12.色恋、誠に恐縮 前編

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。





 その日は、そう、今日みたいに良く晴れた初春。花粉がものすごく飛び交っていて、朝は急いでいたため薬をのみ忘れた花粉症の私は、マスクをしながらも死にそうになっていました。


 保湿ティッシュを箱のまま大きめの鞄に突っ込んで常備していたし、かみすぎてカサカサ、まるでトナカイを想像させるほどの真っ赤な鼻はそれはそれは痛々しかったと思います。


 何故朝から急いでいたかと言うと、友人から紹介された男性とふたりで映画を観に行く事になっていたからでした。


 先輩と出会ってからというものの、先輩と関わりのない男性と遊びに行く、という事がめっきり減っていてとても久しぶり。私自身はそんなに乗り気ではなかったのですが友人の顔を立てるつもりで臨んだ当日。


 赤いお鼻はマスクをしていたので隠せていました。




「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」


「いや、全然。俺が早く来すぎただけ。ほら、まだ待ち合わせ時間まで10分もあるよ」




 相手の方は私より年上で、とても良い笑顔でそう言い私に腕時計を見せるようにして時間を確認してくれました。


 確かに、私は待ち合わせの時間にはちゃんと間に合っていたようです。


 ありがとうございます、とお礼を伝えてそのまま、微妙な距離感を保ちつつふたりで映画館に入りもともと観ると決めていた映画のチケットを購入しました。が、はじまる時間も確認した上での待ち合わせでしたので、結局十分ほど待つことになりました。


 間が持つ気がしない、と不安だったのを覚えています。



「Sちゃんとは仲良いの?」


「最近はお互い忙しくてあんまり会えてないですけど、なんでも言い合えるくらいには仲良いですね」


「そうなんだ。……ごめんね、急にデートなんか誘っちゃって」


「え? いえ、ぜんぜん。誘ってくださってありがとうございます」


「迷惑じゃなかったなら、良いんだけど。……映画前にこんなこと言うのもアレなんだけど、ほら、Sちゃんちで一年くらい前にやったバーベキューの日から、実はずっと良いなって思ってたんだ。あはは、年甲斐もなく一目ぼれしちゃったってやつ。あれから一年たっちゃったけど、誘えてよかった」




 物好きな人もいるものだ。と思いました。


 一年前のバーベキュー、あれもよく覚えていて、Sちゃん宅のお庭で七分咲きくらいの桜を見ながらその年初のバーベキューをした時の話。


 私はもちろん例に習い花粉で鼻がぐずぐずしていたんだけれど、留学からやっと戻ってきたSちゃんと久しぶりに会えるのが嬉しくてはりきっていました。あの時もティッシュは箱で抱えてたっけなあ。花粉対策で伊達眼鏡もかけていたし、なかなか見てくれ残念な感じだったと思うのだけれど……。




「今日は俺と会うために一生懸命お洒落してきてくれた感じが伝わってきてすごく嬉しいよ。けど、あの時の飾らない感じが好きでさ。だからまた次に会ってもらえる事があったら、あの時みたいで全然大丈夫だから」




 この人、きっと女性から人気があるだろうな、扱いも慣れているようだし。なんて客観的に見てしまう私は、この人の気持ちに応える事は今もこの先もきっとないな、ごめんなさい、って心の中で謝っていました。私には、それほど、慕う相手がいたのも事実でした。


 そうしてようやく辺りが暗くなって来て、スクリーンには必ずある誰しも見た事があるだろう映画上映前の注意事項が流れ始めました。


 私と、……仮にYさんとします。ふたりともそこからは、周りが静かになったのと同時に口を開くことはなくなりました。


 その日見た映画は、ファンタジー感溢れる物語。もともと小説だったものを実写映画化したもので、原作を読んだ事があった私は、実写になる事で出来上がりがどんなふうになるのか気になっていました。映画に誘われた時には、見るならコレがいい、とリクエストしたくらいには観たかったのです。吸血鬼が主に出てくるお話なので、明るい描写は少なくスクリーンの灯りがあっても、周りの人の表情が伺える程の明るさはなかったように感じます。


 そんな中。私の手に、何かが触れました。


 ……普段は先輩と一緒にいる事が多いため、もしかして出た?と心霊的な疑いをかけて顔の角度はあまり変えずに視線だけを落とし自らの手を確認すると、隣に座っているYさんが、私の手を握っていたのでした。


