12.色恋、誠に恐縮 後編

 俺の家はバレてるし、予定を変えてちょっと遠くに昼飯食いに行こうか。と先輩が提案してくれたのでそれに乗っかり、高速を走らせて隣の県まで移動する事になりました。もちろん運転は先輩がしてくださったので私は助手席に座ったまま、震えるスマートフォンを気にしていました。



「……スマホ、見た方がいいんじゃないの」


「電話じゃないんで。メールなんで」


「だからだろ。絶対アイツからだって」


「だから見たくないんじゃないですか」



 このころは、周りがちょうどスマートフォンを持ち始めたばかりの時で確かまだラインは普及されていないかメジャーじゃなかったのか、やりとりはメールだったのを覚えています。


 わたしはガラケーを使っていた頃からずっと、常にマナーモードにしていたので、連絡が来るとバイブレーション機能によって本体が振動することで通知されていました。先輩に促され渋々ディスプレイを見ると、すでに五、六通のメールの通知。



「恐怖に震えるとはまさにこのことですね」


「誰がうまいこと言えっつったよ。んで? なんだって?」


「では一通目。『帰る途中でたまたま見かけたんだけど、彼氏、いるならいるって言ってくれてよかったんだよ。ごめんね、そんなに押したつもりはなかったんだけど俺、迷惑かけちゃったかな?』。二通目、『あ、それとも彼とうまくいってないとか?  なんて、そんな事言ってもなかったし、考えすぎか。それと俺の願望も入っちゃってるね、ごめんね』。三通目は……」


「何通来てるんだよ」


「六通……あ、今七通目来ました」


「震えるわー」



 ちなみに、この時のメールは「もし万が一何かあった時の証拠として消さずにとっとけよ」と先輩から助言を頂いていたので今も残っていて、入っていたSDカードを引っ張り出してきてそれを見ながら書き記しています。


 さすがにもう、あれから数年。削除しても良い気がしますがあって困るものでもないのでまだ置いておくつもりです。


 こうして読み上げていき、五通目くらいまでは穏やかに、踏み込んで詮索してくるような内容でもなかったのですがやはり、ちょっとずつ圧のかかった内容にと変化していったのです。



「六通目、は……『君の彼、俺の知り合いに似てたんだ。もしかして〇〇(先輩の名前です)って名前じゃない? 違うなら良いんだけど、もしそうだったら俺、すごく悔しい。知り合いってだけですごく悔しくなるし、諦められなくなる……奪いたい、って思ってしまう』。うわー、やっぱりバレてるじゃないですか。だからあの時先輩、顔隠してたんですね」


「よく返信ないのにそうぽんぽん立て続けに送れるよな、狂気だ」


「……、せんぱい」


「んー」


「……、『ねえ、どこに行くのその男と。俺のものになってよ。なにかあってからじゃ遅いんだよ。意味、わかる?』って……」



 先輩は深くため息をついて、次のサービスエリアに入っていきます。割と大きくて広めの、お店も充実しているサービスエリアだったので少しでも気を紛らわそうと外に出ようとしました。が、先輩に止められ、車の外になかなか出られないでいました。



「お手洗いもいっておきたいんですけども」


「いいから、ちょっとだけ待てって。がまんしろ」


「……なにしてるんです?」


「目隠し。手伝って」



 フロントガラスにサンシェードを貼って、中央席と後部席は既存のカーテンを閉めました。助手席と運転席の窓には、目隠しになるようにひざ掛けを窓に挟む形で掛けます。これで車内は覆いきれなかった隙間からうっすら差し込む光だけとなり薄暗くなって、まるで異空間のようでした。


 後部席のシートを横のフックにかけるようにして上げると、荷台が広くなり大人でも寝ころべるくらいの小さな部屋が出来ました。ふたりでそちらに移動します。



「アイツのことさ、風の噂程度には聞いてたんだ。ストーカー気質で被害に合った女の子が何人かいるの。でもまさかお前が狙われるなんて……こういうのが好みだったのか」


「それって褒めてます? 貶してます?」


「褒めてる。俺と好みの女が一緒」


「……それって口説いてらっしゃるんですか」


「俺はいつもそのつもりだけど」



 いつもの軽口と同じ口調で。いつもの嫌味な笑顔で。


 わたしを落ち着かせるための冗談だったんだと思います。そう思わないと今以上に意識してしまいそうで怖かったのもあります。


 そしてその薄暗い閉鎖空間で先輩は、おもむろにわたしの手を掴み、わたしの視界は反転。車の天井を見上げる形となりました。先輩が上に乗っかっています。片手でわたしの手を抑え、もう片方はわたしの口を塞いでいます。



