7.先輩の好きな人

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。





 俺、合コンとかに全然興味ないの知ってるだろ。でもこの前人数合わせでどうしてもって、頼み込まれて仕方なくツレが幹事の合コンに行って来たんだよ。男4人女4人だったんだけど、男側もツレしか知らなくてあとの2人はそこではじめましての初対面ね。女はもちろん誰ひとりとして見たことすらないし。ある程度したらお先しようと思ってとりあえず話合わせてそこに居たんだけど。


 ……先に言っておく、俺の好みであって感想だから。


 男側はツレのAと、Aが連れてきたBとCと俺。AとBは土木仕事してるから

体大きめの体育会系っていうか。んで、Cは割と細身で、小学校の教員。俺は実際はフリーターだけどとりあえずウエイターってかっこつけた言い方されてたの。


 ……別に自分で言ったんじゃないぜ、ツレが勝手にそう言っただけ。


 で、女の子が、ユミ、マコ、サトミ、ケイ、って4人で、全員看護師。女性側の幹事がユミだったんだけど……ほら、いわゆるさ。わかる?


 周りは引き立て役、的な。ユミって子以外ぱっとしなかったわけ。ユミが清楚で可愛らしい子で、ケイがキャバ嬢みたいなケバい子。マコとサトミは、真面目そうな……無理矢理連れてこられましたって感じの。


 だから最初はそのふたり、おとなしくしてたんだ。でもアルコール入るうちにだんだん楽しくなってきたんだろ、結構賑やかに楽しそうに話すようになってきてさ。ユミとケイは慣れてる感じだし。


 で、A、B、Cはどう考えてもユミ狙い、外れたらケイとあわよくば、ってのが伝わってくるじゃん。


 俺はいつ帰ろうかってタイミング伺ってたから話半分くらい聞き流してたんだけど、ユミが俺に話ふってきたんだよ、急に。



「どんな子が好みなんですかー?」



 って、ムカつく感じの喋り方で。俺ああいうの苦手なんだよ……。


 面倒くさかったから「彼女がいる、自分は人数合わせだから」って返したら、彼女見てみたい写メないのかってしつこく聞いてくるもんだからさあ。悪いって思ったよ、ほんと心の底から。でも他にないし一緒にいる頻度高くて似たようなもんだろと思ってついつい見せちゃったんです、ゴメンナサイ。





 と、先輩は、以前私とふたりで撮影した景色抜群の「心霊スポット」での写メをそのユミさんという方に見せてしまったと謝ってきました。彼女いるのが嘘だとバレたら余計にしつこそうだしなんかすごい怖かったんだと言い訳していました。


 ユミさんは結局それを伝えると「えーショックー」と言って腕を絡めて来たそうですが、嫌悪感がすごくてそのまま先に帰ってきたとのことで……。


 さて、私たちが今話している場所は町中にあるカフェの窓際の席。


 ふたりで限定の新作を飲みながら窓の外を行きかう人を眺めていると、ふと視線を感じました。その人物はすぐに店と店の間の隙間に引っ込んだため姿を拝見することは叶わなかったのですが、先輩はしっかり捉えていたらしく、なんとなく顔が青ざめているような様子でした。



「知り合いですか?」


「……今話した、ユミって子」


「え……もしかして惚れられた感じですか? ストーカー?」


「そこまで酷くはないけど、それになりうる可能性は秘めてるかもね」


「ちょっと先輩。先輩も危ないけどそれ私も危ないじゃないですか」


「だからこうして正直に話して謝ってるんだろ」


「いやいや、話す順序考えてください。先にこの重要な事言ってください」



 まさかオカルト的なこと以外で先輩に怖い目に合わされるとは思っていなかった。とため息をひとつ大きくつくと、先輩はあっけにとられたような顔をしました。



「……明日、明後日のシフトばっちり被ってるから、今日から俺んち泊まりにおいで」


「え、そんな自殺行為あります? 完全に恨まれるじゃないですか」


「いいから。……来ればわかるよ、全貌が」



 ああ、更に何かあるんだ……と項垂れて、自分の自宅がバレるのも怖いしまあ仕方ないと思いその場で母親に電話をして友人宅に泊まる事と猫たちをお願いして、そのまま先輩の家に行く事に。


 彼女でもないのに、と思うかもしれませんが、その時はすでに先輩の家には時々寝泊まりするようになっており、ある程度の衣服やケア用品等の私物が彼の家に置いたままになっていたため、自宅に寄らなくても間に合っておりました。


 そうしてそのまま2人一緒に先輩の住むアパートに行き一応周りを確認しましたが、あの女性が付いてきている様子もとりあえずはなさそうだったため部屋に入りました。


 部屋に入って早々、先輩は私の手をとり部屋の隅まで歩き、閉まっていたカーテンを指先で捲り外を確認してから私をそこに座るよう促しました。2人で壁に寄りかかりながら腰を下ろすと、床を、ノックするように2回叩きます。



