13.続 B子

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。





 過去に、Aさんが付き合っていたB子さんのその後のお話です。あれから一年以上経ち、Aさんは別の彼女が出来ていました。私はすっかりB子さんについて忘れていたのですが、先輩ととある心霊スポットに行った帰りにAさんから連絡が来て、(その心霊スポットについてはまた別のお話として書き綴るので今回は深く掘り下げません)『B子が死んだらしい』と。急遽Aさんと落ち合う事になりました。


 私はついていく気はなかったのですが先輩が、そのまますぐに向かいたいと言うので私も一緒にAさんに会う形に。Aさんとは地元にあるファミレスで待ち合わせをしていたので先輩はそこへ急いで車を走らせました。



「待ったか?」


「いや、そんなでもない。……今日も一緒かお前ら。仲良いなほんとに」


「俺の趣味に付き合ってくれるのコイツくらいだし。まあそれは良いとして、どういう状況?」


「ああ。B子のツレ(以下Cとします)から連絡来てさ。B子が死んで、通夜が明日で葬式が明後日あるんだけど通夜は参列したいから一緒に行ってくれないかって言われたんだ。なんかCは、B子やB子の両親からいろいろ聞いてたみたいなんだよ。それで、B子と仲は良かったから最後に顔見たいけどちょっと気味が悪いところもあってひとりで行く勇気はないからどうしてもと」


「気味悪い?」


「……前に言ったろ? 俺の後に付き合った男の話。あれからおかしくなっちまったB子の話も。実はさ、B子、そいつと付き合って三か月経ったくらいで別れてたらしい。んで男の方はそれから一か月後にドライヤーで感電自殺。B子は別れたあと多少落ち着いたらしいんだけどさ、男が死んでからまた酷くなって、精神病院かなんかにぶちこまれたんだと。回復してきてようやく出てこれたのに、ひと月くらい平和に過ごして部屋で首吊っちまったって。でも、B子が帰って来てからのひと月でB子の親もおかしくなりはじめて、B子が死んだ事で『やっと解放してやれた』とか呟きながら不気味にずっと笑ってるっつー話」


「確かにそんな雰囲気の通夜なんか行きたくわないわな」


「だよなあ。で、だ。お前、なんも聞いてない? お前の実家で、らしいけど。葬儀」


「まじ? 檀家なの? 聞いてない。そしてA、お前の言いたい事わかったぞ。俺も同行しろってことだろ」


「大正解。正直、Cが言うように俺もちょっとさ、やっぱ不安なんだよ。お前いてくれたら気持ち的にだいぶ違う」



 私は聞くに徹していました。一年以上経ち忘れてはいたものの、聞いた当時はB子さんのその後がとても気がかりだったからです。B子さんは、夢に出てきていた男性とついに現実の世界で出会う事が出来て、どんな縁であれ結ばれた……その結果、最悪な形になってしまったかもしれないけれど。きっと当時のB子さんは幸せだったはず。


 ……だけど、三か月しかお付き合いが出来ずに男性と別れる、という選択になってしまった理由が気になり、しかしAさんがそれを知っていないようだったのであとで先輩に相談してみようと考えていました。


 結局先輩は、仲良しの親友であるAさんの頼みを聞き入れてご実家に電話をしていました。



「礼服ある?」


「え、私も参列するんですか?」


「のつもりだった。久しぶりにって兄さんも会いたがってたし。茶菓子用意して待ってるって言ってたな」


「それはもう断れない雰囲気。でも私明日バイトです」


「あー、そうか。そうだったなー。俺が代わり見つけとく」



 私の代わりにシフトに入ってくれる他のバイトの子は先輩が探してくれるという事になったので、結局私も参列する事となりました。でも葬儀の場に興味本位で行くものではないし、私はB子さんと面識などまったく無い。部外者だし不謹慎なのではないだろうか、と頭を悩ませましたが、先輩のお兄さんによれば『全く関係ないわけではない』となんだか意味深な事をおっしゃっていたそうなので、意を決して参列を決めたのです。参列するのだからしっかりと弔おうという心持ちで明日を迎えました。







