10.ひいばあさん

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。





 私事にはなりますが、私スイートポテトがとても好きなんです。傍のコンビニやお菓子屋さんやパン屋さんはもちろん、遠方からも取り寄せたり。誰にでも好きな食べ物のひとつやふたつあると思います。時には変わった嗜好だって。



「……これなんですか?」


「ああ、これ? 母親が中国で買ってきたやつ。美味いんだよ」




 目の前にあったのは、トカゲの干物。知っている方も多いとは思いますが、中国って本当に何でも食べ物として扱うため、日本ではあまり見かけないものが売られてたりするそうです。


 これもそのひとつですが、幼虫とか、私からしたらゲテモノでしかないものも食べ物。食文化がこうまで違うと不思議だなと、その時はそう感じていました。




「さて。もちろんこれは食べ物ではあるけどな、今日は違った使い方をしようと思う」


「違った使い方?」


「魔女がつくる薬ってあるだろ? あれをやってみようかと」



 そう言って先輩は、テーブルの上にかかっていた布を退けました。見た感じ、植物がいくつかと赤いリキュールが置いてあるだけだったのでほっとしたのを覚えています。


 脳みそとか出てきたらどうしようかと思った……と。



「さて。これを煮込むわけなんだけど」


「はい、どうぞやってください。私こっちでゲームしてますから」


「つれないなあ」



 ぶつぶつ言いながら先輩はそれらを普通の鍋に入れて、煮込み始めていました。私はあまり興味がなかったので部屋でゲームをしていたのですが。


 ……時間がたつとすごいにおいがしてきて。



「先輩、せんぱい。とてもくさい。換気扇!」


「魔女の薬をつくるのにさ、大事なのは材料じゃないんだよ」


「え? そんなことよりほんとに換気を……」



 とりあえず窓を開けようと鍵に手を掛けたら、背中の方から呪文のようななにか。同時にぞっとして振り向くと、先輩の周りを黒い煙が包んでいます。


 私には、それしか見えません。



「せんぱい、それ……」


「ようやく出て来たな。さて、帰しに行くか。行くぞー」



 そう言い先輩は私の腕を掴み、慌てる私になど目もくれずにさっさと部屋を出ました。施錠せずに行く気だったので少し待つように促し私が先輩の鍵を借りて鍵をかけたのです。


 がちゃ、と鍵のかかったことを確認した時。あれ?と。


 そういえば、劈くようなにおいが、なくなっている。あんなにすごいにおいがそう簡単に消えるわけがないのに。


 おかしい、と思いながらもきっとその原因は先輩と先輩を取り巻いているあの煙にあるのだろうと感じて、とりあえず先輩の後をついていくことに。


 今回自動車等はつかわず、徒歩で10分ほど歩いた場所。そこは川でした。至って普通の、よくある。いろんな人が通りすがる、ただの二級河川。


 先輩はそこに到着すると、川辺にしゃがみ込みました。数分ぼーっと川を見ていましたが、やっと決心したかのように息をつき、いつどこでとってきたのか笹の葉で船を器用に作るとその上に小さな小さな、小石を乗せました。



「さあ、こっちに移って」



 最初は私に言っているのかと思い首を傾げていたのですが、どうやら黒い煙に言ったようで、先輩の周りにいた黒い煙がその小石へ吸い込まれていき、小石はグレーが濃くなって、そして最終的に真っ黒に変わり。



「じゃあな、ばあさん」



 そしてその笹の葉で出来た船を、小石と一緒に川に流しました。


 小石を乗せた笹の葉が通った後には、黒い炭のようなものがキラキラ光って浮いています。


 ふと、何を思ったのか私はその時、川に指先を浸してみたのです。すると電気でも走ったかのようにビリビリと頭に何かが響き、すぐに指を川から出して確認すると、触れた私の指先は真っ黒になっていました。



「大丈夫か? それは洗えばとれるから」


「あ……はい……先輩、アレは」


「あれ、俺のひいばあさん」



 へえ、そうなんですね。と返事をして笹の船が見えなくなるまで、見送りました。指先はまだチリチリしています。私に何か、言いたいことでもあったのだろうか……、考えもしましたが、今となってはわかりません。


 ただ、先輩のひいおばあさんが亡くなっている方というのは、私も知っていた事実でした。



「俺のひいばあさんは、魔女って呼ばれててさ。……別に本当に魔女なわけじゃないぜ?ただ、変わってたんだよ。好きモノが、トカゲの干物とハーブティ、得体のしれない赤いリキュール。魔女みたいだろ?」



 そう言って笑う先輩は、なんだか嬉しそうで。


 久しぶりにひいおばあさんに会えて嬉しかったのかな、と思って、微笑み返しておきました。

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