「いいか? 音を出すな、もちろん声も。……前に話したことあるよな、強い思いとか念っつーのは生きたまま霊になり得るって。Yは、普通のストーカーじゃなくて……文字通り、ずっと見てるんだ。相手の生活の全てを。外で張ってるだけじゃなくて、自分の意識を相手の傍に飛ばして、まるでそこに自分もいるかのように。……お前ならわかるだろ? 俺といろいろ見てきたお前なら」



 声は出せないので、小さく縦に首を振るように頷くとそこでやっと先輩が手を離してくれたため音を殺しながら深く呼吸をしました。


 先輩の今の言い方だと、わたしのすぐ傍にYさんの『意識』が来ているということなのだろうか?


 という事はこの目隠しは中に入ってくることが出来ないように、か、もしくは見つからないように、という理由があるに違いない。わたしに出来ることは、息を殺してひたすらおとなしくしていること。



「そして俺がちょちょいと細工をする。……もしもし? 悪いな、急に。Yがさ……」



 そして先輩はどこかに電話をかけ始めました。電話の向こう側から微かに聞こえてくる声は、多分Aさんでした。


 Aさんとは、先輩のご実家等の事もよく知っている付き合いの長い、一番仲の良いお友達の方です。この時はB子さんという彼女と別れてから1年以上はたっていて、また別の可愛らしい彼女さんがいらっしゃいました。



「おう、頼むよ。じゃあまたな。……さて。これからAが、Yに電話をかけてくれる。Aには、『俺が、告白したのがうまくいって婚約って形で彼女が出来たらしい。婚約祝いとして集められるだけ集めて飲みに行こうと思うんだけど参加できる?』ってなふうにYを誘ってもらって、俺とお前がいかにも今さっき付き合い始めた、しかも婚約までしたって事にしておく。てことで、Aが電話してくれてるっぽい今の内に行くぞ」



 Yさんが電話をとった事で気がそれたのでしょうか、先輩はYさんの意識がここから無くなった事を確認して目隠しを全て外すとまた車を走らせ始めました。


 結局外に出る事は叶わず少しがっかりしましたが、少し走ったところで先輩は高速道路から降り、割と栄えているように見受けられる街中を走ります。そして途中で空きのあったコインパーキングに駐車をしました。



「車から降りたら、俺の恋人らしくすること。……Yに疑う余地がないように振る舞うんだ。出来る?」



 正直、とても緊張します。が、身の安全が一番大切……と腹をくくって、車を降りました。先輩が組みやすいように腕を差し出してくれたので、意を決してそこに自分の腕を絡ませました。思っていたよりも、わたしは先輩とこういったことをしたことがなかったんだなあ、と改めて思い知らされた時でもあります。


 Yさんがどこでどう見てるのか私にはまったくわからないため、若干の恐怖により一層先輩に身を寄せるようにしてぴったりくっついていました。そうして先輩についていったところ、到着したのはジュエリーショップ。



「あの、先輩……?」


「婚約したんだ、婚約指輪贈らせてよ」



 口元に笑みを携えて、そう言う先輩。でも目は訴えています、『言うとおりにしろ』と。先輩ってお芝居も上手なのか。


 それでも、結局のところ彼に恋慕の情を抱いていたわたしは嬉しくなって、先輩を見上げながら込み上げる笑みを抑えることもせずに頷きました。嬉しさと気恥ずかしさで、頬や耳はとても熱かったのを覚えています。


 店員の女性に先輩がサイズを測りたいと申し出て、『右手の薬指』のサイズを測り、その間に先輩がどのデザインの指輪がいいかと吟味してまわっていました。


 この時だけは、恋人のフリ、ではなく、わたしの中では本当に婚約した、くらいに気持ちが昂って錯覚すらしていたんだと思います。ただただ、幸せでした。



「終わった? 好きなデザイン選んでいいよ」


「じゃあ、選んでます、から、先輩もちょっとサイズ測ってみてください」


「え、俺も?」


「あ……おそろいが、いいから……わたしも先輩に同じの贈る……じゃだめですか」



 先輩はきょとんとしていましたが、わたしの頭を撫でた後にわかったよ、とだけ言って店員さんの方へ向かいました。我ながら大胆な事言ったなーと顔を赤くしましたが、先輩の後ろ姿から見えている先輩の耳も赤いように感じたので、今度こそちょっとは照れてくれたのかも、と勝ったような気になり、気分は更に良くなって。