 翌日。礼服に身を包み、化粧は薄く、髪を上品に纏めると、鏡の中の私は私でないみたいでした。鏡の向こうの私が問いかけてきます。『もうそろそろ迎えが来る時間では』、と。


 時計を確認して私は自宅を出ました。外にはいつもの先輩の車。いつものようにその助手席に乗り込んで、運転席に座る先輩を見る、と。先輩も私をじっと見つめていたのでした。



「なんか雰囲気違うなあ。清楚」


「先輩も全然ちがう。しっかりして見える」


「オイ、俺はいつもしっかりしてるぞ」


「ああ、そうでしたね。先輩、かっこいいです。男前」



 先輩のスーツ(正しくは礼服)姿。いつもの緩い雰囲気は感じられず、しっかり決まったその姿はつい見入ってしまうほどでした。私はいつも通りに恥ずかしげもなく先輩を褒めます。先輩もいつも通りに照れる様子もなく当然、くらいの嫌味な笑顔。



「その自信てどこからくるんですか?」


「ばかだなあ。いいか。自分のことを世界で一番愛せるのは自分だろ。自分で自分を褒めてやらないとそれ以上はどこにもないんだ。だから俺は惜しみなく自分で自分を褒める。同時に自信もついてくるって」


「先輩のその持論て、すごく考えさせられますよねえ」



 斜め上ではあるかもしれないけれど考えさせられる、先輩の持ついろんな、至るところで出てくる持論はいつもそんな感じで、私の中に浸透していき忘れる事は無くなります。似たような場面に出くわすと自然と浮かんでくるその言葉たちはいつしか、私の言葉としてまた別の誰かの記憶に刻まれるようになるのです。



「さて。着いたはいいけどなんか、すごいな。通夜ってだけじゃなくて、なんつーのか負のオーラ漂いまくってる感が」


「そうですか? 私にはとりあえずは普通のお通夜、って感じですけど。あ、Aさんたち来ましたよ」



 葬儀場についた私たちは車を降りると、辺りをきょろきょろと見まわしAさんたちの姿を探していました。私はその際特に何も感じる事はなかったのですが、先輩は何やら異様な空気を感じていたそうです。


 Aさんたちがまた別の車でやってきた事に気づいた私は先輩にそれを伝え、Aさんたちが駐車した傍へ歩きます。車から降りてきたAさんと、この時初めて会うCさんは、疲れたような顔をしています。挨拶をすると笑顔になってくれはしましたがなんだかぐったりしている様子。


 とりあえずCさんと自己紹介し合って、彼女と握手を交わした瞬間。何トンもある鉛のようなものが体全体を包んだような、または何トンの重力で圧を掛けられているかのようなそんな感じ。体が重たくて重たくてたまらなくなり、私は耐えられずそのまましゃがみ込み意識を手放しました。


 ここから、目が覚めるまでは私は何も覚えていません。目が覚めて落ち着いた頃に、先輩に聞いた話になります。







「Cと握手をした瞬間にすげー嫌なモンが爆発する様な感じがしたと思ったら、お前、倒れたんだよ。意識全くないし。で、よおーく見たらさ、お前に乗っかってんの、黒いもやもやしたものが。B子の男とB子に憑いてたのはこいつだってすぐわかった。でもなんでCに、とかいろいろ考えたんだけどそこじゃ答えが出ないし、とりあえず俺の車に寝かす事にして、AとCなんかもうめちゃくちゃビビっちゃっててどうにもならなそうだったから時間までふたりには自分の車にいてもらうことにしたんだ。……意識ないのにお前は、俺の服を掴んだら全然離してくれなくてさ。抱いたまま座ってたんだけどびっくりするくらいに重いんだよ。いや、いつもはすげー軽いのに、その時だけ。体が重く感じなかったか? ああ、やっぱり。どうしたらこんなに重たいモンになるのかって思ったんだけどそうそうああはならないから、正直俺だけでどうにかするにも難しくて……とりあえず、お前の呼吸を止めた」


