9.水神様

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。





 昔、男は修行僧だった。


 こういうのは、心を無にすることが大切だと教わった。


 それゆえに、修行僧は滝行を行ない、経を詠み、他に何かを考える暇もないようひとつの事を「行う」ということに没頭する。


 煩悩を捨てる、とはよく言うが、常に煩悩を持たず在るというのはなかなかに難しい話で、無になれる時間を、1日のうちなるべく長く、そして継続出来るようにするための、修行。


 そういったものが多かった。


 ある日男は、境内の掃除をしている時にふと、寺院の奥から師が自らを呼ぶ声が聞こえた。何か用事を求められるのだろうとすぐに返事をしてそちらに向かったそうだ。


 が、師はいない。


 不思議に思い辺りを見回してみたが、やはり人の気配はなかった。


 すると、もとより薄暗いその部屋に影がかかったかのような闇が生じ、背筋が粟立った。


 これはいけない、自分の手に負えるようなものではない。


 そう思った男であったが、体を少しでも動かそうものならこの部屋にいる何者かに食いつぶされよう。目だけをぎょろぎょろと動かし姿を捉えようと試みるがやはり叶わず、しかしふと、こういった時こそ、無にならねばならないに違いない。


 目を瞑りすでに丸暗記していた経を頭の中で唱え始めた。経が何周かしたところで、ゆっくりと目を開けると、そこには、男の倍ほどの長さがあるであろう大蛇が、こちらを見下ろしていた。


 大きな口を開き、割れた舌先をチロチロと動かしている、不気味な模様の大蛇だった。


 目を開け、次は口に出して経を唱えると、大蛇は舐めるように男を見た後、その長い体をしならせ、男をまるで囲むようにして見下ろしながらぐるぐると回っている。


 ……どれくらい経っただろうか、男には流石に疲れが顔に浮かび始めていた。大蛇の方は品定めでもしているのだろうか、未だに消える気配はない。それに加えて、他の修行僧も、師も。この辺りには全く人気がない。


 これはやはり、おかしい。


 神聖なる境内に邪悪が入り込んだとも言い難い。この大蛇からは負の気配は漂ってこないし、何か不思議な違和感を覚える。


 何かを試されている?


 ぱっと顔をあげて大蛇を真正面にして真っ直ぐに見つめると、巻き付いてきたその体に圧迫されて、男の視界は真っ暗になった。



 そうして、目を覚ました男が見た天井は、いつもの寺院の天井だった。


 師が傍らに座っており、男をのぞき込むようにしていたが、男が目を覚ました事で

それを止め、そのまま居直った。


 そして師は男に、水汲みをしてくるように、と伝えそのあと口を開かない。男は言われた通りに仕り、衣服を脱いだ時だった。


 自らの体に、蛇の鱗のような模様が浮かんでいる事に気が付いたのは。


 それは、まるで締め上げられているかのように、巻かれているかのように、規則的に。


 あれはやはり夢ではなかったのだ。


 そうして師に言われたことを済ませ急ぎ戻ると、師は話し始めた。


 ここに祀られている神に、水神というものがある。祠はここではない、別の場所……ある池の畔に祀ってあるのだが、その神がこうして、こちらにお越しになられる事がたびたびある。


 此度、男には信仰をひとつに絞るようにとその祠を継承することにする。そうして、立派に独り立ち出来るようになった暁には、この寺院は全て男に継がせることとする、と。





 と、いうのが先輩のご先祖様のお話。水神様……というと、すぐに思いつく、あの神様であることに間違いないです。


 今でも、その池も、畔にある祠も、もちろんあります。


 その血が流れている先輩にも実は蛇の鱗のような模様が……なんて事は全くないのですが、




「神様に気に入られる、というのは、そこで人生を完全に決められてしまうってことなんだ」




 と、少しだけ寂しそうに、そして不機嫌そうな声色で呟いた先輩が印象的でした。

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