「……何してるんですか」


「あの子さ、ユミって子。あの子自体が俺に惚れてるワケじゃないんだよ」


「というと?」


「最初に見た時から、なんか憑いてるとは思ってたんだ。……見えた俺に縋りたいのが、あの子にああさせてる」


「……先輩。ちょっと私の話聞いてくれますか?」


「うん、なに?」


「私の知ってる限りでは、先輩って女性から人気あると思うんです。お店に来るお客さんも先輩目当てでくる人もいるし、何度か連絡先聞かれたりしてるじゃないですか。私も、先輩は恰好良いと思いますよ。だから、今回の件も全部が全部そういうもののせいにしなくっても、と思います」


「あれ、もしかして口説かれてる? 気分は良いけど」


「茶化さないでください。……ユミさん本当に先輩に好意抱いてるかもしれないじゃないですか」


「……嫉妬、してる?」



 全くしていない、と言えば嘘になりますが、もっと自信持てばいいのに、とその時は思いました。


 私に微笑みかける先輩は、誰が見てもほとんどの人が恰好良いって言うはずだ、と。



「俺ね、すごく好きな女がいたんだよ、昔、子どもの頃に。子どもでなんも知らなかったから、その子と結婚するんだって思ってた。一生その子と、死ぬまで一緒にいるって信じてた。……いなくなっちまうまで」



 そう言った先輩の表情は、懐かしさを噛みしめると同時に、切なくて、このままここで泣いてしまうのではないか、ってくらいに、悲しそうでした。



「それから、もう2度と異性を好きになることは無いって確信した。だから女の子とはつるまないし、必要以上に接触もしなかった。好意を持たれるのも嫌だったから、時には冷たくあしらったし。彼女なんて作らない、結婚もしない、独身貫く! ……って思ってたのに、お前が現れたんだ。なんで、俺の前だったのか、俺にどうしろって、いうのか」



 ぶつぶつと呟くようにそう言いながら、私の頬を包むようにして手を添えて、先輩は先輩の額と私の額をくっつけました。そうして、唇が、触れ合い。


 ……何度も触れては離れて、を繰り返す、唇同士。先輩のそれは震えていて、お互い呼吸が荒くなり。



「……そっくりなんだよ、似すぎてて、勝手にいなくなったのに、また、俺の前に現れて、またいつか、いなくなるんだろ。また消える」


「私はいなくなったりしません。……誰に似てるのかわからないけど、先輩。私は、その人じゃないから、重ねてもその人にはなれないから、淡い期待を抱かないで」



 よしよし、と先輩の頭を撫でました。


 その時の先輩は不安定で、私に重ねて私の向こう側に誰を見ているのか、いつも気になっていたけれど。


 私はもう、それが誰なのか気づいていました。


 以前に聞いた、とある家族の話。鳥居の向こうに消えてしまった女の子。1枚だけ残された写真。彼女の存在を覚えているのは彼だけで、こうして先輩を縛っている、確かにいたハズの先輩のお姉さん。


 薬が入っている引き出しに、裏返しになって仕舞われていた写真に写っていた女の子は私とそっくりでした。そして、今は見なくなってしまった私の夢の中に出てきていた、あれはきっと、先輩。


 ずっとどういうことかわからなかったけれど、この時に確信したのです。


 きっと今も傍で見守っていてくれているであろう先輩のお姉さんが、私たちを引き合わせたのだと。いつもは明るく陽気な様子の先輩が、本当は不安定で儚く、今にも壊れてしまいそうだから。


 お姉さんは、彼が自分に、姉としてではなく異性としての好意を抱いていることを知っていて、壊れてしまいそうな先輩をどうにか修復してあげたいのだと、思っているに違いない、と。


 そのまま、ユミさんのことなど忘れて私は先輩と体を重ねました。


 先輩は、私ではなく別の女性を重ねてみているのだとわかっていましたが、切ない気持ちも無くはなかったけれど、それよりもこの人をどうにかしてあげないと、と正義感のようなものが勝っていたのです。そして先輩に抱かれている最中、ふと、先輩の後ろに女性の顔が見えました。それは、私にそっくりな、少し幼い人でした。


 困ったように笑いながら、泣いていました。まるで、謝っているかのように。





 結局そのまま寝てしまい、起きた先輩に話を聞いてみると、その時に話した事を

あまりはっきりとは覚えていない、との事でした。じゃあ何故行為を、と聞いたら。


 抱きたいと思ったから。


 と言ったため、こういうのセフレって言うんですよ、と嫌味を込めて返しました。話を逸らしたかったんでしょう、そういえば、と。



「ユミって子に憑いてたやつがいなくなってる。昨日俺たちがあんまり熱く結ばれてるから諦めてどこか行ったのかも。……ありがとな」



 そう言って、私の額にキスをしました。


 それでも、私はこの人の「彼女」ではありません。でも、今隣にいることの出来ている特権を乱用したくなって、はじめて自分から、



「先輩、もう一回。今度はちゃんと最初から最後まで覚えててください」



 と、行為の誘いをして、今度は余計な事を考える事なく、純粋に、ひと時だけでも「私」として愛されたい、と願いながら、また深く繋がり合い。

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