「え、殺そうとしたとかそういう事ですか?」


「違う、違う。ちょっとの間呼吸が出来ないようにしただけ。……方法は、まあ、聞かなくてもわかるだろ。それで、呼吸を止めて10秒くらいたったらかな、お前に乗っかってた黒い靄が人の形になっていって、苦しそうにもがいたんだ。ここぞとばかりに俺はそいつを掴んで引っぺがしたんだけど……ひっぺがすにも重いから大変だったな。んで、ほら、お前兄さんから渡されてたろ? お守袋。あれにソイツ突っ込んで絶対出てこれないように靴底に入れて踏んでた。兄さん来るまで」


「靴底……」


「で、会場に兄さんが来た。俺のこと見てぎょっとしてたな。お前はそのまま車に寝かして俺とAとCの3人で兄さんがあげるお経聞いてご焼香、っていうフツーの通夜の流れで、たまに抜け出してお前の様子見に行ったりはしてたんだけど特に滞り無く終わったよ。でも、棺に入った故人の顔、見れるじゃん? 俺はB子ちゃんと何度も会った事あったから、棺に入ってるB子ちゃん見てほんとにびっくりしたんだよ。B子ちゃんて、お前155センチだっけ? それより若干背は低めで、Aも言ってたと思ったけどちょっとふくよかな子だった。健康的に丸い感じな。それがなんかもう病的に痩せちゃってて。Aの事すげー好きなの伝わってくるめちゃくちゃいい笑顔の子だったのに、切なくなったわ」



 先輩は、切ない表情で私の頬を撫でました。



「とりあえず通夜が終わってから、靴底のお守袋を兄さんに渡してことの経緯を話したんだ。そしたら兄さんからいろいろ聞けたよ。まず、あの黒い靄は女だった。なかなか胸糞悪い話なんだけど。B子の夢に現れてAからB子を掻っ攫っていった男はもともと、ぽっちゃりした女が好みだった。で、付き合った女の中でもB子と付き合う前に、結婚の話も出始めてたような女がいたらしくてその女も最初はふくよか、でも時が経つにつれてふくよかがデブにまで到達した。男はそれでも良い、くらいに思ってたみたいだけどな、当時は。そんな中ふたりで一緒に歩いてる時にたまたまB子とAを見かけて、Aに笑いかけるB子がめちゃくちゃ可愛く映ったんだろ、男はB子に一目惚れしたんだ。『俺が好きな女の子はぽっちゃりした笑顔の可愛い女の子だった』て事に気が付いて、隣を見たらどうしようもないくらいに太っちまったデブな彼女。ま、自分を甘やかした女と、その女を甘やかした男、どっちもどっちだと思うけど」


「女はすぐにふられて、太りすぎた自分と、自分をふった男を呪った。そしてお門違いにも、B子までもを憎んだ。憎んで憎んで、泣きながら首を吊った。100キロ以上になってしまった自分の体重が、首に、ロープにのしかかってくる。……女の形相、ものすごかったぜ。お前の呼吸を止めて人の形になった黒い靄の顔。そうして男を呪い、B子がどこのだれか突き止めるためにB子の夢を通じてふたりを出会わせ、次第にそれは現実へ。……そこからは知っての通り。B子は摂食障害ってやつだな。男のタイプであるぽっちゃりから遠ざけ醜い姿にさせるのに、太らせるんじゃなくそっちの方が簡単だった。衰弱するし。でも自分が心底惚れて惚れていた男と仲睦まじくしている様子を嫉妬心から長くは見ていられず、ふたりを別れさせてまずは男を殺した。殺して自分のものにしようと……男の魂は喰った。だからアレは重たくなったんだ。ふたりぶんの魂と憎悪。そしてB子に憑りつき、呪い殺す。ここまでがB子が死ぬまで」


「なんだか、やりきれないですね。……この話は、Aさんにも?」


「ああ。AもCも一緒に聞いたから知ってるよ。ふたりとも泣いてた」


「そうですか。B子さん、可哀想でしたね。巻き込まれてしまって」


「そうだね、でも、運がなかったんだ。そう思うしかない」



 運がなかった。その一言で片づけてしまうにはやりきれないという感情を抑えて、でもたしかに、そうとしか言いようがない、たまたま男と女の視界に入り男に惚れられてしまったB子さんは、そう、運が無かったのだ。