 男性も付けられるデザインを探しながら店内を見て回りました。先輩もすぐに戻って来て途中から一緒になりましたが、お互い一番良いと思ったデザインは同じものだったようでそれをお互いに贈りあう形で落ち着きます。その場で嵌め合いっこなんかして、どこからどう見ても恋人同士でした。



「うれしいです、ありがとうございます」



 嵌められた指輪を眺めながら暫くうっとりしていましたが、ふと、これは偽物で嘘なんだな、と急に現実に引き戻されてしまい死ぬほど悲しくなって、心臓がちくちく痛みました。知っていて見ないフリを続ける先輩が悲しくて。


 その痛みを隠すように、自分の気持ちにフタをするように、先輩の手に自分の手を絡ませて握ると、わたしたちは恋人のフリを続けました。



「Aからメール来てた。電話しといたって。お前の名前もちゃんと出しといたって言ってたから、これで下準備はオッケーってとこだな。んじゃ、飯食って帰ろう」



 え、帰るの? と思いましたがとりあえず言われた通りに、ちょっとお洒落な喫茶店に入って遅い昼食をとります。そして、それが終えるとまた車を走らせ地元に戻ってきました。


 まだ早い時間でしたが、先輩と待ち合わせをしていた公園の駐車場まで来てそこで別れる事になりました。



「今日は、送ってやれないからここから自分で帰って。……大丈夫、Yはもうついて来れないから。でもごめんな、俺と関わってからロクな事ねーよな」


「そんなことないですよ、わたしは毎日楽しいです。先輩のおかげで。いつもありがとうございます。……気を付けて帰ってくださいね」



 珍しく弱気になってる先輩に今なら勝てると思い、先輩の腕を思いっきりひっぱって、先輩が驚いてる間にその唇にお別れのキス。


 今日は最後まで恋人として振る舞おうとしたわたしの、今日一番の勇気でした。


 呆ける先輩を放って車から降り、わたしはそのまま帰路についたのです。そしてその日は特に何も起きず、贈りあう形となった指輪を撫でたり眺めたりして切ない気持ちに浸りました。


 込み上げてくるものを我慢することも無く、偽るという形はなかなか残酷だ、なんて考えながら、それでもそれを外す事は出来ずにそのまま微睡みに落ちました。


 次の日、先輩から連絡があり、先輩と、先輩と一緒にいたAさんと合流しあの後の話を聞かされました。指輪にはわたしを認識できないようにするおまじないのようなものが掛けられていたようでYさんはわたしを見失った事、でも変わりに先輩の方について来て(これは想定済みだったため敢えてわたしとあの場で別れたという事でした)先輩はそのままAさんと合流し、Aさんと一緒にYさんのお宅に行った事。Yさん本人にわたしとの惚気話(内容はでっち上げ)をさんざん聞かせて、来年には結婚するとまで言って来たそうです。


 Aさんが一緒にいた事でYさんは何をする事も出来ず、Aさんから「女は寄せ付けないって有名だったお前がなー。いやあ、聞いてると俺も幸せだわ。ほんと良かった。幸せになってくれよ。な、Y! 俺らも頑張ろうな。それで、Y、お前が言ってた気になる子はどうなの?」ととどめを差したらしく、Yさんはその子とはだめになっちゃって、とたじたじだったそうです。そして上手いこと諦めてくれたようでした。


 そこまで話すと、Aさんはこの後彼女と予定があるから、と先に帰られたので、いつものようにふたりだけになり。



「何も起こらなくて良かったですね、ほっとしました。ほんとに」


「A連れてなかったら刺されてたかもなー俺」


「やめてくださいよ、先輩が刺されたらわたしがYさん刺します」


「おー、こわ」



 先輩の右手の薬指に光るのは、わたしのと同じ。



「……それ、外さないんですか」


「んー、そうだなあ。外してほしいの?」


「んー、べつに……」


「そういうお前も、つけたままじゃん」


「そうですね。外してほしいですか?」


「んー、べつに」


「……わたしは嬉しかったですよ、ただのフリで、偽りでも。泣くほど虚しくもなりましたけどね。……わかってるくせに、ずるい人ですよね本当に」



 先輩はそれには言葉で答えずに、いつもの笑顔を携えてわたしの右手を握ると、指輪の嵌められた薬指に口づけました。

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