を好きだという事。出勤の挨拶を嬉しそうに交わしている事。彼女がとてもいい子だからこそ心苦しく思うのです。
私は、先輩を独占している。彼女でもないのに。
周りから見たら、「仲の良い先輩後輩」、または「先輩をすごく慕っている、または恋している後輩とそれを可愛がる兄的先輩」、はたまた「恋人」なのか、とにかく私たちを知っている人、知らない人、いずれから見ても私たちは仲良く映るはずです。先輩もなんだかんだ言って私にだけは特別な扱いをするのです。先輩は、第三者視点からしてもかっこいいという人の方が断然多いでしょう。とても変わり者ではありますが、女性から人気がある事も私は知っています。私はとてもずるいポジションにいるのです。彼女ではないけれど、笑っちゃうくらいに仲の良い、兄妹のような、そうでない。私がいるからこそ寄ってこれない女性もきっと、多いのです。
「ほれ、帰るぞ後輩よ」
「はーい……ご迷惑をおかけします」
私と先輩の繋がりは「心霊・オカルト・ミステリー」。それがなくなったら?
私と先輩は今のようにこうして一緒にはいなくなるのだろうか。
そんなことばかり考えていました。これもきっと、天気のせいなんだと思います。その時はそう思っていました。もう一人のバイトの子が来て引き継ぎをし、着替えも終わって私は事務所を出ました。先輩はまだ着替えているのか出てきません。
暗くどんよりとした空を見上げていると、ふとその下の山の辺り。雲がそこだけ晴れて光が差し込んでいるかのような。照らされた山頂には、両手を広げて肘の関節を曲げ手を上に挙げているような姿で、右手に大幣のようなものを、左手には盃を持った、白い、人の形をした何かが立っています。大きさは、そこからはっきりと目視できるほどでしたのでお金持ちが住む建屋一軒よりも大きかったんだと思います。
そしてその大きな人は右手に持った大幣のようなものを数回横に振ると、そこから空が、だんだんと晴れていきました。その人に後光でも差しているかのように、ひと際大きく光るとあまりの眩しさに目を細めて、自らの手で影を作ります。
次に確認するとそこにはもう、何もいませんでした。変わりに、空に雲はもうほとんど残っていませんでした。
「悪い、待たせた」
「……あ……いえ……おつかれ、さまです」
「……どうした? 本格的に体調ヤバそう?」
事務所から出てきた先輩は心配そうな表情で、歯切れの悪い返しをした私を覗き込みました。そういえば、さっきまで寒くて仕方なかったのがすっかり良くなっています。重い体も弾むように軽くなっていて、不思議な感覚に首を傾げるように捻りました。
「そういえば、体調だいぶ良いです。……晴れたからですかね」
「あー、そういえばすっかり明るくなったな」
先輩の掌が私の頭を撫でます。
「……なんかよくない事ばっか考えてたんだろ。そういう気分にさせた変なものもいなくなったみたいだし、逆になんかすげーの、神様みたいなもの見たんじゃない?」
「え?」
「いつも以上にお前、あったかいもん。キラキラしてるし」
先輩の言ったことの意味がその時はいまいちよくわかりませんでしたが、雲に覆われている時には確かに、私はとてもネガティブになっていました。このままでは自己嫌悪に陥ってどうにかなりそうだ、というくらいに。それがなくなったのは、空が晴れたから……というよりも、あの山の頂きにいらした、きっと神様が私についていた何か変なものを祓ってくださったからなんだと。私を見下ろしながら笑う先輩にその神様を重ねて、私も笑顔で返すのです。
雨の降らない雲で覆われた暗い日は、変なものが寄ってきやすいのかもしれません。皆さんも十分ご注意ください。
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