「それで。あの霊体は何故AやCについていたのか。実は、B子の両親が見えちまう人たちだったらしい。B子にいつもくっついてるアレに恐怖しながら、それでもB子の体を気遣った。でもB子の父親は、市議会議員。選挙もあるしあまり波風たてたくないって事で、B子をお祓いには連れて行かなかった。明らかに霊体のせいってことはわかっていたのにな。そして、考えた。唯一たまに見舞いのために顔を出してくれるCが連れて行ってくれたら、と。そう思っちまうくらいには、精神がすり減ってたんだろうな。毎日、あっちに行ってくれって願った。でもそれも叶わず、B子は死んだ。このままこれはここに居座るのだろうか、そう考えていたけど次に霊体を見たのは、Cの後ろでニヤニヤしているソイツだった。B子が死んだ後Cに憑いたんだ。そして、Cを通じてAを見つけた。B子の隣を歩いていたAという男。きっとこの男は『昔のふくよかな姿だった私』を好きになってくれるに違いない。そう勘違いした。霊体はCの体をのっとりAの女になる事を夢見た。そこで現れたのがお前」



 ここまで聞いて、そこで何故私、と疑問に思い首を傾げたが続く言葉に、ああ、私もB子さんと同じで運が無かったんだ。最悪B子さんと同じになっていたのかもしれないな、と、自分の運の無さにがっかりしました。



「お前の体重何キロかは知らないけど、色白でほっそくて、でも出るとこはちゃんとほどよく出てる……同性から見てもなかなか羨ましい体してるじゃん? いいか、その黒い靄となった女が憧れていた、なりたかった理想の自分てやつは『男から見てちょうど良い高さの身長で細身の、肌の色が白くて、癖ひとつない黒いストレートヘアの美人顔の私』なんだって。全部まるっとお前に当て嵌まってるだろ」



 先輩は私の髪に触れます。



「この綺麗な黒髪に、少し力入れたら折れちまいそうなくらいにほっそい腕、血管がどこをどう通ってるかしっかり見えるくらいに透き通った白い肌。若干釣った、猫みたいな目。……言われてて恥ずかしくなった? 顔赤いぜ。ま、そんな感じでお前、妬まれたんだな。そしてCじゃなくて、お前の体が欲しくなった。男はぽっちゃりが好きだと言った、でも本当の自分の理想、本当になりたい姿。握手をした瞬間にお前に乗り移る事で、生きていた時にはどう頑張ってもなりえない理想の自分になれるって女の霊は高揚した。そして、Cとお前が触れ合った瞬間に入ってくる感覚に耐え切れずお前は気絶した」


「……B子さんと同じで、私も運がなかった。そういうことですね」


「運が無くもないだろ。だって、俺が一緒にいた。それは幸運な事じゃね?」


「そうですね、私は……先輩と一緒にいられる事が、とても幸運な事だと思っていますよ。だからあんまり私から離れないでくださいね、先輩。運がなくなっちゃうんで」



 先輩と出会ってからこの身に降りかかる災いが極端に増えたような気もするけれど。でもその災いのほとんどが先輩に助けてもらっている事だし刺激のある楽しい毎日には先輩という存在は欠かせないのだから、私はずっとこのままでいい、その時はそう思いました。



「でも、私は本当はもう少し太りたいと思っているんですよ。ただ、食べても食べても太らないんです。夜中にカップラーメン食べるとかもしますけど体重の増減まったくないんです。それに細いとか先輩に言われたくない」


「言うなあ。おっぱいは良い感じに俺の掌強くらいのサイズなのになあ」


「触るな」



 お通夜は終わってしまっていましたが、気絶していて参列できなかった私はそのあと会場にてご焼香させて頂きました。棺の中のB子さんは確かにやせ細っていましがた、顔色はエンゼルメイクのおかげもあるのでしょう、悪くは見えなかったのです。そして着いてきてくれた先輩が、B子さんの右手元にある花束はAが持ってきて入れたもの、と言うので、やっぱりB子さんはAさんと一緒にいた時がきっといちばん幸せだったんだろうな、本当ならずっとこの先も一緒にいたかったんだろうな、とつい、涙がぽろぽろと、まるでB子さんの感情が流れてくるかのように泣いていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る