11.本当に怖いもの

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。





 とある噂話として、あの墓地には女の人の幽霊が出る。あそこを通学路として使っている何人もの学生が見ているし、そのすぐ近所に住む人たちも「あれはどこそこの若くして自殺したお嬢さん」とかいう話をしているんだとかで、その近所では有名な話だったそうです。


 私はその近所に母方の実家があったのと、そこを通学路として使っている従妹がいたのとでその噂話をもともと知っていました。


 私も祖母の家に行くのに自動車でその墓地を横切る事がありましたが、私は一度も見た事がありませんでした。


 そしてどこから仕入れたのか先輩は、その墓地に行ってみよう、と言い出したのです。まあ、いつもの話であって断る事もむなしく私はいつも通り連れていかれました。


 その墓地は坂の頂上付近にあって、坂の下に公民館があったためそこに駐車し目的の墓地まではそこから歩くことになりました。もう日は傾いていて夕日も沈みかけている頃合いでした。



「急な勾配の坂だな……。つ、疲れる」


「先輩、もしかしなくても運動不足ですか?」


「っるせーな。自動車という文明機器があるから悪い」



 文句を言いながらも言い出しっぺですから、ここまで来てやっぱりやめる、とは言えなかったんでしょう。私も途中で背中を押す形で補助しながらやっと登り切ったところで、墓地が見えてきました。


 いつもは何も見えない感じないその場所も、先輩と一緒だと薄気味悪く感じます。何か出てきてもおかしくない雰囲気にさせるのですから、先輩はいろいろな意味で才能があったのでしょう。




「やっと着いたか。……さて、いるかな?」


「そんな簡単なんですか」


「いいからよーく注視して」




 もちろん、私には何も見えません。




「……特に何も変わりはないみたいですけど」


「あ、そう。ふーん。じゃあさ、あそこ。あそこ見てて」




 先輩が指さしたのは、イチジクの木でした。墓地のすぐ傍、垣根を挟んだ向こう側のお宅の庭からそびえたつイチジクの木。そこをじ、っと見つめているとふと違和感を覚えて首を傾げました。でも何も見えません。




「なんか、変な感じはあるけど……。何も見えませんね」


「まあ、見えなくてもいいよ。でも、風も吹いてないのにあの木だけ揺れてるのおかしくないか?」




 ああ、なるほど。違和感というのはそれだ。


 なんだかゆっさゆっさと揺れていて、せっかくなっているイチジクの実が今にも下に落ちてしまいそう……。


 そんな事をぼんやり考えていると、その方向から「ぐえっ」となんとも言えない喘いだような声が聞こえてきて、私の体はびくんと震えその後、硬直しました。


 そんな私になんてお構いなく先輩は私の手を取りひっぱって行きます。躓きそうになりながらもなんとか足を前に出す私は、急に息切れしました。


 そして、先輩はそのそばまで来るとぴたっと停まり、私は先輩の背中に激突。そのまま、先輩に目を覆われて、耳を塞いで後ろを向くように言われました。怖くなって言われた通りにし、そのままそこにしゃがみこみます。


 先輩の手が私の目元から離れるとつい振り向きたくなりましたが、先輩が耳を塞いでいる私の手に唇をくっつけて、「目、とじてて。いいよって言うまで」とだけ言い、気配がなくなった事で私から離れていった事がわかりました。急に不安に駆られましたが、そうしていないと何か悪い事が起こりそうで蹲っている事しか出来ませんでした。


 ……どれくらい時間が経ったか、耳を塞いでいてもそちらの方向が騒がしくなってきたことが嫌でもわかりました。そして、そこでたった今何があったのかの予想も既に、ついていました。


 先輩が私の肩に優しく触れて、眉を下げながら「大丈夫か?」と聞いてきた時はひどく安心したのを覚えています。私が頷くと手を伸ばしてくれたのでその手をとり、振り返る事なく立ち上がるとそのまま、上がってきた坂を今度はふたりで下ります。もう辺りは真っ暗でした。




「……先輩、あの……」


「ん、合ってる。たぶん、予想してる事」


「そうですか」




 たしかあのお宅は七十代のおばあさんと、三十代の娘、としてその娘の子である小学生の女の子の三人で暮らしていたはずだ。おばあさんの方はよく祖母の家にも遊びに来ていた。しかしここ最近「なんだか死にたくなっちゃって包丁を持ち出したんだけど、上手くいかなかったのよねえ」なんて言ってきたものだから、近所の仲の良い人たちで励ますために頻繁に様子を見に行っているのだと聞いていた。




「……キミばーば、噂の女の人に連れていかれちゃったんですかね」


「キミさんていうんだ、あのばーさん」


「よくおばあちゃんの家に遊びに来ていて、私も何度も会ったことがあったんです。挨拶すると元気よく返してくれる良いおばあちゃんでしたよ」


「あのさあ」




 駐車してあった自動車のすぐ傍まで来た時、先輩は頭を掻きながら言いにくそうにため息をついて、




「そっちじゃない」




 と。そしてそのまま車に乗り込んだので、私も慌てて助手席に乗りました。




「あの墓地には何にもいなかったよ」




 それだけ言って、その後その話はしませんでした。先輩は私を送った後にまたあそこに戻っていろいろと事情聴取などをしないといけないとの事ですぐに別れ、その日は連絡もとりませんでした。







 次の日、祖母の家の仏壇にお線香をあげに行った時に、



「キミちゃんちの、一緒に住んでた子、昨日首吊ってね。キミちゃんやっぱりボケちゃってたみたいで、介護疲れだったんだろうねえ。気の強い子だったんだけど。キミちゃん、包丁持ち出したりして危なかっただろ? 本当はあれで、わけわかんなくなって孫のコハクちゃんの手だか切っちまったらしくて。その日の夜に死ねババアだなんだってお隣さんに聞こえるくらいの怒鳴り声もしてきたらしいんだけど、結局娘の方が耐え切れなくなっちゃったのかねえ。キミちゃんは施設に入るって事みたいよ。コハクちゃんは、元の旦那さんが引き取るんだって」



 と聞かされました。幽霊とかそんなものより、人間が思いつめた時の方がよっぽど怖いと感じ、私は私で実は首を吊っていた当時の現場のすぐそばにいただなんて、誰にも言えませんでした。今でも、誰にも言っていません。


 私はあの場にいなかった、そう錯覚するようにしています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る