 何かにつけてオカルトと結びつける癖はあまりよくないものだなと一息、深く吐き出し反省はしましたが、特にアクションを起こすわけでもなくそのまま放っておきました。もちろん握り返すなんてこともするはずがなく。再度映画に見入っていました。





 そうして映画が終わって、後半原作とだいぶ外れてオリジナル要素満載だった事にがっかりしながら映画館を出ました。


 もうその時には、手は離れていました。申し訳ないな、と思いましたがあまり気を持たせたくなかったのと、この後はまた別の約束があるのとで昼食のお誘いは丁寧に断って、その場で別れる方向に。




「そっか、残念。今日はありがとう。また連絡するよ」


「こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」




 なんて、特にとりとめのない普通の会話を交わしてYさんが帰っていくのを確認し、私も次の『約束』のために目的の場所へと移動をはじめました。


 ここからすぐの公園の駐車場です。映画が終わる時間はあらかじめ伝えてあったので、その公園までお迎えに来てくれるという手はずになっていました。




「あ、先輩。お迎えご苦労さまです」


「ほんとにな。足にされるとは。んでどうだった、映画」


「最初は割と。後半はあんまり」


「なるほど。わかりやすくてよろしい」




 ギャップが凄い……なんて楽なんだろう。


 まったく気を遣っていない、というわけではもちろんないけれど、こんなにも気が楽で一息付けてしまう先輩という存在が私の中で本当に大きな、なんだかんだ尊い存在なのだと改めて実感する、と共に張っていた気が一気に緩んで脱力してしまったのです。助手席に座った瞬間。




「今日はだいぶ洒落てんね、男だな。そっちの方はどうだった?」


「ええ、男ですね。先輩に敵う殿方なんてそうそういらっしゃらないのでどうでも良いです。友人の顔立てただけなんで」




 いつものやりとりだった、はずでした。先輩は「当然」くらいに言って返すかと思っていたのですが、私の言葉について何も返してきません。あれ?と思い私は先輩の方に視線を移すと、先輩は口元を手で覆っていました。


 なんだ、珍しく照れてるのか。なんて、ほのぼのしてたんですけどね、私は。




「……お前、今日一緒にいた男って、Yか」


「え、なんでわかったんですか。そういう能力も持ってるの? 先輩。すごい。そう、Yさんて方です」


「俺、同級なんだよ」




 口元を覆っていた手は額を支えるような形に変わり、何か困っているような表情です。その時の私には何がどうなっているのかさっぱりわからないので、首を傾げて質問する事しか出来ませんでした。




「Yさんがどうかしましたか?」


「……んー。どんな会話した? 今日。告白でもされたか?」


「あー。告白とまではいかないですけど、なんか、出会った日に一目惚れして一年前からずっと気になってたとは言われました。あとはまた会いたいような事遠回しに言われたのと、お昼も誘われたんですけど断ったらまた連絡するって。……そういえば映画見てる最中に手を握ってきたっけな」


「ご熱心なことで……。お前、つけられたな。顔は動かさずに目だけであっち見てみろ」




 ぞわっとしました。


 この駐車場から公園の敷地を挟んで向こう側の道路。角にある電柱からこちらを覗いているのは、さっきまで一緒にいたYさんでした。つけられたのかたまたま帰り道に見かけられたのかはわかりませんが、とにかく私を見つけてこちらをずっと観察するように見ているその様は、不気味でした。




「……Yさんてどんな人なんですか?」


「俺もそこまで仲良いわけじゃないから詳しくはないけど……Aは仲良いんだよ。Aから聞いた話だと、よく言えば一途で尽くすタイプ、悪く言えば所謂、ヤンデレってやつ」


「えー……これってもしかして、私もヤバいかもしれないですけど先輩もヤバくないですか。気になる女が自分と会った後に自分の昼食の誘いを断ったかと思えば別の男と、しかも同級生で顔見知りの男の車に乗り込んでいるなんてなかなか修羅場ですよ。自分で言うのもナンですが」


「俺たちふたりとも刺されたりしてな」


「それは嫌ですね。痛いのは嫌いです」


「アラヤダ、ベッドの上ではMの癖にー?」


「恥ずかしげもなくそういう事言うのやめていただけます」




 そんな冗談を飛ばし合っていましたが内心二人とも気が気でなかったのです。刺されたくはないし、先輩に至っては何か別の懸念もあるようでした。


 とりあえず移動した方が良さそうだな、とシートベルトを着用するよう促されたのでベルトをして、Yさんの事が気にかかりつつもその場を後にしたのでした。

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